第31話 冷静と情熱
ジャラッ!! ガァァァンッ!!
深夜の赤の国(カルディア王国)、王城地下の隠し部屋。
分厚い防音扉に閉ざされた密室の中で、緋緋色金の特製牌がぶつかり合う轟音が、絶え間なく響き渡っていた。
「アハハハハハ!! いいぜケン、もっとだ! もっと私の牌をメチャクチャに凌辱してくれェ!!」
軍服を限界まではだけさせ、滝のような汗を流しながら絶頂の嬌声を上げるタナカ・マチ。
「……リーチ」
そんな発情期を迎えた肉食獣の横で、戦術参謀のコアラは、銀縁メガネの奥の瞳を妖しく光らせながら、静かに牌を横に曲げた。
(……私のデータバンクは、常にアップデートされ続けています。鈴木ケン殿。貴方の『全牌記憶』のアルゴリズム、今度こそ完全にハッキングしてみせます)
コアラは当初、この狂った夜のドンジャラ(三人麻雀形式)を「マチ副団長の暴走を監視し、ケンのデータを収集するための業務」だと自らに言い聞かせていた。
しかし、卓を囲んで数時間が経過した今、彼女の内心には劇的な変化が訪れていた。
ケンの打牌は、マチの暴力的な速攻とは対極にある。まるで巨大な物流倉庫で、すべての荷物(牌)の在庫と行き先を完璧に把握しているかのような、冷徹で無駄のない『防壁』。そして、隙を見せた瞬間に、万能の『白牌(勇者)』を絡めて放たれる、喉笛を正確に噛みちぎるような致死のカウンター。
(……なんて、恐ろしくも美しいドンジャラ……)
コアラの胸の奥底で、今まで計算機のように冷え切っていた血が、沸騰するような熱を帯び始めていた。
それは「冷静に熱くなる」という、一見矛盾した感覚だった。
頭脳は極限まで冷徹に確率を弾き出しているのに、魂は相手との死闘に歓喜し、打ち震えている。
ケンという強大な壁に挑み、自分のデータが通用するかどうかを試すこのヒリヒリとした極限状態が、コアラの抑圧されていた本能を刺激していたのだ。
「甘いな、コアラ。お前のそのリーチ、待ち牌は『水龍』だろ?」
ケンが、暗闇の中で獲物を狙う鷹のような黄金の瞳で、コアラを見据えた。
「な……ッ!?」
「そしてマチ。お前が無理やり染めようとしてる『赤純正』の要の牌も、俺が全部抱え込んでるぜ」
ケンは、手元の牌をカチャリと倒した。
「……ドンジャラ。英雄の翼(不死鳥・勇者・任意)、そして三国志(赤・青・緑)の複合。四十八点だ」
圧倒的な、そして理不尽なまでの和了り。
コアラが緻密に組み上げた計算式の、さらにその上を行く、直感と経験値の暴力。
「あァァァァァッ!! また、また私の陣形がアアァァッ!!」
マチが、椅子からずり落ちそうになりながら、本日何度目かわからない絶頂に身を悶えさせる。
そして。
「……ッ……ぁ……」
コアラの口からも、信じられないほど甘く、熱っぽい吐息が漏れた。
自分の完璧なデータが、いとも容易く粉砕されるという事実。
それは、コアラにとって絶対的な敗北を意味する。しかし、その圧倒的な力によって自らの論理が蹂躙される瞬間に、背筋を突き抜けるような『快感』が走ったのだ。
(ああ……データが、壊れる……。私の頭の中が、この人のドンジャラで真っ白に塗りつぶされていく……!!)
コアラは、ガクガクと震える膝を擦り合わせ、メガネを直す指先まで小刻みに震わせていた。普段の冷徹な参謀の顔は崩れ去り、その頬は熱病に冒されたように真っ赤に染まっている。
「……おいおいメガネ。お前、自分の顔を鏡で見てみなよ」
息を弾ませながら、マチが意地悪な笑みを浮かべてコアラを覗き込んだ。
「すっげえ『メスの顔』になってるぜ。なんだ、お前も私と同じで、ケンにボコボコにされるのが大好きな『欲しがりさん』だったってわけか? アハハハハ!」
「ち、違います!! 私はただ、データ処理の過負荷による一時的な自律神経の乱れで……ッ!!」
コアラは顔から火が出るほど赤くなり、必死に否定しようとするが、その潤んだ瞳と震える声は、誰がどう見ても完全に「堕ちた」女のそれであった。
「……お前ら、マジでいい加減にしろよ。俺はもう、体力も精神力も限界だ……」
ケンは、目の前で発情する二人の軍人を見て、深い絶望の溜息を吐いた。
ドンジャラという健全な(はずの)遊戯が、なぜ自分の周りではこうも変態的な儀式に成り下がってしまうのか。
四十歳の酷使された肉体は、すでに悲鳴を上げていた。
ケンの意識は、勝利の余韻と共に、急速に深い闇の中へと落ちていった。
* * *
「……ん……」
翌朝。
小鳥のさえずりと共に、ケンは重い瞼を開けた。
(……あれ? 俺、いつの間に部屋に戻ったんだ……?)
昨夜の狂乱の記憶が曖昧なまま、ケンは寝返りを打とうとした。
しかし、両腕に信じられないほどの重量感がのしかかっていることに気づく。
「……?」
右を見ると、そこには見事な褐色の肌を惜しげもなく晒し、シーツを蹴飛ばして大の字で爆睡している『全裸のマチ』がいた。
「……ヒッ!?」
慌てて左を見ると、そこには。
黒のシースルーの、あまりにも過激すぎるレースの下着姿で、ケンの腕にすがりつくようにして眠る『コアラ』の姿があった。
普段の堅物メガネの印象からは想像もつかないほど、色白でスレンダー、それでいて出るところは出ていないが艶かしい肢体。
「な、ななななっ……!?」
ケンは、自分の状況を完全に理解し、声にならない悲鳴を上げた。
(なんで両手に花……いや、両手に肉食獣状態になってんだよ!? 俺の貞操は無事か!? いや、それよりもこの状況を誰かに見られたら……!)
ガチャリ。
神は、鈴木ケンを見放した。
無慈悲にも、ゲストルームの扉が開かれた。
「マチ叔母様、コアラ。こんなところでサボっていないで、午後の……」
書類を抱えて部屋に入ってきたのは、真紅の髪を持つ氷の王女、タナカ・サクラであった。
彼女の視線が、ベッドの上の惨状――全裸のマチ、下着姿のコアラ、そして二人に挟まれて顔を引きつらせるケン――を捉える。
「…………」
サクラの表情から、一切の感情が消え失せた。
王城の室温が、物理的にマイナス二十度まで下がったかのような絶対零度。
「さ、サクラ! 違うんだ! これは誤解で、俺は寝落ちして気づいたらこんなことに――」
「……汚らわしい」
ピシャリ。
サクラは、まるで路傍のヘドロを見るような、心底からの嫌悪と軽蔑を込めた『ゴミを見る目』でケンを見下ろした。
「我が国の誇り高き軍人二人を、一夜にして肉欲の虜にするとは。貴方という男の底知れぬ性欲と堕落ぶりには、吐き気を催します」
「だから違うって言ってんだろォォォォッ!! こいつらが勝手に俺のベッドに潜り込んできたんだよ!!」
ケンの悲痛な叫びは、サクラの冷徹な背中が扉の向こうに消える音で、虚しく掻き消された。
* * *
「……面ェェェェェェェッッ!!」
バシィィィィィィィンッッ!!
「グハァッ!!」
数時間後。朝の修練場。
ケンの脳天に、親の仇でも打つかのような、サクラの容赦ない竹刀の連撃が叩き込まれていた。
昨日の「指導」など生ぬるく思えるほどの、純粋な殺意を伴った一撃。
「小手ェェェッ! 胴ォォォォッ!!」
「い、痛ェ痛ェ痛ェ!! すいませんでしたァ!! だからあれは誤解で……!」
「黙れ発情野郎!! 貴方のような破廉恥な男は、全身の骨を砕いてドンジャラの牌に作り変えて差し上げます!!」
サクラの怒りは頂点に達しており、ケンは肉体的にも精神的にもボロ雑巾のように打ち据えられた。
見学席で「頑張れマイハニー!」と声援を送るマチと、「……ケンの打撃耐久値、限界突破しています」とメモを取るコアラの存在が、サクラの怒りにさらに油を注いでいたことは言うまでもない。
* * *
そして、昼下がり。
ボロボロになった肉体を引きずりながら、ケンは赤の国が誇る軍の修練場へとやってきた。
ここからが、今日の本番である。
軍人選抜ドンジャラチーム『ファイターズ』の入団テスト。
修練場には、筋骨隆々とした軍人たちが何十人も集まり、敵意と好奇の入り混じった視線でケンを睨みつけていた。
「あのヒョロガリが、マチ副団長がお熱を上げてるっていう裁定者か?」
「ふざけんな。俺たちが何年も血反吐吐いて目指してるファイターズの席を、ぽっと出のよそ者にくれてやるわけがねえ!」
殺気立つ軍人たちを前に、マチが壇上に上がり、威風堂々と声を張り上げた。
「よく聞け、野郎ども! こいつは五百年ぶりの裁定者、鈴木ケンだ! だが、私がこいつをチームに入れたいのは、そんな肩書きのせいじゃねえ! こいつのドンジャラが、てめえら全員を束にしても敵わないほど『強い』からだ!!」
マチの言葉に、軍人たちが怒号を上げる。
「舐めるなァッ! 俺たちの赤の国のドンジャラが、そんな優男に負けるか!!」
「なら、卓で証明してみせな! 全員かかってこい! ケンが十回連続でトップを取ったら、こいつの入団を文句なしで認めてもらうぜ!」
マチの無茶苦茶な条件提示に、ケンは溜息をつきながら卓の前に座った。
「……おい。言っておくが、俺は昨日の夜からロクに寝てないし、さっきサクラにタコ殴りにされて全身痛いんだ。手加減してくれよ?」
「ほざけェェッ!! ドンジャラァッ!! 烈火陣!!」
軍人の一人が、怒りに任せて牌を叩きつける。
しかし。
「……遅い」
カチャリ。
ケンは、その軍人が上がるよりも一瞬早く、静かに自らの手牌を倒した。
「叡智の書(青純正)。十点だ」
「な……!?」
軍人たちが息を呑む。
ケンの打牌は、疲労の極致にあるはずなのに、寸分の狂いもなかった。
いや、むしろ余計な力みが抜け、物流倉庫で何時間も残業をこなしている時のような、無我の境地たる『究極のルーチンワーク』に入っていたのだ。
そこからのケンのドンジャラは、まさに圧倒的だった。
万能の『白牌』を温存し、通常の牌の読みと防御力だけで、血気盛んな軍人たちの攻撃をことごとく躱し、カウンターを叩き込んでいく。
彼らの真っ直ぐな攻撃は、ケンにとって「伝票通りに荷物を捌く」のと同じくらい容易いことだった。
「……九連勝。次で最後だ」
ケンが淡々と告げると、軍人たちはもはや怒りすら忘れ、圧倒的な実力差に戦慄していた。
そして十戦目。
ケンはついに、手元に引き寄せた『白牌』を盤面に解き放った。
「……ドンジャラ。三家の誓い(赤・青・緑・白牌)。三十五点
完璧な陣形が完成した瞬間、修練場に静寂が落ちた。
誰も、一言も文句を言えなかった。彼らが信仰する「力」において、ケンは完全に彼らをねじ伏せたのだから。
「……すげえ。これが、本物の強さ……」
軍人の一人が、震える声で呟き、やがてその場に膝をついた。
「俺たちの、負けだ……! 頼む、裁定者殿! あんたのその力で、ファイターズを優勝に導いてくれ!!」
一人が頭を下げると、次々と軍人たちがケンに向かって敬礼を始めた。
悔し涙を流しながらも、真の強者を認める赤の国の誇り。
「ガァッハッハッハ!! 見たか野郎ども! これが私の見込んだ男だ!!」
マチがケンの背中をバンバンと叩き(ケンは激痛に顔を歪めた)、高らかに宣言した。
「これより、鈴木ケンをファイターズの正式メンバーとして迎える!!」
修練場に、割れんばかりの歓声が響き渡った。
* * *
その日の夜。
鋼都バルガンのドンジャラ・スタジアムは、昨日以上の熱狂に包まれていた。
「さあ! 今夜のリーグ戦は一味違うぜ! なんとファイターズに、あの五百年ぶりの『裁定者』が特別枠で電撃入団だァァッ!!」
実況の声が、魔力拡声器を通じてスタジアム中に響き渡る。
ファイターズの重厚なユニフォームに身を包んだケンが卓に現れると、観客席からはどよめきと大歓声が巻き起こった。
「対するは、現在首位独走中の『タイガース』! 昨日の雪辱を晴らせるか、ファイターズ!!」
ケンの向かいに座るのは、昨日もマチたちを苦しめた、猫族の獣人たちだ。
彼らの耳がピクピクと動き、野生の瞳がケンを鋭く値踏みしている。
「にゃはは! 裁定者サマだか何だか知らないけど、タイガースのスピードにはついてこれないにゃ!」
「……お手並み拝見だ」
試合開始のブザーが鳴る。
序盤、ケンはタイガースの異常な戦術に苦戦を強いられた。
彼らは、役の完成よりも「他人の牌を奪う(チー・ポン)」ことに特化しており、手牌を短くして圧倒的なスピードで安上がりを繰り返す。ケンの緻密な読みを、本能と野生の勘でメチャクチャに引っ掻き回してくるのだ。
(……チッ。こいつら、論理が全く通じねえ。完全に直感で打ってきやがる)
ケンは防戦に回らざるを得ず、持ち点をじりじりと削られていく。
スタジアムのタイガースファンから「にゃーっはっは! 裁定者も大したことないにゃ!」と野次が飛ぶ。
「落ち着けケン! 奴らのペースに巻き込まれるな!」
ベンチから、マチが声を張り上げる。
「データを確認しろ! 奴らの鳴きには、一定の『呼吸』があるはずだ!」
コアラも冷静にアドバイスを送る。
(呼吸……リズムか)
ケンは目を閉じ、耳を澄ませた。
スタジアムの歓声。風の音。そして、猫族たちが牌を弾く微かな爪音。
物流倉庫で、膨大なベルトコンベアの荷物を処理する時、ケンは頭で考えるのではなく「体でリズムを刻んで」処理をしていた。
目を開けたケンの瞳に、黄金の光が宿る。
(……見えた)
「ポンにゃ!」
タイガースの選手がケンの牌を鳴こうとした、その瞬間。
「……ドンジャラ」
ケンは、相手が牌に触れるよりも速く、自らの手牌を倒した。
「……幻惑の宴(桃純正)。十点」
「にゃ……!?」
猫族の選手が、信じられないという顔で固まる。
ケンは、彼らの「鳴き」のタイミングを完全に逆手に取り、彼らが隙を見せる瞬間に当たり牌を直撃させたのだ。
「そこからは、俺のターンだ」
ケンの反撃が始まった。
タイガースの変幻自在のスピードを、ケンは先読みのさらに先を読むことで完全に封じ込める。そして、手元に舞い降りた『白牌』を巧みに使い、連続で高得点を叩き出していく。
「ドンジャラ! 三家の誓い、三十五点!
「にゃあああっ!?」
勝負は劇的な逆転劇となった。
最終局、ケンが『四国統一』の超大物手を決めた瞬間、スタジアムは爆発するような歓声に包まれた。
「勝者、ファイターズ!! 裁定者・鈴木ケンのデビュー戦は、圧巻の逆転勝利だァァァッ!!」
「やったァァァァァッ!! 見たか、これが私の見込んだ男だァ!!」
マチがベンチから飛び出し、ケンの首に抱き着いて号泣しながら叫んだ。
ガクやタツ、他のファイターズの軍人たちも、涙を流してケンに駆け寄り、彼を胴上げしようと群がってくる。
熱狂、歓声、そして純粋な勝利の喜び。
ケンは、もみくちゃにされながらも、夜空を見上げて思わず笑みをこぼした。
(悪くねえな……こういうバカ騒ぎも)
* * *
同じ頃。
青の国(アルカナム王国)、魔都エルシオン。
王宮の最深部にある統治者の執務室に、一羽の炎の鳥――フェニクスが舞い降りていた。
「ピャッ! 相変わらず香水の匂いがキツい部屋だぜ、サミー・アルカナム」
フェニクスが、豪華なデスクに座るサミーをねめつける。
「あら、不死鳥殿。赤の国へ行ったはずの貴方が、なぜわざわざ私の元へ?」
サミーは、扇で口元を隠し、妖艶な笑みを浮かべた。
「あのバカ(ケン)からの伝言と、紫の国のヴェイルからの『案内』を持ってきてやったのさ」
フェニクスは、嘴から一通の漆黒の招待状を吐き出した。
「半年後。紫の国、闇都ノクターンにて。四国の代表を集めた『模擬・天律戦』を開催する」
サミーの目が、スッと細められた。
「……本当にやるのですね。ですが、あの野蛮な紫の国に、わざわざ我が国の精鋭を送り込むメリットがどこに?」
「メリットならあるぜ。ヴェイルの野郎が提示してきた、今回の『優勝賞品』の話だ」
フェニクスの小さな瞳が、険しく光る。
「……ヴェイルが賭けの対象にしたのは、『ケルベロスの使役権』だ」
「な……!?」
常に余裕を崩さないサミーの顔が、驚愕に歪んだ。
「五百年前、タナカがこの世界を救った時に、最後まで魔王の側近として立ち塞がった凶悪な魔獣。ドンジャラの『灰牌(番犬・三首・冥界)』のモデルにもなった、地獄の番犬ケルベロス。……奴の封印が、もうすぐ解けるらしい。ヴェイルは、その支配権を今回の模擬戦の賞品にするって言い出しやがった」
「……魔王の眷属、ケルベロス……!」
サミーの瞳の奥で、恐るべき野心と、裏で彼女を操るシズク(白の王族)の思惑が激しく交錯する。
もし、その圧倒的な武力を手に入れることができれば、ドンジャラのルールを廃止し、再び世界を力と魔法で支配するという悲願が、一気に現実味を帯びてくる。
「……フフッ。素晴らしいですね。紫の国も、ずいぶんと太っ腹な余興を用意してくれたものです」
サミーは、扇を閉じ、冷酷な笑みを深めた。
「不死鳥殿。鈴木ケン殿とヴェイルにお伝えください。我がアルカナム王国は、喜んでその招待をお受けすると。……我が国の最高の精鋭を、紫の国へ派遣いたしましょう」
「……ピャッ。せいぜい後悔しないことだな」
フェニクスは、サミーの奥底にある真っ黒な野心を感じ取りながら、再び夜空へと飛び去っていった。
模擬・天律戦。
それは単なる余興ではなく、世界の覇権と存亡を懸けた、四国の真の戦争の引き金となろうとしていた。
* * *
そして、赤の国。
鋼都バルガンの喧騒に包まれた、軍人御用達の巨大な大衆酒場。
「カンパーーーーーイ!!」
「ファイターズの勝利と、ケンのデビューに乾杯だァァァッ!!」
ジョッキがぶつかり合う豪快な音。
ファイターズの選手たち、そしてマチに囲まれたケンは、顔を真っ赤にして酒を飲まされていた。
「ガッハッハ! ケン、お前最高だぜ! あのタイガースの猫どもを黙らせた時、思わずチビりそうになったわ!」
ガクが、ケンの肩を抱いて大笑いする。
「本当に素晴らしい戦術でした。貴方の全牌記憶、我々軍の作戦行動にも是非取り入れたい」
タツが、真面目な顔でメモを取っている。
「ほらケン、もっと飲め! 私の口移しで飲ませてやろうか!?」
すっかり酔っ払ったマチが、ケンの首に腕を巻きつけ、熱い息を吹きかけてくる。
「やめろバカ! 酒が不味くなるだろうが!」
ケンはマチを引き剥がそうと必死に抵抗するが、コアラが冷ややかな目で「……データ更新。鈴木ケン殿の貞操の危機レベル、MAXです」と実況しているだけで、誰も助けてくれない。
騒がしく、暑苦しく、しかしどこまでも温かい、戦友たちとの宴。
ケンは、グラスの冷たいビールを喉に流し込みながら、ふと窓の外の星空を見上げた。
(……半年後。模擬・天律戦、か)
青の国の謀略、紫の国の狂気、そしてこの赤の国の誇り。
すべてがぶつかり合うその盤面で、自分は一体何を賭け、何を証明するのか。
「おいケン! 何黄昏てんだ! 夜はまだまだこれからだぞ!!」
マチの豪快な声に引き戻され、ケンは苦笑いしながらジョッキを掲げた。
「ああ、わかってるよ! かかってこい、筋肉ゴリラども!!」
赤の国の熱い夜は、喧騒と笑い声と共に、果てしなく続いていくのだった。




