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第30話 紫の怪物たち


 熱狂と怒号が渦巻く、鋼都バルガンのドンジャラ・スタジアム。

 敗北の悔しさを噛み締めていたタナカ・マチに対し、鈴木ケンが放った「俺をファイターズに出せ」という爆弾発言は、彼女の脳天を直撃した。


「……ッ!! ガァッハッハッハッ!! マジかよケン!! アンタ、本当に私のチームに入ってくれるのか!?」


 マチは歓喜のあまりケンの首に腕を巻きつけ、その豊満な胸にケンの顔面を押し付けながら飛び跳ねた。

 周囲の観客たちが「なんだなんだ、副団長の新しい男か!?」とどよめく中、ケンは息苦しさにジタバタと暴れる。


「ぐ、苦しい……ッ! 離せ筋肉ゴリラ! お前が悔しそうにしてるのが癪に障っただけだ!」

「照れるな照れるなァ!! ああ、最高だ! アンタのその冷徹な『全牌記憶』と『白牌』があれば、猫ども(タイガース)はおろか、兄貴やサクラのいるライオンズだってボコボコにできるぜ!!」


 マチはケンの肩をバンバンと叩き、そのままの勢いで「よし、今すぐ入団手続きを――」と言いかけたところで、ピタリと動きを止めた。

 先ほどまでの熱狂的な笑顔が、ふっと「軍の副団長」としての真剣なものへと変わる。


「……だがな、ケン。そう簡単にはいかねえのが、この国のルールってもんだ」

「ルール?」


 マチは腕組みをし、真面目な顔でスタジアムのグラウンドを見下ろした。

「この『ファイターズ』ってチームはな、ただの遊びの集まりじゃねえ。赤の国の軍人たちから選抜された、誇り高き戦術特化チームだ。軍の奴らはみんな、このファイターズのユニフォームを着てリーグの卓に座ることを夢見て、毎日血反吐を吐くような訓練をしてるんだよ」


 そこへ、試合を終えて肩を落として戻ってきたガクとタツが合流する。

「副団長の言う通りです、ケンの旦那。俺たちは、何百人という候補者の中から、ドンジャラの腕と軍人としての誇りを認められて、ようやくこのチームの末席に座ってるんです」

 ドワーフ族のガクが、悔しそうに、しかし誇り高く言った。


「私が監督だからって、いくらアンタが『裁定者』だからって、私の独断でぽっと出の素人を特例入団させちまったら……今まで必死に努力してきた軍の連中が納得しねえ。チームの士気に関わる大問題クーデターになっちまう」

 マチの言葉に、ケンは頷いた。

(なるほどな。実力至上主義で真っ直ぐな国だからこそ、そういう『エコヒイキ』は一番反感を買うってわけか)


「だから、ケン」

 マチが、ニヤリと肉食獣の笑みを浮かべた。

「明日の午後。軍の修練場にファイターズの入団希望者を全員集める。そこで、アンタのための『急遽入団テスト(オーディション)』をやってやるよ!」


「入団テスト、だと?」


「ああ。アンタのドンジャラが、ただの『裁定者の加護』なんかじゃなく、軍の猛者どもを力でねじ伏せる本物の実力だってことを、全員の目の前で証明してみせな! もし勝てたら、私が責任を持ってアンタをレギュラーに入れてやる!」

「……上等だ。赤の国の軍人どもがどれだけの腕か、楽しみにさせてもらうぜ」


 ケンの黄金の瞳が、ギラリと好戦的な光を放った。

 ドンジャラ・スタジアムの夜は、新たな波乱の予感を孕んで更けていった。


     * * *


 その頃。

 赤の国の熱狂から遥か遠く離れた、太陽の光すら届かぬ北の大地。

 紫の国(ヴェイル共和国)、闇都ノクターン。


 地上と地下が入り組むこの複合都市の最深部、黒曜石の王城の玉座の間にて、一羽の炎の鳥がパチパチと火の粉を散らして宙に浮いていた。


「ピャッ! 相変わらず陰気臭え城だな! カビが生えそうだぜ!」

 不死鳥が、悪態をつきながら玉座を見据える。


 そこに深く腰掛けていたのは、魔王の血族であり、共和国の実質的支配者であるヴェイル・ノクスだった。

 ヴェイルは、フェニクスの暴言に腹を立てる様子もなく、むしろワイングラスを片手に優雅な微笑みを浮かべていた。


「これはこれは、不死鳥殿。青の国での一件以来ですね。……今日はどのようなご用件で? 赤の国へ渡った新しい裁定者殿は、元気にやっていますか?」

「へっ、あのバカなら赤の国の筋肉ダルマどもと仲良くやってるさ。……俺様がここへ来たのは、その裁定者からの『宣戦布告』を伝えに来たんだよ」


 フェニクスが、バサリと羽を広げた。

「半年後。四国すべての代表を集めた『模擬・天律戦』を開催する。場所とルールの調整は俺様が仕切る。……紫のおまえらも、もちろん逃げずに出てくるんだろうな?」


 その言葉を聞いた瞬間、ヴェイルのアメジストのような瞳が、妖しく細められた。


「……半年後、ですか。本来の天律戦まで3年あるというのに、随分とせっかちな裁定者殿だ。ですが……素晴らしい。彼もまた、この世界の澱んだ空気に耐えられなくなったのでしょう。ええ、もちろん喜んでお受けいたしますよ」


 ヴェイルがグラスを置き、立ち上がる。

「私自身は、今回の模擬戦は『観戦』に回らせていただきましょう。私の目的は、彼が『田中勇のルールで救われなかった者たち』の怨念(黒牌)をどう扱うのかを見極めること。……そのための、最高の『試金石』を用意して差し上げます」


 ヴェイルがパチン、と指を鳴らすと、玉座の間の暗がりから、四つの異常な気配が音もなく滲み出てきた。


「紹介しましょう。今回の模擬・天律戦へ我が国から派遣する、紫の国の精鋭四名です」


 フェニクスの小さな瞳が、驚愕に見開かれた。

「ピャッ……!? こいつら、まさか……!」


 一人目。血のように赤い瞳を眼帯で隠し、優雅な燕尾服を着こなす長身の男。

「盲目のヴァンパイア、カラン。彼の視覚は奪われていますが、代わりに相手の血液の匂いと心音から、思考のすべてを読み取る読心術の達人です」


 二人目。全身を禍々しい漆黒の重鎧で覆い、巨大な剣を背負った巨漢。

「暗黒騎士、ガイヤ。彼の打牌はまさに『死の宣告』。彼と同卓した者は、その圧倒的な死のプレッシャーにより、数巡で精神を破壊されます」


 三人目。妖艶な笑みを浮かべる女性だが、その背中からは人間にはあるはずのない『4本の腕』が追加で生えている。

「6本腕、イズミ。彼女の6つの腕は、一切の不正イカサマを魔法の次元で完璧に実行します。あなたの『炎審判』すらも掻き潜る神業ですよ」


 四人目。筋骨隆々とした肉体に、巨大な猪の頭部を持つ獣人。

「猪族族長、イッシン。赤の国の獣人たちとは違い、彼は暴力そのものを愛する魔獣の末裔。猪突猛進の超速攻は、カルディアのタナカ王家すら凌駕します」


 ヴェイルの紹介が終わると、四人の怪物が一斉にフェニクスを見下ろし、禍々しい殺気を放った。

 玉座の間の空気が凍りつき、フェニクスの纏う炎が、その重圧で小さく揺らぐ。


「……ヴェイル。てめえ、本気だな」

 フェニクスが、低い声で唸った。

「こいつらは、紫の国の評議会の中でも、武力行使を主張する『過激派』の連中じゃねえか。ドンジャラの裏に殺し合いを隠し持ってるような、正真正銘のバケモノどもだぞ」


「ええ。だからこそ、試す価値があるのです」

 ヴェイルが、冷酷に微笑む。

「鈴木ケンが手懐けたという『魔王(黒牌)』の力。それが本物かどうか、この四人の狂気に触れさせてみればわかる。……フェニクス殿。彼に伝えておいてください。『せいぜい、食い殺されないように』と」


「……上等だ。赤の国で鍛え上げられたアイツが、お前らの陰湿なバケモノどもをどう料理するか、特等席で見物させてもらうぜ」

 フェニクスは、それだけ言い残すと、弾かれたように虚空へと飛び去っていった。


 残されたヴェイルは、静かに四人の精鋭を振り返った。

「頼みましたよ。鈴木ケンという男の底を、すべて暴いてきなさい」


     * * *


 一方、その頃。

 赤の国(カルディア王国)の王城、ゲストルーム。


 ドンジャラリーグの熱狂から帰還し、シャワーを浴びてベッドに寝転がったケンは、天井を見上げながら深い思索に沈んでいた。


「……おかしい」


 ケンは、昼間に訪れた『王家の墓』での出来事を反芻していた。

 慰霊碑に飾られていた、田中勇の肖像画。黒い学生服(学ラン)を着た、十四歳の少年の姿。

 そして、現代の日本で、雨の交差点で彼とすれ違ったという、ケンの微かな記憶のフラッシュバック。


「……よくよく考えたら、矛盾だらけじゃないか」


 ケンは、自らの頭を整理するように呟いた。

 このアルカナの世界で、田中勇が召喚され、魔王軍を倒したのは『五百年前』の出来事だ。

 仮に、現実の日本とこの異世界の時間の流れが全く同じだと仮定しよう。今から五百年前の日本といえば、西暦1500年代。戦国時代の真っ只中だ。


「戦国時代の中学生が……学ランなんて着てるわけがない」


 それだけではない。

 田中勇は、この異世界に『牛丼』のレシピを持ち込み、さらには『プロ野球の球団名(タイガース、ジャイアンツ等)』をドンジャラリーグの名前に採用している。

 牛丼のチェーン店も、プロ野球も、どう考えても近代、いや「現代日本」の文化だ。


「……田中勇は、五百年前の日本の人間じゃない。間違いなく、俺と同じ『現代』から召喚された人間だ。……だとしたら、なぜこの世界では『五百年前の英雄』として語り継がれているんだ?」


 ケンの背筋に、冷たい汗が伝った。

 時間の流れがズレているのか? 現実世界の数日間が、この世界では五百年に相当するのか?

 いや、それだとケン自身が召喚されたタイミングと辻褄が合わない。


 そして、もう一つの謎。

 田中勇は『帰れたはずなのに帰らなかった』。

 彼は、この異世界で一体「何」を知り、なぜ帰還を諦め、自分の後継者ケンにすべてを託すように死んでいったのか。


「……ダメだ。情報が足りなすぎる。白の国の連中シズクたちが隠している『真の歴史』ってやつが、すべての鍵を握ってるはずだが……」


 ケンが、頭を抱えて唸り声を上げた。


 ――その、瞬間だった。


「…………ッ!?」


 突然、ケンの視界が、ブツンッと強制的にシャットダウンされた。

 昨日も経験した、問答無用の強制転移魔法(拉致)。


「ま、またかよォォォォォォッ!!」


 ケンの悲鳴が、虚空に吸い込まれていく。


     * * *


「よう。目が覚めたか、マイハニー」


 パチッ、と目を開けたケンを待っていたのは、昨夜と全く同じ光景だった。

 防音設備が完璧に施された、王城地下の隠し部屋。

 そして、ドンジャラ卓の向かい側には、やはり軍服をはだけさせ、顔を紅潮させたタナカ・マチが座っていた。


「お前……いい加減にしろよ……! 俺はさっきまで、この世界の根幹に関わる超シリアスな考察をしてたんだぞ!!」

 ケンが卓を叩いて抗議する。


「知るか! こっちはお前のドンジャラの禁断症状で、シリアスなほど股間が疼いてんだよ!」

「下品なこと言うな!! つーか、入団テストは明日だろ! 今日はもう寝かせろ!」


 しかし、ケンが文句を言っていると、右手の席から「カチャリ」とメガネを押し上げる冷たい音が響いた。


「……諦めてください、鈴木ケン殿。このメスゴリラは、一度発情すると自律神経が焼き切れるまで止まりません。私の論理的説得も物理的制圧も、すべて無駄に終わりました」


「コアラ!?」

 ケンは驚いて右を見た。

 そこには、書類の束と分厚いデータファイルを抱えた、戦術参謀のコアラが座っていた。彼女の顔には「これ以上ないほどの疲労と呆れ」が浮かんでいる。


「お前、なんでここに……」

「この馬鹿(副団長)が、昨日のように『二人きりで朝までイチャイチャ』などという軍紀違反を犯さないための、監視役です。……しかし、ただ座っているのも時間の無駄。私も貴方の新しいアルゴリズムのデータを採取する必要があります」


 コアラは、溜息と共に自らの手元に緋緋色金の牌を引き寄せた。

「というわけで、今夜は私を含めた『三人』で行います。赤の国でも滅多に行われない、変則ルール……『三人麻雀(三麻)形式ドンジャラ』です」


「三麻だと……!?」

 ケンの顔色が変わる。

 三人で行うドンジャラは、四人の時とは全く性質が異なる。牌の巡りが異常に速く、打点が高くなりやすく、何より「読み」の速度が極限まで求められる、超スピードバトルの狂気のルールだ。


「ガァッハッハッハ!! いいぜメガネ、お前も混ざるなら歓迎してやる!! さあケン、今夜も私の全力を、お前の『勇者』でメチャクチャに蹂躙してくれェ!!」

 マチが、ヨダレを垂らさんばかりの笑顔で牌をかき混ぜ始める。


「……データ収集開始。今夜こそ、貴方の全牌記憶の底を暴いてみせます」

 コアラのメガネが、ギラリと妖しく光る。


「……お前ら、マジでいい加減にしろよ。明日入団テストなんだぞ……」

 ケンは、世界の謎についての考察を完全に彼方へ吹き飛ばされ、絶望的な表情で牌を山に積み上げた。


 かくして。

 シリアスな謎解きはどこへやら、赤の国の誇る「発情戦闘狂」と「冷徹データ参謀」に挟まれた鈴木ケンの、命と貞操と睡眠時間を懸けた狂気の『夜の三麻ドンジャラ』が、再び絶頂の嬌声と共に幕を開けたのであった。

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