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第29話 竹刀と牛丼


 朝の陽光が、鋼都バルガンの王城に差し込んでいた。

 昨夜の狂乱――タナカ・マチとのエンドレスな「夜のドンジャラ」、そして全裸での添い寝という大ハプニングから辛くも生還した鈴木ケンは、用意された清潔な道着に身を包み、深すぎる溜息を吐きながら朝食の席に着いていた。


「ガァッハッハッハ! よく眠れたかケン! 昨日の夜はアンタの『勇者』にコテンパンにやられて、私はもう朝まで絶頂しっぱなしだったぜ!」


 向かいの席では、昨夜の元凶であるマチが、山盛りの肉厚なベーコンと目玉焼きを豪快に頬張りながら、ツヤツヤな顔を赤らめて大笑いしている。

 彼女は隠す気など微塵もないらしい。赤の国の王族が利用するプライベートな食堂に、彼女のデリカシー皆無な声が響き渡る。


「……頼むから、もう少し声のボリュームを落とせ。それに、言い方を考えろ。何も知らない奴が聞いたら、完全に別の意味に聞こえるだろ……」

 ケンは、げっそりと頬をこけさせながら、硬いパンをコーヒーで流し込んだ。


「何言ってんだよ、事実だろ? アンタの全牌記憶カウンター、本当に最高だったぜ。あの圧倒的な敗北感……思い出すだけでまた体が熱くなってきやがる。今日の夜も、みっちり付き合ってもらうからな?」

 マチが、ウインクをしながら舌なめずりをする。


「断る。俺はここへ修行に来たんだ、お前の欲求不満の捌け口になりに来たわけじゃねえ」

 ケンは冷たく突き放したが、マチの脳内では完全に「照れ隠し」に変換されているらしく、彼女はさらにニヤニヤと笑みを深めるだけだった。


 簡単な朝食を済ませた二人は、王城の敷地内にある広大な「武の修練場」へと向かうことになった。

 その道中、中庭の石畳を歩いていると、ケンの右肩にポッと温かい炎が灯った。

 炎の精霊、フェニクスである。


「ピャッ! 朝から随分と血色のいいツラしてやがるな、タナカの後継者」

 フェニクスは、嘴をカチカチと鳴らしながら、呆れたような声で言った。

「あの筋肉ゴリラ女に搾り取られて、ミイラにでもなってるかと思ったぜ」


「……うるせえ。お前、昨日の夜どこ行ってたんだよ。助けにも来ねえで」

「馬鹿言え、お前らの痴話喧嘩ドンジャラに付き合ってるほど俺様は暇じゃねえんだよ」


 フェニクスは、小さな羽をパタパタと動かしてケンの目の前を飛び回りながら、真剣な口調になった。


「それよりケン。例のアレ……青の国を出る時にサミーに突きつけた『半年後の模擬・天律戦』の話だ。お前、勢いで言っちまったようだが、どういう運営方式にするつもりだ?」


「運営方式?」

 ケンが首を傾げる。


「当たり前だろ! 四国の代表を同じ卓に座らせるんだぞ! どこで開催するのか、警備はどうするのか、ルールの細則、それに賭けの対象チップ。お前が言い出しっぺなんだから、裁定者としてある程度のビジョンを示さねえと、各国の思惑がぶつかり合って開催前に戦争になるぜ!」

 フェニクスが、呆れ顔で指摘する。


 確かに、フェニクスの言う通りだ。

 青の国のサミー、緑の国のティア、紫の国のヴェイル、そしてこの赤の国のサトシ。

 曲者揃いのトップたちを一堂に会させるのは、生半可な交渉事ではない。


 しかし、ケンは面倒くさそうに頭を掻きむしった。

「……知るかよ、そんなの。俺は政治家でもイベンターでもねえんだ。ただの倉庫番だぞ」


「はぁ!?」

 フェニクスが目を剥く。


「場所は適当に決めろ。ルールも、普段使ってる一般的な奴でいい。細かい折衝とか外交の駆け引きとか、そういう小難しいことは……全部お前に丸投げする」

 ケンは、親指をビシッとフェニクスに向けた。

「何年も生きてりゃ、そういう根回しは得意だろ? 頼んだぜ、相棒」


「……ピャ、ピャァァァァッ!! てめえ、この俺様をパシリに使う気かァ!!」

 フェニクスが、全身の炎を怒りでボンッと膨張させた。

「俺様は不死鳥だぞ! タナカの右腕だぞ! それをお前、イベントの裏方事務を全部丸投げって……舐めやがって!!」


「いいじゃねえか。お前が間に入った方が、四国の連中も無茶な文句は言えねえだろ。俺はこれから、半年間地獄の修行をさせられるんだ。事務作業なんかやってる暇はねえんだよ」

 ケンが肩をすくめて笑うと、フェニクスはしばらくプルプルと怒りに震えていたが、やがてハァーッと大きなため息を吐いた。


「……チッ。タナカもそうだった。肝心なところは自分で決めるくせに、細かい面倒事は全部俺様やティアに押し付けやがった。お前ら、変なところだけそっくりだな」


 フェニクスは、羽を広げ、空高く舞い上がる準備をした。

「わかったよ! 運営と折衝は俺様が引き受けてやる! その代わり、てめえは絶対に負けるんじゃねえぞ! 中途半端な腕で模擬・天律戦に出て恥かいたら、俺様がその頭を黒焦げにしてやるからな!」

「ああ、わかってる。恩に着るぜ」


「ピャハハ! せいぜい赤の国でシゴかれてこい!」

 フェニクスは笑い声を残し、青空に向かって一直線に飛び立っていった。紫の国、青の国、そして緑の国を巡る、過酷な使者としての旅路へと。


「……さてと。俺も覚悟を決めるか」

 ケンは、大きく伸びをして、修練場の入り口の門をくぐった。


     * * *


「遅いぞ、ケン! 精神統一の時間はとうに過ぎている!」


 広大な板張りの道場。

 そこに足を踏み入れたケンを待っていたのは、張り詰めた極寒の空気だった。


 道場の中央には、真っ白な道着に身を包んだカルディア王国国王タナカ・サトシと、その娘である第一王女タナカ・サクラが、微動だにせず正座していた。

 彼らの背筋はピンと伸び、閉じた瞼の奥からでも凄まじい「氣」が放たれているのがわかる。


「……申し訳ありません。遅れました」

 ケンが頭を下げると、サクラがゆっくりと目を開いた。


 その瞳は、まさに『ゴミを見る目』だった。

「……マチ叔母様と同じベッドで全裸で寝ていたと、コアラから報告を受けています。赤の国での生活初日から、なんという破廉恥。貴方のような男が、あの初代タナカ様の『白牌』に選ばれたこと自体、我が一族への最大の侮辱です」

 サクラの声は、絶対零度の吹雪のように冷たく、ケンの心臓を直接握り潰すかのような威圧感があった。


「ち、違う! あれはマチが勝手に――」

「言い訳は無用だ!!」


 サトシが、腹の底から響く怒声でケンの言葉を遮った。

「我が国では、行動と結果がすべて! 弁明したければ、その肉体と魂で示せ! さあ、正座しろ!」


 ケンは慌ててサトシたちの向かいに正座した。

 道場には、マチとコアラも道着姿で同席している。マチはケンの姿を見て「よっ!」とウィンクをしてきたが、コアラはメガネの奥からサクラ以上に冷ややかな視線を送ってきていた。


「これより、武の精神統一『瞑想』を行う! ドンジャラは卓上の戦争! 己の心を無にし、相手の気配を読み、盤面の『氣』を感じ取るのだ!!」


 サトシの合図で、全員が目を閉じる。

 静寂。

 風の音、鳥の声、遠くの鍛冶場の鎚音。それらが次第に遠ざかり、道場の中の五人の呼吸だけが微かに聞こえる。

 ケンもまた、物流倉庫で培った「集中力」を応用し、心の波を鎮めていった。

 ……約三十分後。


「目を開けよ!!」

 サトシの号令で、瞑想が終わる。

「よし。心が整ったな。ならば次は……『剣道』だ!!」


「……え?」

 ケンが間の抜けた声を上げた。

「け、剣道? 剣術とかじゃなくて、あの竹刀振り回す剣道ですか?」


「いかにも!!」

 サトシが立ち上がり、道場の壁に立てかけられていた、見覚えのある竹製の刀――『竹刀』をケンに投げ渡した。

「これもまた、初代タナカ・イサム様がこの世界に持ち込んだ、至高の武術である!! ドンジャラの極意は『間合い』と『反射速度』! 剣道こそが、その二つを鍛え上げる最強の修練なのだ!!」


 サトシの言葉に、ケンは思わず目眩を覚えた。

(タナカの野郎……ドンジャラだけじゃ飽き足らず、剣道まで異世界に持ち込んでやがったのか……! どんだけ部活好きだったんだよ……!)


「鈴木ケン殿。貴方のお相手は、この私が務めます」

 サクラが、流れるような動作で立ち上がり、防具(面、小手、胴、垂)を身につけ始めた。

「ドンジャラでは貴方の『全牌記憶』と『白牌』の力に遅れを取りました。……ですが、純粋な武の領域において、貴方のその腐った精神を、私が根底から叩き直して差し上げます」


 防具をつけ、竹刀を構えたサクラの姿は、まさに戦乙女のようだった。

 対するケンは、剣道など学生時代の体育の授業で数回やった程度のド素人である。


「お、おい待て! 俺は素人だぞ! 防具の着け方も怪しいし……」

「構えよ!!」


 サクラが、凄まじい裂帛の気合いと共に、床を蹴った。

 ドンッ!! という踏み込みの音。

 次の瞬間、サクラの姿がケンの視界から消えた。


「――メェェェェェェンッ!!」


 バシィィィィィンッッ!!


 ケンの脳天に、星が飛び散るような衝撃が走った。

 サクラの竹刀が、防具越しであるにも関わらず、ケンの意識を刈り取るほどの速度と重さで振り下ろされたのだ。


「ぐはッ……!!」

 ケンは無様に道場の床に転がった。


「遅い!! ドンジャラにおける相手のリーチ宣言に対して、貴方は今の速度で対応するつもりですか!? 安全牌を探す猶予など、実戦には存在しません! 立ちなさい!!」

 サクラが、冷酷な声で叱咤する。


「い、痛ェ……! 容赦ねえな、クソッ……!」

 ケンがフラフラと立ち上がると、間髪入れずにサクラの連撃が飛んできた。


「コテェェッ!! ドォォォッ!! ツキィィィッ!!」

「ギャアアアアッ!?」


 それは、もはや指導ではなく、一方的な『蹂躙』であった。

 サクラの太刀筋は、昨日のドンジャラで見せたのと同じ、一切の無駄がない完璧な日本刀の軌道。それが、竹刀という打撃武器に変換され、ケンの肉体を容赦なく打ち据えていく。


「見ろ! 相手の肩の動きを! 足の重心を! 牌をツモる時の指先の微細な震えを! すべては『間合い』の中に答えがある!!」

 サトシが、腕を組みながら檄を飛ばす。


「頑張れマイハニー!! 痛みに歪む顔もセクシーだぜ!!」

 マチが、野次馬のように黄色い声援(?)を送る。


「……防御姿勢が甘すぎます。これでは三巡目でハコテンですね」

 コアラが、手元のファイルにケンの無様な姿をスケッチしている。


「ふざけ……んなァァッ!!」

 ケンも意地を見せ、竹刀を振り回して反撃を試みるが、サクラは最小限の動きでそれを躱し、さらに強烈なカウンターを叩き込んでくる。


 バコンッ! ドスッ! バチィィンッ!

 道場に、ケンの悲鳴と竹刀の打撃音がエンドレスで響き渡る。

 ドンジャラにおける「体力」と「精神力」、そして「間合いの感覚」。それを鍛え上げるための剣道という名のシゴキは、太陽が南の空高く昇るまで、みっちりと三時間ノンストップで続けられたのであった。


     * * *


「……死ぬ。今度こそ、本当に死ぬ……」


 昼時。

 防具を外し、道着を汗と涙(と少しの血)でドロドロにしたケンは、食堂の椅子にスライムのように崩れ落ちていた。

 全身の骨という骨が軋み、箸を持つ指先すらプルプルと震えている。


「情けない男ですね。たかが三時間の打ち合いでそのザマとは。……まあ、私の剣の錆落としにはちょうど良い準備運動になりましたが」

 涼しい顔で汗一つかいていないサクラが、冷ややかな視線を投げてくる。


「アンタの剣、重すぎるんだよ……。赤の国の連中は、みんなあんなバケモノみたいな体力してるのか……?」

「当然だ! ドンジャラは最後は体力勝負だからな!」

 マチが、バンバンとケンの背中を叩く。激痛が走る。


「さあ、飯だ! ケン、今日は特別に、お前のために初代タナカ様が遺した『至高のレシピ』を用意させたぞ!」

 サトシの合図で、厨房から大きな丼が運ばれてきた。


 蓋を開けると、そこから立ち上ったのは、甘辛い醤油と肉の煮込まれた、えも言われぬ郷愁を誘う香りだった。

 白いご飯の上に、薄切りの牛肉と飴色になった玉ねぎがたっぷりと乗せられている。


「これは……牛丼、か?」

 ケンが、目を見開いて呟く。


「いかにも! 初代タナカ様がこの世界で最も愛し、最も故郷を思って涙したという伝説の料理、『ギュードン』だ! 我が国では、祝い事や過酷な修行の後にのみ食すことが許される、神聖なるソウルフードである!!」

 サトシが誇らしげに胸を張る。


 ケンは、震える手で箸を取り、牛肉とご飯を一緒にかき込んだ。

「……ッ!!」


 口いっぱいに広がる、ジャンクで、しかしどこまでも温かい、日本の味。

 物流倉庫で深夜の夜勤明けに、冷たい風に吹かれながらボロボロの体で食べた、あのチェーン店の牛丼の味が、完璧に再現されていた。


「……美味い」

 ケンは、自然と涙がこぼれそうになるのを堪えながら、夢中で丼を掻き込んだ。


 五百年前に召喚された、田中勇という中学生。

 彼もまた、この異世界で戦いながら、この牛丼の味を再現し、遠い日本を思って涙を流していたのだろうか。

 ドンジャラ、剣道、そして牛丼。

 田中勇が遺したものは、世界を救うためのシステムだけではなかった。彼が必死に「自分の生きた証」をこの世界に刻み込もうとした痕跡が、赤の国には色濃く残っていたのだ。


     * * *


 昼食後。

 ケンは、サクラの案内で、王城の裏手にある静かな丘へと向かった。

 そこは、カルディア王国の歴代国王が眠る『王家の墓』であった。


「……初代タナカ・リュウ様をはじめ、我が国を支えた偉大なる王たちがここに眠っています。そして、中央にあるのが……我が国の実質的な建国の父、タナカ・イサム様の慰霊碑です」


 サクラが静かに頭を下げる。

 石造りの立派な慰霊碑。その中央には、魔法技術によって精巧に描かれた、一人の少年の肖像画が飾られていた。

 黒い学生服を着た、少しあどけなさの残る、しかし意志の強そうな瞳を持った十四歳の少年。

 それが、五十年前の世界を救った裁定者、田中勇の生前の姿だった。


「……これが、田中勇」

 ケンは、肖像画を見上げ、静かに呟いた。

 その瞬間。


 ズキンッ!

 ケンの脳裏に、鋭い痛みが走った。


(……え?)


 フラッシュバック。

 それは、ケンがこの世界に転生する前の、現代日本での記憶の欠片だった。

 物流倉庫で働く前の、まだケンが中学一年生だった頃の記憶。


 雨の降る、夕暮れの交差点。

 傘も差さずに立ち尽くしていた、一人の見知らぬ中学生。

 すれ違いざまに、その中学生が、何かを落としたのをケンが拾って渡した……そんな、ひどく曖昧で、日常の些細なワンシーン。


(……あの時の、中学生……?)


 ケンは、慰霊碑の肖像画と、脳裏に浮かんだ少年の顔を重ね合わせた。

 似ている。いや、同じ顔だ。

 だが、あり得ない。田中勇が異世界に召喚されたのは、この世界の時間軸で五百年前。現実世界と時間の流れがどうなっているかはわからないが、ケンが中学生だった頃に、彼とすれ違っているはずがないのだ。


「……ケン殿? どうかしましたか? 顔色が悪いですが」

 サクラが、訝しげに声をかけてくる。


「あ、いや……なんでもない。ただ、少し立ちくらみがしただけだ」

 ケンは慌てて首を振った。

(気のせいだ。ただの他人の空似だ。……それに、剣道で頭を打たれすぎたせいだろう)

 ケンは、その違和感を心の奥底に封じ込め、慰霊碑に向かって深く一礼した。


     * * *


 午後。

 王城の専用闘技場にて、マチが率いるドンジャラチーム『ファイターズ』との練習試合が行われた。


「さあ! 午後は実戦形式のドンジャラだ! ケン、我がファイターズの若きホープたちを紹介するぜ!」

 マチがバンバンと背中を叩いて紹介したのは、二人の若い男だった。


「初めまして、裁定者の旦那! 俺はドワーフ族のガクだ! よろしく頼むぜ!」

 一人は、丸太のような太い腕と、短く刈り込んだ赤い髪を持つ、豪快なドワーフ族の青年、ガク。


「お初にお目にかかります。ヒューマンのタツと申します。副団長にはいつもお世話になっております」

 もう一人は、軍服をきっちりと着こなし、神経質そうに目を細めた、堅実そうなヒューマンの青年、タツ。


「おう、よろしくな」

 ケンが挨拶を交わすと、ガクがケンの手元にあるトランクを見て、目を輝かせた。


「す、すげえ……!! 噂には聞いてたが、マジで『国宝の緋緋色金牌』を持ってるじゃねえか!!」

「え? ああ、これか。ゲン爺ってドワーフが磨いてくれたやつだけど」

 ケンが何気なく言うと、ガクとタツは信じられないものを見るように息を呑んだ。


「お、おいタツ、聞いたか!? ゲン長老のメンテナンスを受けた牌だぞ!!」

「ええ……。我々一般の軍人には、一生触れることすら叶わない、まさに雲の上の至宝です。国民の憧れの的ですよ」

 二人は、畏れ多くて触れられないといった様子で、牌を見つめている。


「ハッハッハ! 何をビビッてんだよお前ら! 昨日の夜は、この牌を使ってケンと愛の乱れ打ちを……」

「やめろ!! 余計なこと言うな!!」

 ケンが慌ててマチの口を塞ぐ。

 国宝をオモチャ扱いするマチのデリカシーのなさに、ケンは心底呆れ果てていた。


「よし! 御託はここまでだ! ガク、タツ! 今日は特別に、この国宝牌を使って練習試合をしてやる! ケンの『白牌』の力、とくとその目に焼き付けな!!」

「お、押忍!! 光栄の極みです!!」


 練習試合が始まる。

 ファイターズは、軍人を中心に構成された『戦術特化チーム』である。

 ガクの豪快な筋力から放たれる重量級の打牌を、タツが精密なサポートで支え、マチが圧倒的な暴力でフィニッシュを決める。

 だが、青の国の蠱毒を抜け、昨日の四つ巴の死闘を経験したケンにとって、彼らの連携は、驚くほど「読みやすい」ものだった。


「……リーチ」

 ケンが宣言する。

「甘いぜ旦那! その待ちは見え見えだ! ドンジャラァ!」

 ガクが威勢よく上がりを宣言するが……。


「……残念だったな。お前の上がり牌、俺が先に止めてるぜ。ドンジャラ」

「な、なにィィッ!?」

 ケンは、ガクの上がりを完璧に封殺し、さらにその隙を突いてカウンターを叩き込んだ。


 午後の練習試合は、ケンの圧倒的なワンサイドゲームとなった。

 白牌と全牌記憶のコンボは、まさに無敵の要塞であり、同時に最速の槍でもあった。

 ガクもタツも、ケンの次元の違う強さに圧倒され、最後にはすっかり自信を喪失してしまっていた。


「……すげえ。これが、裁定者……」

「我々の戦術が、赤子のようにひねられました……。完敗です」

 ガクとタツが、深く頭を下げる。


「アハハハハ! だから言ったろ! ケンは最高だってな!!」

 マチだけは、負けたにも関わらず、自分の男(?)が褒められたことが嬉しくてたまらないらしく、上機嫌で笑っていた。


     * * *


 その日の夜。

 ケンは、マチたちに連れられ、バルガンの街の中心にある巨大な闘技場……『ドンジャラ・スタジアム』へとやってきていた。


 すり鉢状になった巨大な客席には、数万人という赤の国の国民がひしめき合い、割れんばかりの歓声を上げている。

 スタジアムの中央には、魔法で巨大に映し出されたドンジャラ卓のホログラム(魔力水晶の映像)が浮かび上がっていた。


「さあ! 今夜はドンジャラリーグ公式戦! 我らが『ファイターズ』対、猫族の『タイガース』の因縁の対決だぜ!!」

 VIP席で、マチがジョッキを片手に立ち上がり、大声で叫ぶ。


 スタジアムの熱気は、まさに狂乱の域に達していた。

 観客たちは、ひいきのチームの色の旗を振り回し、ラッパを吹き鳴らし、選手の一挙手一投足に一喜一憂している。


「行けェェッ! ガク! タツ! 今日こそタイガースの猫どもを蹴散らしてやれェェッ!!」

 マチが身を乗り出して指示を飛ばす。


 卓上では、ファイターズの代表であるガクとタツが、タイガースの選手たちと激しい攻防を繰り広げていた。

 タイガースは、猫族特有の異常な動体視力と反射神経を生かした、神速の「鳴き(チー・ポン)」を主体とする機動力重視のチームだ。彼らの打牌は変幻自在で、ファイターズの重厚な戦術を軽々と翻弄していく。


「にゃはは! 軍人さんの戦術なんて、固すぎてあくびが出るにゃ!」

「チィッ! ちょこまかと動き回りやがって……!」


 スタジアムの観客たちは、その神速の攻防に熱狂し、怒号と歓声が入り乱れる。

「いいぞタイガース! そのまま逃げ切れ!!」

「ファイターズ意地を見せろ! 叩き潰せ!!」


 ケンは、その熱狂の渦の中心で、静かにホログラムの盤面を見つめていた。

 青の国での、命を懸けた、静かで陰湿な死闘。

 赤の国の、誇りと名誉を懸けた、荒々しくも純粋な熱狂。

 ドンジャラという一つのゲームが、これほどまでに違う顔を見せるのか。


(……すごい熱気だ。みんな、本気でこのゲームを楽しんで、本気で勝とうとしてる)


 ケンの胸の奥底で、何かが熱く燃え上がり始めていた。

 物流倉庫でただ時間をすり減らしていただけの自分。カナン村の惨劇に絶望し、復讐の鬼と化していた自分。

 だが、今の彼の中には、もっと純粋な『闘争心』と、この熱狂の渦の中で自分の力を試してみたいという『渇望』が生まれていた。


 試合は、タイガースの神速の上がりが連続で決まり、ファイターズの惜敗で終わった。


「クソォォォッ!! また猫どもに負けやがった!! ガクのバカヤロウ! なんであそこで勝負にいかねえんだ!!」

 マチが、悔しさにジョッキを壁に叩きつけて咆える。


 ケンは、怒り狂うマチの肩を、ポンと叩いた。


「……マチ」

「あ!? なんだケン! 今慰められても私の怒りは収まらねえぞ!!」

 マチが振り返って噛みつこうとするが、ケンの黄金の瞳の輝きを見て、ハッと息を呑んだ。


 その瞳は、昨日マチを絶頂させた冷酷な裁定者の目ではなく、一人の純粋な『ドンジャラ打ち(プレイヤー)』としての、熱く燃えたぎる目をしていたからだ。


「……俺を、出せ」

 ケンは、スタジアムの熱狂を見下ろしながら、静かに、しかし力強く言った。


「俺も、この『ドンジャラリーグ』で戦いたい。……お前のファイターズの選手として、この熱狂の卓に座らせてくれ」


 ケンの進言に、マチは一瞬きょとんとし、そして――顔を真っ赤にして、今日一番の豪快な笑顔を咲かせた。


「……ガァッハッハッハッ!! 言ったな、ケン!!」

 マチは、ケンの首に腕を巻きつけ、力強く抱き寄せた。

「ああ、いいぜ! 明日からアンタは、我がファイターズの最強の秘密兵器だ! この赤の国のリーグを、アンタの『勇者』の力でメチャクチャに荒らしまくってやろうぜ!!」


 歓声と怒号がこだまする鋼都の夜。

 鈴木ケンは、自らの意志で、新たな戦いのステージへと足を踏み入れた。

 模擬・天律戦までの半年間。赤き獅子たちとの「熱血野球ドンジャラ編」が、今、ここに高らかにプレイボールを告げたのである。

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