第27話 戦士達の休息と白き血族
熱い湯気が、立ち込めている。
青の国(アルカナム王国)の王宮の片隅に設えられた、最高級の露天風呂。
地下闘技場での数日にも及ぶ狂気の百勝戦、そして赤の国(カルディア王国)の最強戦力三人を相手取った死闘を終えた鈴木ケンは、一人、広々とした岩風呂に肩まで浸かり、深すぎる溜息を吐き出していた。
「……死ぬかと思ったぜ、ホントに」
四十歳の、酷使され続けた肉体。
青の国の治癒魔法で肉体的な外傷や疲労は取り除かれていたが、精神的な摩耗は限界に達していた。特に、最後に乱入してきた赤の国の女たち――とりわけ、あのタナカ・マチという筋肉女の狂気的な求愛は、百勝戦の蠱毒以上にケンの寿命を縮めたと言っても過言ではない。
「アロンに神童……。それにしても、濃い数日間だったな……」
ケンは、湯面を見つめながらポツリと呟いた。
自分が『勇者牌』だけでなく『魔王牌』をも手懐けたという事実。それは、田中勇が遺したこの世界において、自分がとてつもないイレギュラーな存在に成り果ててしまったことを意味している。
「ま、とりあえず今は何も考えたくねえ。このまま湯に溶けて消えてしまいたい……」
ケンが目を閉じ、極楽気分で首まで湯に沈んだ、その時だった。
「ガラッ!!」
露天風呂に続く脱衣所の引き戸が、勢いよく開け放たれた。
「ぷはァーッ!! やっぱり死闘の後はでっけえ風呂に限るぜ!! おいメガネ! さっさと背中流せ!」
「……マチ副団長、声が大きいです。赤の国の品位を疑われますよ。それに、私の計算ではこの時間のこの風呂は貸し切りのはずですが……」
聞き慣れた、いや、たった数時間前にケンの精神をメチャクチャに引っ掻き回した二つの声が、あろうことか湯煙の向こうから響いてきたのだ。
「……は?」
ケンは、湯の中で硬直した。
湯煙が晴れた視界の先に現れたのは、短い赤髪を無造作に束ね、豊満すぎる肢体を隠そうともせずに堂々と仁王立ちするタナカ・マチ。そして、湯気で曇った銀縁メガネを指で押し上げながら、白いタオル一枚でスレンダーな体を隠している戦術参謀のコアラだった。
「あァ? なんだ、誰か先客がいやがるのか? 貸し切りだって聞いてたんだが……ん?」
マチが、目を細めて湯船の奥にいるケンを視認する。
「……ケン? おい、なんで女湯にアンタがいるんだ?」
「ここは男湯だ!!」
ケンは、パニックになりながら岩陰に身を隠し、声を荒げた。
「お前ら、字も読めねえのか! 入り口にデカデカと『男湯』って書いてあっただろ!!」
「……データ照合。……申し訳ありません、私のミスです。先ほどサクラ団長から渡された札を『女湯』と誤認していました。私の視覚データに、ケンのドンジャラスキルの残像が焼き付いていて、処理能力が低下していたようです」
コアラが、悪びれる様子もなく平然と分析結果を述べる。
「あ、そうか! 間違えたのは私たちの方か! アッハッハッハ! 悪い悪い!」
「笑い事じゃねえ!! さっさと出ろ!!」
「まあまあ、そう固いこと言うなよ! 減るもんじゃなし、どうせなら一緒に入ろうぜ! ほら、私の見事な背筋と腹筋、じっくり見ていいぞ!」
マチは恥じらうどころか、バシャバシャと豪快な音を立てて湯船に入り込み、ケンのすぐ隣まで寄ってきた。
お湯に濡れた褐色の肌。闘いで鍛え抜かれた無駄のない筋肉と、それに相反するような暴力的なまでに平らな胸元が、ケンの視界に否応なく飛び込んでくる。
「近ィよ!! つーか、お前恥じらいとかねえのか!!」
「ハッ! 私より強い男相手に恥じらうもんかよ! むしろ、アンタになら今すぐここで食われてもいいと思ってるくらいだぜ!」
マチが、ケンの顔を覗き込み、肉食獣のような瞳でニヤリと笑う。
「……私のデータバンクによれば、鈴木ケン殿は現在極度の精神疲労状態にあり、性的な刺激を与えると脳がショートする確率が87%です。マチ副団長、あまり彼をいじめないでください」
コアラもまた、湯船の反対側からスッと入湯し、メガネの奥で静かにケンを観察し始めた。
「ほら、ケン。私の肩揉んでくれよ。アンタのそのゴッドハンドでさ」
「誰が揉むか!! 俺は出る!! お前ら、絶対覗くなよ!!」
ケンは顔を真っ赤にして湯から立ち上がり、逃げるように脱衣所へと駆け込んでいった。
背後からは、マチの豪快な笑い声と、コアラの「……逃走速度、時速25キロ。なかなかの身体能力です」という冷徹な分析の声が響いていた。
決戦の疲れを癒やすはずの露天風呂は、結局のところ、ケンの寿命をさらに数日縮める結果となったのである。
* * *
数時間後。
身なりを整えたケンは、王宮の庭園に設けられたテラス席で、緑の国の王女ティア・エバーグリーン、そして右肩に止まるフェニクスと共に、遅めの食事をとっていた。
「……で、そんなドタバタがあったってわけよ。あの赤の国の筋肉女、マジで勘弁してほしいぜ……」
ケンがゲッソリとした顔で嘆くと、ティアはクスクスと上品に笑いながら、琥珀色の紅茶を口に運んだ。
「ふふっ。でも、よかったじゃない。マチがああして貴方にちょっかいを出すってことは、彼女が貴方を『赤の国の戦士』として、いや、それ以上に一人の『強きオス』として完全に認めた証拠よ。彼女、タナカ・サトシ国王以外に本気で惚れた男なんて、今まで一人もいなかったんだから」
「そんな名誉、これっぽっちも嬉しくねえよ……」
ケンが深くため息をつく。
「ピャッハッハ! 全く、タナカ(初代)の野郎は朴念仁だったが、お前は妙なところで女難の相があるな! だが、あの赤の国の連中も、根は真っ直ぐな馬鹿どもだ。あの陰湿な青の国の連中に比べりゃ、よっぽどマシな連中だぜ」
フェニクスが、テーブルの上の木の実を嘴でつつきながら毒づく。
「……ああ。そうだな」
ケンは、食事の手を止め、真剣な表情でティアを見つめた。
「ティア。俺は、赤の国へ行く。あいつらのドンジャラを見て……俺は、サミーに騙されていたことに気づいた。あんな真っ直ぐな牌を打つ奴らが、村人を虐殺するような卑劣な真似をするはずがねえ」
ティアは、スッと目を細め、静かに頷いた。
「ええ。サミー・アルカナムは、貴方の心に芽生えた『復讐心』を利用して、貴方を青の国の手駒にしようとしていた。赤の国へのヘイトを向けさせ、貴方の『白牌』と『黒牌』の力を、自分たちの覇権のために使おうとしたのよ」
「……あいつ、許さねえ。俺達の村の悲劇を、てめえの盤上のゲームに利用しやがって」
ケンがギリッと拳を握りしめる。
「ケン。気をつけて。青の国(アルカナム王国)の闇は、サミー一人で完結するような浅いものじゃないわ」
ティアの声が、一段と低くなる。
「あの国は、五百年前……田中の遺志を継ぐと言いながら、白の国でクーデターを起こしたエルミア家の子孫が実権を握っている。彼らの本当の目的は、ドンジャラという平和のルールを廃止し、再び『魔法による支配』の時代を取り戻すこと。……そして、その裏には、さらに深い『闇』が潜んでいる可能性があるわ」
「深い闇……?」
「ええ。サミーがどれほど狡猾でも、あそこまで完璧な蠱毒の盤面を用意し、貴方を意のままに操ろうとする計画を、彼女一人で描けるとは思えない。……裏で糸を引いている『本当の主』がいるはずよ」
ティアの警告に、ケンとフェニクスは顔を見合わせた。
青の国という美しい鳥籠。そこから抜け出すことはできたが、まだ彼らは、本当の敵の顔すら見ていないのだ。
* * *
その頃。
王立図書館の、さらに地下深く。
一般の魔術師はおろか、王族すらも立ち入ることを禁じられた『禁忌の書庫』の最奥にて。
青の国の実質的な統治者であるサミー・アルカナムは、冷たい石の床に両膝をつき、深々と頭を下げていた。
「……申し訳ありません。私の力不足により、あの男……鈴木ケンを青の国に留めておくことができませんでした。まさか、あの場で『半年後の模擬・天律戦』などという、常軌を逸した要求を突きつけてくるとは……」
サミーの声音には、普段の妖艶な余裕は微塵もなかった。
あるのは、絶対的な上位者に対する、純粋な『恐怖』と『畏敬』。
「顔を上げなさい、サミー」
書庫の奥、古い玉座のような椅子に腰掛けていた人物が、静かに声を掛けた。
その声は、鈴の音のように可憐でありながら、背筋が凍るほどの『威厳』に満ちていた。
サミーが恐る恐る顔を上げる。
そこに座っていたのは――いつも丸眼鏡をかけ、オドオドとした態度でケンの世話を焼いていた、あの気弱な図書館司書、シズクであった。
しかし。
今の彼女は、丸眼鏡を外し、美しく整った顔立ちを冷酷に歪めていた。
彼女の纏うオーラは、一介の司書のそれではない。青の国を裏から支配する真の影、そして……五百年前に滅びた『白の国』の王家の純血を受け継ぐ、白の血族の実質的な支配者の姿であった。
「……謝罪は不要です。むしろ、想定以上の結果と言っていいでしょう」
シズクは、手元にある古い魔導書をパラパラと捲りながら、冷たく笑った。
「想定以上、でございますか?」
「ええ。貴女の用意した蠱毒は、あの男の器を完璧に広げてくれました。勇者(白)の加護だけでなく、魔王(黒)の呪いすらも飲み込む、私の想像を遥かに超える化け物に成長した。……あのまま青の国に飼い殺しておくには、少々もったいないほどにね」
シズクが玉座から立ち上がり、サミーの前に歩み寄る。
「彼が赤の国へ向かったことも、好都合です。野蛮なカルディアの連中に、あの怪物を制御できるはずがない。彼らは必ず、ケンの『黒牌』の力に呑まれ、内部から崩壊するでしょう。……その混乱に乗じて、我々『白の血族』は表舞台に復帰する。タナカ・イサムが遺したこの歪んだ世界を、正当なる白の王族の手で、すべてゼロから作り直すのです」
「……すべては、シズク様のお心のままに」
サミーが、震える声で忠誠を誓う。
ケンのカナン村でのトラウマ。
彼に与えられた『田中の日記』。
そして、赤の国への偽りのヘイト。
それらすべては、このオドオドとした司書の仮面を被った女が、裏で緻密に書き上げた「復讐と再生のシナリオ」に過ぎなかったのだ。
「鈴木ケン……。貴方は、私の可愛い操り人形。せいぜい赤の国で、その牙を磨いてきなさい。半年後の模擬・天律戦……その盤上が、貴方の、そしてこの世界の墓場となるのだから」
禁忌の書庫に、シズクの冷たく、狂気に満ちた笑い声が響き渡った。
* * *
翌朝。
青の国を出発する直前。ケンは一人、地下の大闘技場へと足を運んでいた。
戦闘の痕跡が生々しく残る大理石の床。その中央に、ケンは静かに花束を供えた。
「……アロン。神童。そして、ここで死んでいった名も知らぬ奴らへ」
ケンは、静かに目を閉じ、手を合わせた。
彼らのやったことは、決して許されることではない。アロンは自分の絶望を理由に無実の人間を虐殺し、神童は己の退屈しのぎのために他人の命を弄んだ。
彼らは紛れもない「悪」だった。
「……俺は、お前らの悪行を許すつもりはねえ。地獄でたっぷりと裁きを受けてこい」
ケンは、ポツリと呟いた。
「だが……お前らとの死闘がなけりゃ、俺は一生、あの村のトラウマに怯え、自分の殻に閉じこもったままの、ただの『三十九歳の冴えないおっさん』で終わってた。……俺に、戦う覚悟と、理不尽を叩き斬る力を教えてくれたのは、お前らだ」
ケンは、目を開き、力強く宣言した。
「お前らの技術は、俺が全部持っていく。……だから、安心して眠れ。この狂った蠱毒の底でな」
それは、彼らに対する最大限の敬意であり、裁定者としてのケンの『弔い』だった。
「……いい男じゃねえか」
不意に、背後から声がした。
振り返ると、そこには軍服を羽織ったタナカ・マチが立っていた。彼女は腕を組み、壁にもたれかかりながら、ケンの横顔を静かに見つめていた。
いつもの豪快で下品な笑みはない。一人の武人として、いや、一人の女として、心底惚れ込んだ男を見つめる、熱を帯びた瞳だった。
「マチ……。いつからそこに」
「最初からだ。……驚いたぜ。自分を殺そうとした敵に、花を供えるなんてな。赤の国じゃ、倒した敵はそれっきりだ。アンタ、本当にバカみたいに真っ直ぐでお人好しなんだな」
マチは、ゆっくりとケンに近づき、その大きな手でケンの肩をガシッと掴んだ。
「ますます惚れ直したぜ、ケン。……アンタのその強さと優しさ、赤の国で私がそっくりそのまま受け継いでやる。だから……」
マチの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「だ、だから! その……赤の国に着いたら、さっそく結納の準備を進めるからな! 覚悟しておけよ!!」
「だから誰が結婚するって言ったんだよ!!」
ケンが全力でツッコミを入れるが、マチは「照れるな照れるな!」と豪快に笑いながら、ケンの背中をバンバンと叩いた。
さっきまでのシリアスな弔いの空気は、この筋肉女の登場によって見事に粉砕されたのであった。
* * *
数時間後。
青の国の正門から、赤の国(カルディア王国)へ向かう一台の豪奢な大型馬車が出発した。
馬車の中には、ケンの他に、赤の国の第一王女サクラ、戦術参謀コアラ、そしてケンの隣に強引に陣取ったマチ。さらに、ケンの右肩にはフェニクスが止まっていた。
「……で、なんでお前は俺の隣にピトリとくっついてるんだよ。暑苦しい」
ケンが、隣で自分の腕に胸を押し当て、腕を組んで離れないマチに呆れたように言う。
「うるせえ! 夫婦のスキンシップだ! これから半年間、みっちり愛を育むんだから、今のうちから慣れておけ!」
「だから夫婦じゃねえっての!」
向かいの席で、サクラが呆れたようにため息をつく。
「マチ叔母様。本当に恥ずかしいですからやめてください。父上に報告しますよ」
「データ記録中。副団長の心拍数、平時の二倍。……完全に発情期のメスゴリラですね」
コアラが、手帳にカリカリと何かを書き込みながら冷たく突っ込む。
「やかましいわ、お前ら! 嫉妬か? 嫉妬だな! ハッハッハ!」
マチはどこ吹く風で、ケンの肩に頭を乗せ、グリグリと擦り寄ってくる。
「……ピャッ。相変わらず騒がしい連中だぜ」
フェニクスが、呆れたように嘴を鳴らす。
「フェニクス。お前、五百年前の赤の国の祖先……タナカ・サトシの先祖を知ってるのか?」
ケンが、マチを適当にあしらいながら尋ねた。
「ああ、タナカの孫のタナカ・リュウだな。あいつは、タナカ(初代)に一番似てたぜ。真っ直ぐで、馬鹿で、ドンジャラしか脳がない筋肉ダルマだった」
「おい! ウチの先祖様を筋肉ダルマ呼ばわりすんじゃねえ!」
マチが抗議するが、フェニクスは無視して続けた。
「だがな、リュウの野郎は、ただの馬鹿じゃなかった。あいつは、白の国が『魔法の優位性』を盾に他種族を見下し始めた時、いち早くそれに気づいて国を割ったんだ。そして、真っ先に東の山岳地帯に住む『ドワーフ族』と同盟を結んだ」
「ドワーフ族との同盟……」
ケンは、あの緋緋色金の重厚な牌を思い出した。
「ええ、そうです」
サクラが、真剣な表情で引き継いだ。
「我がカルディア王国は、人間が六割、ドワーフが四割の国です。リュウ様は、ドワーフたちの技術と誇りを深く尊敬し、彼らと対等の盟約を結びました。王家の特製牌をドワーフの鍛冶職人が打ち直すのは、その強固な友情の証なのです」
「へえ……。力で支配してるんじゃなくて、義理と友情で結ばれてる国ってわけか」
ケンの言葉に、マチが嬉しそうに胸を張る。
「当たり前だ! 私たち赤の国は、タナカ様の『力と思いやりのルール』を一番正しく受け継いでるんだ! 陰湿な魔法使い(青)や、森に引きこもってるエルフ(緑)なんかとは違うぜ!」
「……他国を貶めるのは関心しませんね、叔母様」
サクラがたしなめるが、マチはどこ吹く風だ。
「それにしても、ケン。お前があの『白牌』に好かれてるってのは、本当にムカつくけど……同時に、凄え誇らしいぜ。私たちタナカ一族が五百年間待ち望んだ『本物の裁定者』が、こうして私たちの国に来てくれるんだからな」
マチの瞳が、ふと真剣な色を帯びた。
「……ケン。半年後の模擬・天律戦。アンタが何を考えてるのかは知らねえが、私たちが全力でアンタを鍛え上げてやる。赤の国の武力、全部叩き込んでやるからな」
「……ああ。頼むぜ、マチ」
ケンは、マチの真っ直ぐな言葉に、少しだけ笑みをこぼした。
馬車は、青の国の美しい平野を抜け、険しい岩山が連なる赤の国の領土へと入っていく。
窓の外には、巨大な溶鉱炉から立ち上る黒煙と、ドワーフたちの鎚音が響く、活気にあふれた鋼都バルガンの街並みが見えてきた。
* * *
「……よく来たな、鈴木ケン!!」
鋼都バルガンの中心にそびえる、巨大な要塞のような王城の謁見の間。
そこには、王位を象徴する学ランを纏い、玉座から身を乗り出すようにしてケンを見下ろす、一人の筋骨隆々とした大男がいた。
カルディア王国国王、タナカ・サトシ。
年齢は五十五歳。短い黒髪に鋭い眼光、そしてマチをさらに一回り大きくしたような、岩山のような体格。彼から放たれる圧倒的な『覇王の闘気』は、謁見の間の空気を物理的に重くしていた。
「お前が、五百年ぶりの裁定者か! サクラたちから報告は受けている! あの青の国の蠱毒を生き抜き、我が国の最強の三人を相手に堂々と勝利を収めたそうだな!! ガァッハッハッハッ!! 素晴らしい!!」
サトシの笑い声は、王城を揺るがすほどの声量だった。
「初めまして、国王陛下。鈴木ケンです。」
ケンは、その圧倒的なプレッシャーに怯むことなく、真っ直ぐにサトシの目を見返した。
「敬語など不要だ! 我が国は実力至上主義! ドンジャラが強い奴が一番偉いのだ! ……ケンよ。お前が放つその気迫、そして右肩のフェニクス。なるほど、『田中の血がそう言っている』。お前こそが、正真正銘のタナカ様の後継者だとな!!」
サトシは玉座から立ち上がり、ドスドスと重い足音を立ててケンの目の前まで歩み寄った。
「半年後の模擬・天律戦。お前のその提案、実に面白い! 青の陰湿な連中や、紫の化け物どもを、白日の下に引きずり出して叩き潰す絶好の機会だ! 我が赤の国は、総力を挙げてお前を鍛え上げる!!」
「……ありがてえ。だが、俺は誰の手駒にもなるつもりはねえ。俺は俺のやり方で、この世界をブッ壊す」
ケンの不遜な言葉に、サトシは一瞬目を丸くし、そして――さらに大きな声で爆笑した。
「ガァッハッハッハッ!! いいぞ!! その反骨精神!! ますます気に入った!! おい、マチ!!」
「はい、兄貴!!」
マチが、軍隊のようにビシッと敬礼する。
「この男の面倒は、お前が見ろ! 骨の髄まで、我が赤の国の『攻撃的ドンジャラ』を叩き込んでやれ!!」
「了解したぜ、兄貴!! というか、すでに私が『個人的に』面倒を見る手はずになってるからな! 夜のドンジャラもみっちり教え込んでやる!!」
「……マチ叔母様、いい加減にしてください」
サクラが、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「さあ、宴だ!! 新たな裁定者の歓迎と、半年後の戦いに向けての決起集会だ!! 酒を持て!! 肉を焼けェェッ!!」
サトシの号令で、屈強な兵士たちとドワーフたちが一斉に歓声を上げ、王城は一瞬にして巨大な居酒屋のような騒ぎに包まれた。
(……とんでもねえ国に来ちまったな)
ケンは、次々と運ばれてくる巨大な肉の塊と樽酒を前に、思わず苦笑した。
青の国の静かで陰湿な謀略の渦から一転、ここは剥き出しの力と情熱が支配する鋼の国。
だが、不思議と居心地の悪さは感じなかった。彼らの裏表のない真っ直ぐな瞳は、かつてケンが物流倉庫で共に汗を流した、不器用だが気のいい同僚たちに似ていたからだ。
「さあケン! 今日は朝まで付き合ってもらうぜ!」
マチが、巨大なジョッキを両手に持ってケンの首に腕を巻きつけてくる。
「鈴木ケン殿。貴方のアルゴリズム解析のため、私も同席させていただきます」
コアラが、データファイル片手にケンの隣に座る。
「……飲みすぎには注意してくださいよ、貴方たち。明日の朝から、即刻『地獄の特訓』が始まるのですから」
サクラが、呆れたように言いながらも、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。
赤の国、カルディア王国。
猛き獅子たちの国での、鈴木ケンの新たな闘いと、半年後の「世界を揺るがす決戦」に向けた修行の日々が、今、賑やかに幕を開けたのであった。




