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第11話 不惑の四十路と緑の国の乙女たち


選抜試験での完敗から数日が経った。

緑の国の夜は、巨大な樹木の隙間から漏れる月光が、幻想的な銀色の粉を降り撒いているようだった。

鈴木ケンは、城のテラスで一人、八十三枚の牌を机に並べていた。

「赤の戦士……剣聖。青の僧侶……書僧。緑の……」

呟きながら牌を裏返し、その位置を頭に叩き込む。フェニクスに言われた「狂気の記憶力」を養うための、孤独な基礎訓練だ。

「あら、そんなところで一人遊び? 裁定者様も随分とストイックね」

背後からかけられた艶やかな声に、ケンは肩を跳ねさせた。

振り返ると、そこには見慣れない二人組が立っていた。

一人は、深い森を思わせる緑のドレスに身を包んだ、たおやかなエルフの女性。ティアよりも少し年上に見えるその女性は、長い耳に美しい銀のピアスを揺らしている。

もう一人は、背中に大きな褐色の翼を持ち、鋭い爪を持つ足で手すりに軽々と飛び乗った、快活そうな少女――ハーピーだった。

「彼女はリアン。第一使節団の魔法戦術顧問で、うちの国の知恵袋よ。そしてこっちの騒がしいのがフィーナ。偵察部隊の筆頭で、速攻打ちの天才ハーピー」

ルークが背後から現れ、いつものように無愛想に紹介した。

「よろしくね、ケン。ティア様をあそこまで本気にさせた人間がいるって聞いて、飛んできちゃった」

リアンが上品に微笑む。その瞳は、まるで熟した果実のように深い知性を湛えていた。

「おっさん、誕生日なんだって? ハーピーの寿命じゃ四十なんてまだまだヒヨコだけど、人間にとっては節目なんでしょ! お祝いしに来てやったぜ!」

フィーナが翼をバサバサと羽ばたかせ、風を巻き起こしながら笑う。

「……誕生日、なんで知ってるんだよ」

「アルカナの召喚記録よ。今日でちょうど、四十歳。不惑の歳ね」

ティアが、静かな足取りでテラスに現れた。その手には、精緻な装飾が施された木箱が握られている。

「……不惑、か。迷いがなくなる歳、なんて日本では言うけどな。今の俺は迷いだらけだよ。八百歳超えのエルフや、空飛ぶハーピーに囲まれて、ドンジャラで世界を救えなんて……」

「迷うのは、あなたがこの世界の一部になろうとしている証拠よ」

ティアが箱を開けると、中には、深い緑色の宝石が埋め込まれた『世界樹の牌ケース』が入っていた。

「お誕生日おめでとう、ケン。これは私たち使節団からの贈り物よ。あなたがいつか、私たちと同じ『壁』として並び立つ日のために」

宴が始まった。

フィーナは持ち前の器用な足で、次々と大皿の果物をケンの前に運び、リアンはエルフ特有の強い果実酒をケンのグラスに注ぎ続ける。

「いい? ケン。私たち使節団は、単なる打ち手の集まりじゃないの」

リアンが、少し赤くなった顔でケンの隣に腰掛けた。

「この平和な緑の国を……ドンジャラという『歪な盾』で守り抜くための家族なの。あなたがその一員になるなら、私たちは全力であなたを鍛え上げるわ」

「そうそう! おっさんのその『記憶力』、アタシが実戦で試してやるからな! 空からの視点じゃ、牌の流れは風と同じで見えるんだぜ!」

フィーナがケンの肩に翼を回し、豪快に笑う。

物流倉庫にいた頃、誕生日はいつも一人だった。

年下の上司に怒鳴られ、深夜のコンビニ弁当を食べて寝るだけの夜。

それが今、八百歳の王女、四百歳の副団長、知性溢れるエルフの美女、そして自由奔放なハーピーの少女に囲まれている。

(……悪くないな。四十歳ってのも)

ケンは、もらったばかりの牌ケースを強く握りしめた。

アルカナに召喚されて一年半。自分が「何者でもない敗残兵」ではなく、「この国の未来を担う一員」なのだと、初めて実感できた夜だった。

「ティア、リアン、フィーナ……それにルークも。ありがとう。……俺、やってみるよ。計算も魔法もできないけど、誰よりも『耐えて』、全部『覚えて』やる」

「ええ。来年の試験、楽しみにしているわ」

ティアが優しく微笑んだ。

不惑の四十路。

鈴木ケンの第二の人生は、ここから本当の意味で熱を帯びていく。

家族のような仲間を得て、男は自ら選んだ「狂気の修行」へと、再びその身を投じていくのだった。

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