盛大な勘違い
テネブラエがスクトゥムを連れて家の中に戻ると、魔道具の資料を手に取りなにやら唸っているウ=ギギとウ=ララ、眠そうに欠伸をしながらテーブルに座るレオの姿があった。
「あらあら、二人共ありがとう」
テネブラエはエルザとウ=トトに礼を伝えると、スクトゥムを連れて調理場へと向かった。
ウ=トトは両親の側へと座り、彼らと知識の共有をしながら家族の時間を過ごしている。産まれて間もなくラ=ボボへと預けられた彼が、大森林の外へと出てようやく持てた自身の肉親との時間だ。
一方でエルザは、フィンから渡された本を開きながら物思いにふけっていた。すると、レオが興味を持ったのか話しかけてきて、遭遇した魔物達について詳しく教えてもらう。
しばらくして、調理場の方からテネブラエとスクトゥムが湯気の立つ大皿を運んできた。地下ならではの珍しい大ぶりの茸や根菜のスープに、何の肉かはわからないものの、テネブラエの調合した香草によって見事に臭みが消された柔らかな肉の香草焼き。決して華やかな料理ではないが、香ばしく食欲をそそる匂いが部屋いっぱいに広がり、一同の胃袋を強く刺激した。
食事を終え、ウ=ギギとウ=ララは荷物の整理をするために部屋へと戻り、レオは身体を鈍らせないためだと言い残し外へと出ていく。ウ=トトは食事の片づけをかって出てスクトゥムと共に調理場へと消えていき、テネブラエは再び調合机へ座り作業を始めた。
手持ち無沙汰になったエルザとナーは、再びテネブラエの側へと向かいその作業を眺めはじめる。
「エルザちゃん達は、大森林から来たのかしら?」
「あ、はい……どうしてわかるんですか?」
「ふふっ、白綿鳥なんかを連れていたら、わかってしまうわよ」
「ピッ?」
ナーは自身に関する話が始まった事を理解しているのか、首を傾げながらその愛らしい姿をテネブラエへと晒す。
「この子たちは森の外ではすぐに捕まえられてしまうから、元気な姿を見られるのはとっても貴重だわ」
「その、テネブラエさんは大森林に来た事があるんですか?」
「残念ながら縁がなかったわね。興味はもちろんあったけれど、私の母が行く事を許さなかったわ」
そう話すテネブラエの顔は、手元の調合に集中していながらもどこか寂しそうな目をしている。
「その、お母さまはどうして」
「どうして反対していたか? ふふ、憎かったのかもしれないわね。今はもうわからないけれど」
「……憎かった?」
「私の父は森人族だったそうよ。会ったことは一度もないのだけれど、母が死ぬ間際にそう教えられたわ」
エルザはテネブラエの衝撃的な告白に驚き、どう返答するべきか迷ってしまう。目の前の女性が話す過去について、このまま聞き続けるべきか否か。
「ごめんなさいね、こんな身の上話を聞かせてしまって」
「いや、その……私の方こそ、不躾に聞いてしまってごめんなさい」
「ふふ、優しい子。あなたの両親はきっと、とっても優しい方達だったのね」
そう微笑むテネブラエに、エルザは素直に笑い返す事は出来ずにいた。
ウ=トトが両親との再会を喜ぶ一方で、自分の両親は既にこの世にはいない。
彼女にとっての家族は、大森林で共に過ごしてきたゼラや闇人族達だ。しかし、自分に突如として発現したあの『視る力』は、血の繋がった両親から受け継いだものなのだろうか。
「……私の両親は、私が物心つく前に亡くなったんです。だから、どんな人たちだったのか分からなくて」
そうこぼしたエルザの瞳の奥を、テネブラエはじっと見つめ返した。
「そうなのね……私も父については何も知らないままよ。母は最期、当時の私に呪いの言葉を残して逝ってしまったわ」
「呪いの言葉?」
「だってそうでしょう? 実の父親が森人族だなんて、それを聞いて、私にどうしろって言うのよ。 愛してる、だとか、ありがとう、だとかそういう事を言って逝くものよ、普通は」
テネブラエは少しだけやるせない怒りの感情を滲ませながらも、直後にふっと自嘲するように笑みをこぼす。
「でもね、今ではその言葉の意味が少しだけわかる。母はきっと、人よりもずっと長く生きてしまう私の事を心配していたのよ」
「どうしてそう思うんですか……?」
「もし自分が半森人族であることを知らないままだったらと、想像してみて? 人間と半森人族とでは、生きる時間の長さが全く違う。私だけがいつまでも歳をとらず、親しくなった恋人や友人たちが次々と老いて、死んでいくのをただ見送らなければならないの。その理由すら分からないままね」
エルザは息を呑み、テネブラエの言葉に静かに耳を傾ける。
「いずれ周りからは気味悪がられて孤立し、何より、私自身が自分の存在に耐えきれずに心を壊してしまっていたかもしれないわ。でも、母が最後に真実を教えてくれたから、私は『自分はそういう生き物なのだ』と受け入れられた。知ることは生きる力になる。使い方次第で武器にだってなるわ。だから私は、母のあの最後の言葉に、今はとても感謝しているのよ」
「知ることは、生きる力……」
エルザはテネブラエの言葉を小さく反芻する。そして、意を決したように彼女の顔を真っ直ぐに見つめ返した。
「あの、テネブラエさん。今朝……私の瞳を見て、何か言いかけましたよね。私にも、知っておくべきことがあるんでしょうか」
エルザの真っ直ぐな問いかけに、テネブラエは待っていましたと言わんばかりに優しく微笑む。
「えぇ、そうよ。あなたのその瞳……それに、漂う魔力や精霊達があなたを避けない理由。あなた、自分が半森人族だって知らずに育ったのね?」
「……えっ?」
思いもよらない言葉に、エルザは目を丸くする。テネブラエはそんなエルザの反応を突然真実を知らされて戸惑っているのだと勘違いし、言葉を続ける。
「驚くのも無理はないわ。でも安心して? 魔力の扱いや、長命種ならではの悩みなら私が相談に乗ってあげられる。最近、急に体内魔力が暴発したりして困惑していないかしら?」
自分と同じ境遇の少女を導こうと、少し得意げに、そして慈愛に満ちた表情で語りかけるテネブラエ。
しかし、エルザは慌てて両手を振り、首を横に振った。
「あ、あの! 違います、私、普通の人間です!」
「……へ?」
「正確には、闇人族の先祖返りらしいんですけど……両親は二人共人間なんです。それに、私には体内魔力はまったくなくて…」
「…………あら」
エルザの申し訳なさそうな訂正を聞いて、テネブラエはポカンと口を開ける。
「闇人族の、先祖返り……あなた、半森人族じゃなかったの……?」
「はい……なんだかすみません」
「そ、そう……そういうことだったのね……」
自分と同じ半森人族の同胞を見つけたと一人で勝手に舞い上がり、壮大な身の上話を語ってしまったテネブラエ。彼女は少しだけ恥ずかしそうに頬を掻き、見事に肩透かしを食らった様子で小さく肩を落とすのだった。
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