友人の遺した場所
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テネブラエは、調合机の隣に座るエルザを自身と同じ半森人族だと勘違いしていた。つい先ほどそれが盛大な誤解であったことが判明し、二人の間にはなんとも気まずい沈黙が流れている。
彼女は作業の手を止め、座ったまま凝り固まった身体を大きく伸ばした。このいたたまれない空気の中で、平然と細かい調合作業に集中できるほど、彼女の神経は図太くなかったのである。
「あ、休憩しますか……?」
「んっ、そうね……エルザちゃん、調理場の方にいるスクトゥム達を見てきてくれるかしら?」
エルザは小さく頷くと、ナーを連れて、食事の片づけに向かった二人の様子を見に席を立った。
調理場に顔を出すと、先ほど自分たちが食べた食材や、様々な香辛料の残り香がエルザの鼻腔をくすぐった。しかし、室内を見渡してもウ=トトとスクトゥムの姿は見当たらない。
「勝手口の扉を出た先にいると思うわ」
不思議に思うエルザの気配を悟ったのか、居間の方からテネブラエの声が届く。
エルザは言われるがまま、どこに繋がっているかわからない木製の扉を開けた。
扉の向こうは、地下水道の岩肌へと続く家の裏手だった。そして、なにやらウ=トトの興奮した声が耳に聞こえてくる。
「わぁ、すごいですスクトゥムさん! この子達が森にもいてくれたら大活躍ですよ!」
エルザは勝手口から外に出ると、近くにある石造りの階段を下りてウ=トトの声のする方へと向かった。
階段を降り切った先には、自分たちがここに辿り着くまでにずっと見続けてきた地下水道の水路が流れていた。ただし、人工的に整えられた壁ではなく、ゴツゴツとした岩肌がむき出しになった自然の空間が広がっている。
その水路の浅瀬に、ウ=トトとスクトゥムが肩を並べてしゃがみ込んでいた。
「トト、スクトゥムさん」
そう声をかけると、二人がこちらを振り向く。
「あ、エルザさん! 見てください!」
興奮気味に手招きするウ=トトに、エルザは何だろうと思いながら近寄っていく。
覗き込むと、スクトゥムが水路に先ほど自分たちが使っていた食器を沈めていた。そして、その食器には、この地下空間を漂っていたあの謎の光る虫がびっしりと群がっていたのだ。その光景に、エルザは思わず驚きの声を上げる。
「えっ、これは一体……」
「よく見てください! この子達が、食器の汚れなんかを綺麗にしてくれているんですよ!」
ウ=トトにそう言われ、水に沈んだ食器をじっと見つめてみる。すると、水の中にいる虫たちが食器を隅々まで這い回り、見事に汚れを食べて掃除してくれているではないか。
「わ、確かにこれは……すごいね」
「ですよね! この子達についてもっと知りたいです!」
「―――」
ウ=トトが大興奮する理由を理解し、エルザもつい楽しくなって頬を緩める。側にいるスクトゥムが、穏やかな表情で二人の様子を眺めながら何かを言葉にしているが、残念ながら二人にはその意味までは伝わらない。
「ふふふ、その子達は濁星虫といって、この地下水道に生息する魔法生物なのよ」
後ろから聞こえてきたのは、テネブラエの声だった。
「濁星虫!」
「えぇ。この子達が、ファルガから流れてくる汚れた水やゴミなんかを綺麗にしているのよ」
「そうだったんだ、すごい子達なんですね……」
「とっても働き者なのよ。それにね、働き続けないと繁殖することもできないの」
そう話しながら近づいてきたテネブラエは、水路で食器に群がる一匹の濁星虫をそっと指先に乗せ、言葉を続ける。
「この子達は大昔、その有用性からサネニーン大陸から輸入されてきたの。そこにいる白綿鳥ちゃんみたいに、愛玩動物として飼う人たちもいたらしいわ」
「ピピッ?」
「ふふ、でもね? この子達は汚れた水やゴミなんかを身体に取り込み、不純物を取り除いてから体外へと排出する。綺麗な水の中で餌を与えたりし続けても数日とは持たないの。だから愛玩動物としては適さなかったのよ」
「なるほど……つまり、飼育下に置くよりも、放流した方が彼らにとっては適切だったってことですね?」
「その通りよ、小鬼族の坊や。当時の学者達がそれに気付いて、都市開発計画の水道施設への運用を提案したの。そして、この地下水道に放流されて今に至る、といった感じね」
そう言いながら、手に乗せた濁星虫を水の中へと戻すテネブラエ。
「あの、テネブラエさんはこの地下水道に詳しいですよね? 一体どうしてなんですか?」
「私はこの地下水道の設計に携わっていた山人族と友人だったのよ。もう亡くなったのだけれど、オルムガルドを出て各地を旅する中で、彼が都市開発に携わった蒼洋都市ファルガを訪れる事は、私の目的の一つでもあったの」
「じゃあ、最初からこの地下水道に潜る予定だったんですか?」
「えぇ、本来は少し覗いてみるだけのつもりだったのよ。でも、いざ来てみたら異常な魔力の乱れを感知してしまって、調査のためにしばらく滞在することにしたのよ。友人の遺した場所で異変だなんて、放ってはおけないでしょう?」
「異常な魔力の乱れ?」
テネブラエの言葉に、エルザは首を傾げる。地下水道に入ってからというもの、彼女は異常な魔力を感知したり、目にした覚えはなかったからだ。
「あぁ、そういえば……私は各地で異常な進化をする魔物や、魔力の乱れについて個人的に調査をしているのよ。この地下水道の調査は既に終わっているから、エルザちゃんが異変に気付かなかったってことは、私の目的は充分達成されていたってことになるわね」
「なるほど、そういうことだったんですね……」
テネブラエ達がこの地下水道に長居していた理由が判明し、エルザとウ=トトは納得したように深く頷く。
すると、ウ=トトが先ほどのテネブラエの言葉を思い出して、ふと質問を投げかけた。
「あれ? テネブラエさんはオルムガルドのご出身なんですか?」
てっきり肯定の返事が返ってくるものと思っていた二人。しかし、テネブラエの口から紡がれたのは、彼らの予想をあっさりと裏切る言葉だった。
「いいえ? 私の生まれはローベント王国よ」
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