足掻く *キリアン
アデリーが兄の墓にマリアのペンダントを着けると、墓地を撫でるように通り雨が過ぎた。まるで兄の涙のように。
「不思議なこともあるもんだな」
兄貴はそれほどマリアを愛していたのか。なのに兄貴はこの荘厳な墓地に、マリアはあの共同墓地にあんな風に葬られたのか。
麻袋が落とされた時の「どさり」という音が耳に甦る。
兄貴はどう思っている? 死んだ後にも二人を引き裂いた両親に対する恨み? それともマリアに対する申し訳なさか?
もしかすると兄貴もマリアを探していたのかもしれない。通り雨とかすかな虹は兄貴の歓びの表れかもしれない。そう思うと堪らない感情が湧き起こる。
兄貴が死んだ時、その身勝手さに哀しみよりも怒りを覚えた。兄貴の気持ちなんて想像もしなかった。
生きているうちにもう少し交流があったならと、後悔が押し寄せる。
横にいるアデリーを見る。
俺はアデリーにもまた理不尽な憎しみを覚えた。だが今ではその憎しみは消え去っている。代わりにあるものは……。
このまま俺と一緒にいるとアデリーもマリアのような道を進むのか。そうなれば俺はどう感じるだろう。
「今日はありがとう、キリアン。……キリアン?」
「あっ、いや。疲れただろう。どこかで食事をどうだ?」
アデリーは少し悩んだ後、頷いた。
*
庶民的でありながら清潔感のある静かなレストラン。メインの肉料理が運ばれた時、アデリーがゆっくりと口を開いた。
「あのね、キリアン。姉も見つかったことだし、できるだけ早く故郷に帰ろうと思うの」
「……」
「もともと帰るつもりだったし、……姉が見つかったことで心残りもなくなったし」
返事ができない。アデリーと知り合ってまだたったの半年。なのにその存在は俺の中で大きくなっている。なのに俺はアデリーの心の中に残らない存在なのか。
ずっとそばにいたい。離したくない。失いたくない。
けれど、兄貴がいない今、俺の立場がある。俺と一緒にいることはアデリーを不幸にする。そして、なによりもアデリーは俺のことをなんとも想っていない。
「……いつごろ?」
「そうね、食堂に辞めることを伝えて了承を得られれば、かな。かなり繁盛していて忙しいから次の人が見つからないとね。荷物は少ないから引越しはすぐできるわ」
その繁盛はアデリーのおかげだと思う。だから、そんなことを言っているといつまでも辞めさせてもらえないよ、と言いたいのを我慢する。
「北部は冬が早いのよ。十月に雪が降り始め、十一月には雪が積もり始めるの。だから早めに冬に備えて秋からみんなで羊毛を織ったり保存食を作るのよ。人手がいるから、それまでには帰らないとね」
アデリーがフォークを置いてしばらく物思いに耽る。
「……雪が降る前にオーウェンを探さなくちゃ」
「俺も一緒に行く!」
「え?」
口をついて出た言葉に自分でもびっくりする。
「こうなったらアデリーが納得して新しい人生が見えるようになるまで付き合うよ。それに俺はこれでも軍人だから、盗賊が出ても撃退してやるよ」
「あなた、婚約するんじゃなかった? それに公爵家を継ぐのに忙しいでしょう?」
「そんなの、今すぐじゃないしどうとでもなる。雪が降る前だろう? 今は夏の終わりだから急いで準備をしないと」
いきなり饒舌になった俺にアデリーは呆気に取られている。が、こうなったら引くことはできない。みっともなく縋りついている自覚はある。少しでも長くアデリーと一緒にいたい。
*
案の定、ジョイには大反対された。
「これはいい機会なんですよ!? アデリーさんもそう考えていることでしょう」
「軍を辞めて家に入るまでの休暇だ。用事が終わればすぐに帰るし、アデリーのことだって責任を感じているんだ」
「それ相応の慰謝料でも払えばいいことです。……アルフレッドさまの分を含めば、それなりの金額になるでしょうし」
アデリーの故郷は困窮している。慰謝料を払えば助かるだろうが、それでは俺が納得できない。
「すまん、ジョイ。もう約束したから」
「どうせまた強引にでしょう?」
ジョイが悔しげに唇を噛んでいる。
「すまん……。謝るついでに頼みたいことがある。兄上の元婚約者のことだが」
「あなたの婚約者になる方です」
「俺は顔を見たことがあるぐらいなんだよ。それで、どんな方か調べてほしい」
「実際にお会いして話をされた方が早いのでは?」
「それではダメなんだ。つまり……。そのご令嬢と兄上の関係はよくなかった訳だ。俺に対してもいい印象はないかもしれない」
ジョイは怪訝そうな顔をして俺を見た。
「何が言いたいのです?」
「もし、ご令嬢に慕う相手がいるのなら応援したいと思ってな」
「お相手の方に失礼です」
うん、そうだ。失礼だ。けれど……。
「ジョイ、この婚約についての契約条項が見たい。本邸から取り寄せてくれるか」
「……かしこまりました」




