因縁 *キリアン
アデリーの部屋を追い出された俺は、とぼとぼと一人で住むジラール公爵家の別邸への道を歩く。どこからともなくジョイが姿を現した。
「いつまでも次男の感覚を持たないでくださいよ。ご両親からも実家にお戻りになるよう言われておりますし、アルフレッドさまの喪が開ければ婚約式です。……顔色が悪いですよ?」
「……」
兄が死んでから、両親から実家に戻るよう矢のような催促があるが、陰陰滅々とした家に帰る気が起きず「軍で残務処理があるから」と帰らずにいる。
そうこうしているうちにアデリーと出会ってしまった。
尋ね人の名前がマリア・オブリルと聞き、彼女がマリアの妹だということはすぐにわかった。よく見ればマリアの面影もあった。
マリアのことは遠くからしか見たことはないが、髪の色は違うが同じ緑の瞳だったと思う。すらりとした美人のマリアに比べて幼さのある顔をしているが、力のある目はよく似ている。
すぐにジョイにマートン子爵領について調べさせ窮状を知ったが、兄を破滅させ家族を悲しみの底に落としたマリアへの復讐心が湧いてきた。
だがぶつけるべき相手はもういない。だから代わりにアデリーを地獄に落としたい。
そう思って協力をするふりをしながら優しい言葉をかけ続けた。
けれど、働きながら故郷に仕送りをするアデリーの姿を見て。
地に足をつけ視線をまっすぐに上げ懸命に生きる。その横顔はとても美しくて。
「もっと働きたい」と聞いた時に提案した遊び相手はすでに囚われていた証拠なのかもしれない。
否。
あの馬車乗り場の雑踏の中でアデリーが目に止まったのは、彼女の姿だけがやたらとくっきり見えたからだ。質素な装いでありながら内から輝いて見えた。
だから詰所に誘い名前を聞いた。そしてマリアの妹だと分かって勝手に怒り、勝手にまとわりついた。
なのにアデリーは、俺の相手をしながらも汚れることなく、その視線の先にはオーウェンという男がいる。俺とどれほど同じ時間を過ごしても触れ合っても、彼女の心の中にいるのはオーウェンだ。
「……だけど、今そばにいるのは俺だろう?」
小さく声にしてみる。改めて、そんなことを言う資格が俺にないのが突き刺さる。
「は?」
「なんでもない」
何も悪くないアデリーを、俺は弄んだのだ。
マリアも悪くなかったのだろう。両親はマリアを悪女だと言っていたが、立場の弱い彼女が公爵家嫡男を跳ね除けることは不可能だ。
兄はマリアを地獄に落とし、俺はアデリーを絶望の底に落とした。
「なあジョイ。俺は公爵の地位なんか興味ないんだよ。兄貴は優秀で冷静で。反対に俺は勉強から逃げて剣を振るばかりで……。相応しくないよ」
「と申されましてもアルフレッドさまに何かあった時のキリアンさまですしね。逃げてばかりおられたのを諌めることができなかった私の力不足でもございます。……しかし何の因縁があるのでしょうね。まさかご兄弟で、なんて」
ジョイはことあるごとに注意をしてきたが、聞かなかったのは俺だ。
それにしても、そうだな。田舎育ちの貧乏な士爵家の姉妹。確かに美しいが、美しいだけなら王宮にもわんさかいる。だが違うのだ。見かけだけではなく内から滲み出る美しさと気高さは、着飾ったからといって表れるものではない。
いや、質素な格好をしていてもあれほど美しいのだ。着飾らせればどれほど……。
「そりゃあ、ダイヤの原石だと思いますよ。磨き上げれば輝く素質はあると思います」
俺は顔を上げてジョイを見る。
「お前も気に入ってるのか」
「そんな低い声を出さないでくださいよ。客観的に見て、です。確かにダイヤの原石ではあるのですが、下手に磨かずに今のままいさせてあげる方がアデリーさんの幸せなんじゃないでしょうか。……ま、主人が手をつけてしまいましたけど」
目を逸らし、石畳を見ながら歩を進める。
恥ずかしい。恥ずかしいことばかりだ。
なんて恥知らずなことをしてしまったんだ。
「でも、後悔していない」
ジョイが呆れたように立ち止まった。
「アデリーさんを愛人にするのですか? それともアルフレッドさまと同じ道を行くのですか?」
兄貴の婚約者がそのまま俺の婚約者となる。俺がアデリーを選べば彼女は二度までも捨てられることになる。そして両親の失望はさらに深まるだろう。
「もう少し、もう少し待ってくれないか? 必ず答えを出すから」
再び歩き出した俺の後ろを、ジョイは黙ってついてきた。




