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七話


 「薪坊、刄、こっちに来てくれぇー」


 「あぁ、今、行く」


 十日目の朝、寺の僧侶や修行に来ていた天狗や河童、俺達を含め、忙しく動いていた。

 何が行われるのかというと、『河童相撲千試合』なるものが執り行われるらしく、それに伴って境内には屋台がずらりと並んでいる...とはいっても行っているのは人間ではなく、鬼や狸、河童といったここら一帯に住まう妖怪達だ。

 舞台櫓に提灯の飾り、土俵の準備と忙しい。

 要するにこれはお祭りなのだ。これは夏に行われる恒例行事であり、妖怪達が集まる祭りのようで、一般人は基本的に立ち入り禁止の為、門の前では寺の僧侶が見張りをしている。というより、この十日間は関係者以外は立ち入り禁止となっている。何せ、寺に妖怪達が集まっているのだから、一般人に見せる訳にもいかないのだろう。

 河童相撲千試合が始まったのは午後の事。沢山の河童達が集まり、東と西に分かれる。だからなのか、会場では河童達で埋め尽くされていた。勿論、鬼や天狗、狸の類いも存在する。他には単眼に、人の姿も見掛けるが霊気を感じる所から幽霊なのだろう。少数ながら骸骨すら混ざっている。ここにいるという事はきっと、悪霊ではないのだろう。

 こんな物を一般人が見たら、きっと卒倒は...、しないだろうな...。今頃、こんなの見た所で驚く所か物珍しい景色だと捉えられるだろう。SNSに投稿されて、色んな所に回されてしまうだろう。現代人、恐るべし...。やはり、昔とは違い、情報が飛び交う時代では妖怪文化はエンターテイメントでしかない。


 「これから、河童相撲千試合を始める!!優勝者には月夜堂の酒樽一つを送る

 河童共、今まで鍛えてきた技術、技を、作り上げてきた肉体を、極めてきた自身を出す時が来た。勝ち上がれ、河童としての誇りを持って、河童精神を見せ付けろ!!」


 そう大天狗からの会式宣言の後、河童達の相撲が始まった。

 甲羅を背負い、頭に皿を乗せた河童達が体をぶつからせる。会場の席からは河童以外にも鬼や天狗、それ以外の者の声が上がる。相撲試合に出る河童は勝敗に一喜一憂し、それでも、悔いのない顔が見られていた。

 そして、溢れるような妖気が漂い、土俵の上には昇り立つ妖力が存在感を主張する。その妖力に俺自身、圧倒されていた。鈍重でありながらも、濃厚な妖気に重圧のような威圧を感じさせられ、こっちまで緊張感が伝わってしまう。

 完全に整った力の循環を自身の支配下に置いて、自らの力として活用されていた。

 河童という妖怪は水に住まう妖怪のイメージがある。だが、相撲好きな妖怪だと伝承において伝わっている。あの滾らせたような雰囲気を見る限り、今まで伝わってきた伝承は本当だったと言える。

 俺としては相撲には興味がなかったが、それでもこの河童相撲からは目を見張る物があった。相撲という競技ではなく、力の循環、その技術に見せられる。どういう流れがあって、どのような活用をされているのか。俺は刀であり、土俵に立っているのは河童ではあるが、種族が違えど使っている力の大元は同じなのだ。故に俺はこの河童相撲を見いっていた。

 力の循環を会得するのはそう簡単に行く物ではない。九日間、力の循環の修行していたが、未だに不安定のままで短い期間でどうにかなる物でもない。

 一応、烏天狗達に三つの秘技、駆跳隠(くちょういん)を教えてもらったものの、不完全だったりする。一応、コツを掴んだけれど、どうやら、先に力の循環を完全な物にする必要があるようだ。

 一方、薪君というと、完全とはいかないものの、それでも、完全に近いレベルまで習得してしまっていた。これ程に差があるのは仕方ない。彼は幼少の頃から力の循環を感じて、修練してきた訳なのだから、差があるのも当然だ。

 現在は自由時間であり、俺達は河童相撲を観戦している最中だ。どうやら、今回に限っては修行しないようだ。


 「刄さん、俺の事はいいから...」


 「つってもねぇ...、俺、金持ってないし、特にする事ないじゃろ」


 「...そうなのか?小遣いとかそういうのは...」


 「心配せんでも、ちゃんと貰っとるよ。じゃけど、こういうの予想してなかったけぇね...。財布なんざ持ってきてない」


 「そういう事か......」


 こういう事があるなんて、聞いてない。聞いてたのなら、ある程度は持ってきていた。


 「じゃあ、何か食べに行くか?」


 薪君からそう提案される。まだ、俺達は昼食を取っていない。空腹の感触を人間ではないものの、俺自身、感じてしまう。元々の人間である感触は残されており、食欲さえもある。


 「食べに行くって...、俺、金、持ってないんじゃけど?」


 「それなら、奢る。祭りぐらい楽しまないとな」


 「...ほんじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかねぇ」


 彼の言う通りだ。こういう時ぐらいは楽しまないと損だ。そんな訳で俺はたこ焼きを買ってもらった訳なのだが...。


 「俺らって、そういう風に見えるのか...」


 ポツリと訝しげに彼は言葉を口にする。


 「まぁ、男女が隣り合って歩いてる訳じゃし、有り得る話じゃろ」


 別に何ともない話ではあるものの、そういう風に見られるとは思ってもみなかった。何があったのかというと、たこ焼きを売っている屋台の強面な鬼の店員からカップルかと聞かれてしまった訳だ。勿論、否定はした。

 縁側に腰を下ろして、熱々のたこ焼きをハフハフ言わせながら、何も考えずに食べる。


 「薪君さ、彼女ぐらい作ったら、どうよ?」


 何となく、何も考えずにそう口走る。

 そもそも、男だった、いや...、今も男だと思っている俺は彼とは付き合うつもりは一切ない。異性として付き合いとは思わず、それでも友達として側にいたいと思う程度ぐらいにしか感情を抱いていない。


 「ゲホッゲホッ

 刄さん、何を......」


 俺の突然の発言のせいか、むせてしまっていた。別に変な事を言ったつもりもなく、思った事を口にしただけである。

 彼の顔付きは整っており、悪くはない。寧ろ、モテると思う。しかしながら、どういう訳か友達がいない。彼自身が友達を作ろうという意志がないのもあるが...。


 「別に変な事は言ってないよ。彼女ぐらい出来てもおかしくない顔面偏差値しとるんじゃけぇ、積極的に異性にアプローチするのも悪くないじゃろ」


 まぁ、俺にはそんな度胸もない。ただ、人間の友達がいないのなら、いっその事、彼女でも作ったらどうだろうか?彼女という存在がいいものかどうかは分からない。何せ、彼女を作った事がないのだから...。まぁ、彼女がいた事もない俺が勧めるべき事でもない。


 「好意寄せるような異性はいないのに、そんな事が出来る訳がないだろ

 刄さんはいた事あるのか?」


 「いんや。いた事がないよ」


 「じゃあ、刄さんに言われるような事でもないだろ」


 「まぁ、そりゃそうか。彼女がおる状況ってどういう感じなんじゃろうねぇ...」


 そもそも、女という生物がどのような生物なのか分からない。あまり異性と関わってきてこなかった。それ故に俺の青春は彼女のいない物で、幸薄い学校生活だった。今、思い返しても良かったと思える事は少ないと思える。寧ろ、嫌気が差す事ばかりだった。

 まぁ、学校が悪いんじゃなくて、人間関係が悪かった訳で、そして、自分自身が悪かったのだとも思っている。こんな事を語った所で誰かに役に立つ事はないだろう。


 「さてと、暇じゃ」


 たこ焼きを食べた後、結局、やる事がない。屋台なんて回った所ですぐに飽きてしまうだろうし、河童相撲も少し飽きてきた所でもある。他に時間を潰す方法はないだろうか?


 「まだ、たこ焼きぐらいしか買ってないだろ。他のも回れば、多少、時間ぐらいは潰せるだろ」


 「多少は...ね

 ......すぐにゃ帰れんのんじゃろうし、屋台をしらみ潰しに回った所で時間は余るじゃろ

 それじゃあったら......、ちょっと、付き合ってよ」


 「付き合う?」


 どうせ、やる事がないのだ。それなら、ここでダラダラするよりかはちょうどいい時間を潰す方法がある。


 「付き合うって...これか?」


 縁側で座禅を組み、霊力と妖力を循環させる。河童相撲を見るばかりなら、こういう事をしてた方がマシだ。


 「何もする事がないんじゃったら、こっちの方をしてた方がマシじゃ

 退屈なのは割と耐えられん性分じゃけぇね」


 「それもそうだけど......。もしかして、刄さんって、じっとしておくの苦手だったりするのか?」


 「え?どうして?」


 「いや、...こうして座禅組んでる訳なんだし」


 「まぁ、何て言うか自由時間が自由時間でも、何もする事がない上に、する事のない状況っていうのが多分、苦手なんじゃと思う

 だらけておきたいとは思うけど、退屈とは別物じゃろ?」


 退屈というのは本当に『ない』という状況を指しているのだと、俺は解釈している。その場に時間が潰せるというのであれば、暇であれど退屈ではない。

 そして、今はする事がなくて暇である。相撲が終わるまでする事がなく時間が余っている状況で退屈をしていた訳で、暇潰しに座禅を組んでいる訳だ。


 「それに今の俺は未熟者じけぇね。せめて、力の循環を出来る限りの範囲で極めておきたい

 足手まといとか御免じゃけぇね。俺とて、多少は強くなりたい」


 そういう訳で、時間を潰す為に粘りに粘り、座禅している状況で力の循環を続けた。何も考えずに身を任せるように、未だに波紋に揺れるけれど大分、改善されたと思う。それでも、あの男に敵うとは思えない。この業界に踏み入れたばかりの俺は新人みたいな物だ。この界隈では俺の知らないような化け物がいる筈だ。そういう奴らとやり合う事がいずれは来ると考えるのなら、ちゃんと強くなっておかなければならない。

 時刻は何時なのかは分からないが、空に上っていた太陽が沈み始めていた。それでも未だに土俵周りが騒がしさを感じさせていた。まだ、終わらないようだ。後、どれくらいやるつもりなのだろうか。正直、ずっと座禅しておくのも疲れてきた。


 「流石にしんどい...」


 最終的に力の循環など止めてしまい、座禅など崩れの姿勢も、長時間、継続出来る訳がなく、流石に限界が来てしまった。


 「もう終わりか?」


 一方、薪君というと、未だに座禅を継続させ、また力が循環した状態でいる。まるで苦をでもないといった様子で、個人的には信じられないと言いたいものの、彼とて今の今まで鍛練してきたのだ、こんな事は屁でもないのだろう。


 「平気なのが信じられない。やっぱし、あれか?鍛練の差が出てるんかねぇ?」


 「それはそうだろ。まだ、誕生してから一ヶ月程度と俺とじゃ比べようがないだろ

 でも、まぁ、筋は悪くないと思うけど」


 「際で...。まぁ、しょうがないか。ベテランにすぐ追い付ける訳がありゃせんよなぁ~。俺もはよ、駆跳隠の三つを物したいモンじゃけど、そう甘くはないよな...」


 理想と現実は違う物だ。そもそも、俺は妖力や霊力とは無縁な人間だった。世の中に不平不満を掲げ、平等なんて存在しない事をよく知っているつもりになっているだけの人間でしかなかった。それが気が付いたら刀になってたのだから、世の中、変な事があるモンだ。お陰様で摩訶不思議な世界に仲間入りしてしまった訳だが。


 「刄さんって、人間だったんだよな?どんな事してたんだ?」


 「どんなって、あー、ほうじゃねぇ...。スーツを着て、パソコンに向かうような仕事はしょうらんかったよ。別に好き好んで、就いた仕事でもなかったし、ため息だって吐く事だってあった訳じゃし

 .........まぁ、それでも、それなりに働けとったとは思いたいかねぇ」


 「いや、俺が聞きたいのは」


 「話したくない。話したら、未練が出てしまうじゃろ。別に好きな相手はおらんかったし、妻帯者でもなかった訳じゃけど、それでも俺にも家族がおったんじゃし、こればっかしはプライバシーじゃ。まぁ、大した事はしとらんかったよ」


 過ぎ去った事を掘り返しても、戻ってこないし、簡単に語りたくもない。大した歴史も持ち合わせてもいない訳で、聞くのなら彼の話を聞いた方が盛り上がる物だと、俺は思う。だが、それこそ、安易に聞きたいとは思わない。誰にだって話したくもない事ぐらいはあるだろう。例えば、幼少に負ったトラウマとか。


 「悪かった...。刄さんにも話したくない事があるんだな」


 「失敬な。悩みのない人間じゃと、思ってたんか?俺とて悩みぐらい抱えるよ」


 人間だろうと、妖怪になろうと、俺は俺だ。何らかの変化はあるだろう。それでも、俺は変わらず、俺なのだ。故に悩みは抱えるし、ため息ぐらいは吐いてしまう。


 「それもそうか...。未だに信じられないけど、元は人間だもんな」


 俺自身、付喪神の類いなのか分からない。確かに俺は意思を持った刀、妖刀なのは間違いないだろう。霊力や妖力も携えて、意識すらあるのだから。ただ俺の場合は刀になってしまったのか、刀自体に俺が宿ってしまったのかが分からない。そもそも、俺自身、あの御神木に置き去りされていた訳で、本体の出所さえ分からない。こうなる直後の事さえも思い出せない為、考えた所で意味を成さない。


 「ほんで、どうするよ。他に時間を潰す方法は思い付かんど」


 座禅を組むのも飽きた...というより、しんどい。今はもうしたくない...。


 「とりあえず、屋台でも回るか?」


 「ほうじゃね......」


 そんな訳で俺達は屋台を回る事となった。今度は唐揚げか焼きそばでもねだるとしよう...。財布ぐらいちゃんと持ってくるべきだった。


◇◇◇◇


 鬼神寺、そういう名前の寺が私の町にはある。基本、仏教には神様なんて存在せず、いるのは仏様、人である。しかしながら、この寺には鬼神という名前がついている。神仏習合なのだろうか?

 そんな疑問を持ちながら、私達は鬼神寺の階段の真下まで来ている。因みに私一人で来ている訳ではなく、私以外にも二人の同級生と来ている。


 「全員、揃ったな。そんじゃあ、行くぞ」


 そう張り切っているのは高木健二、私とは同級生で悪目立ちするタイプの男子だ。


 「この時期の鬼神寺は立ち入り禁止だろ。止めとけ、怒られるのが目に見えるぞ」


 冷静に口を挟むのは北村俊介で、同じく同級生で、彼の場合は目立つのは好まないタイプではあるが、友達が少ないという訳でもない。


 「こんなバカな事をするよりかは、帰った方がマシだと思うけど」


 北村の言う通り、立ち入り禁止なのに勝手に入るなんて事をしたら怒られるのは当たり前だろうし、怒られたくもない。


 「そんな事、言って実は怖いんだろ」


 そう彼は煽るように言うが、幼稚さを感じさせる。自身が無謀な事をしているのを格好いいと勘違いしているんじゃないだろうか?正直、そういう所なんて全然、格好よくない。寧ろ、格好悪いと思えてしまう。


 「そうだね...。私は怖いかな。寺に行くなんて、気分が乗らないし......、それに怒られたくもないんだけど?」


 現在は夜中で、時刻は二十時ぐらい。蝉の鳴き声が聞こえ、蒸し暑さを感じさせる。

 ここ、鬼神寺にはとある噂がある。ちょうど、夏休みに入るある日、この時期になると高確率で幽霊が現れるらしいのだ。しかも、写真にもちゃんと写るというのだ。お陰様で、ここ、鬼神寺は心霊スポットとしてここら辺地域では名を馳せている訳なのだ。


 「へぇー、天崎はこういう系統って、ダメなタイプなんだ」


 そう感心を持つように、北村が口を開く。


 「怖いものは怖いよ。怪談話とか、好きでもないし、正直、早く帰りたいんだけど?私だって、一応、女子だし」


 「天崎が......女子?......女子か、お前?」


 そう言ったのは高木だった。お前、結構、失礼な事、言ってるぞ。内心、ため息を吐いて、一先ずは反論しておかないでおく。もしも、何か取り憑かれたら、ちゃんと祓ってもらおう。


 「あなた達、そこで何をしているの?」


 そう話し掛けられて振り返ると、そこには着物を着た一人の年老いた女性が立っていた。雰囲気として落ち着いた感じに上品さを感じさせるような、しかしながら、どこか不思議のような私はその感触をどこかで感じた事があった。


 「あら、あなたは天崎探偵事務所の......、清五郎さん所のお孫さんね」


 「え?」


 何で知ってるのと、思わず言おうとしたのだが、


 「悪い事は言わないわ。早く帰りなさい。今は関係者じゃないあなた達が立ち入るのは禁じられているんだから、何かあった後じゃ、取り返し付かないわよ。そういう訳だから、早く帰りなさいね」


 そう先手を打つように、そう言われ、その女性は階段を登っていってしまった。

 そんな事を言われて、引いてくれる彼ではないのは私は知っている。何で、私は彼と友達という関係を持ってしまったのだろうと後悔しながら彼の方を見る。


 「ハバアの言う事なんざ、聞く訳ねぇーだろ、バーカ」


 そんな発言に思わず、ため息を吐いてしまう。明日からちゃんと、絶縁しようかな...。


◇◇◇◇


 日が完全に落ちて、河童相撲千試合も、後、もう少しで終わりを迎えようとしていた時の事、俺達は屋台を回り切って、完全にやる事が無くなってしまっていた。


 「うわぁああああああああ」


 誰かの叫び声が聞こえた。そして、何やら、騒がしい。

 そう思っていると、俺達の目の前を人間が通り過ぎていった。あれは確実に幽霊ではなく、人間で見た感じ中学生ぐらいの年齢だった。


 「追え!!」


 そう言って、鬼や天狗、河童、幽霊達が子供二人を追い掛けていた。今頃の時代、こんな物を見た所で平気だろうと思っていたのだが、どうやら、そうでもないようだ。まぁ、追い掛けられれば、確かに怖いよな。


 「薪君、あれは...」


 「はぁ...

 たまにああいうのがいるんだよ。無断で肝試しをしに来る奴らが...。一応、心霊スポットみたいな扱い受けてるけど、普通に風評被害だよな」


 そういう事なら、仕方がないけれど、どこに行ってもそういう人間は少なからずいるようだ。


 「人間のガキ、どこから入ってきたんだ?」


 そう愚痴るように、角を生やした鬼が侵入者を捕まえて、連れていこうしていた。相手は何やら、怯えた表情を見せている。置いてけぼりを食らい、仲間は逃げてしまったのだ、それは確かに心細いだろう。


 「薪君、彼女、この前のお使いの時の子じゃないかねぇ?」


 天崎星野、この前の鬼条焔のお使いの際に関わった少女であり、夏野柚希の友人でもある。そんな彼女がどうしてここにいるのか分からないが大方、肝試しに参加してしまってここまで来てしまったのだろう。


 「そうだな...。ちょっと、行ってくる」


 彼はそう言うと、鬼と彼女の元まで小走りで向かった。


 「火葬士の倅の知り合いか?でも、こういうのは良くない

 倅だって知っているだろ?見られてしまった以上は記憶は消すのが決まりになっているのぐらい」


 「分かった。記憶なら後々、消してくれて構わない。だけど、これでも彼女は中学の後輩なんだ。落ち着いてから、消してやってほしい」


 「倅がそう言うのなら、任せるが、先に大天狗様に報告しておくからな」


 そう言って、鬼はその場を去ってしまった。

 俺達は一先ず、寺の中へと入る。畳の上へと彼女を座らせるも、未だに顔を強張らせていた。


 「天崎さん?」


 そう声を掛けたのは斎藤だった。彼と彼女は顔見知りで同学年なのだから、顔を知ってて当たり前ではあるが、彼女というと信じられないといった表情と共にどこかホッとしたような表情へと少し崩す。


 「どうして、蓮がここに......」


 「それは俺がここに住んでるからで......、というより、何で天崎さんがここに......」


 「それより、高木と北村は...」


 「ただじゃ済まないだろうな。今頃、捕まってるかもな」


 その言葉に彼女は顔を青く染めて、「そんな...」と言葉を呟く。どういう状況なのかは分からないが自業自得だ。まぁ、でも殺される事はないだろう。ここ鬼神寺では一応、人間と妖怪、幽霊が共存している訳なのだから。


 「大丈夫じゃろ。殺されやせんのんじゃろ?」


 俺は一先ず、薪君にそう尋ねてみる。俺のただの予想なだけで、もしもの事があってもらっても困る。それに薪君自身、慌ててる様子もない。だから、きっと殺されはしない。


 「殺されはしない。だけど、ここの事は忘れてもらう事になってる

 そもそも、何でここに来たんだ。この時期は基本、立ち入り禁止になってるていうのに、バカはどうして禁を破りたがるんだか...」


 彼は呆れたように、そう言う。この夏にはバカは湧いて出てきてしまうようで、この鬼神寺の立ち入り禁止になっている時期を狙って侵入してくる輩がよく現れるようだ。


 「安心してくれ、取って食うなんて事はしない。そういうのはとうの昔に廃れている」


 「ごめんなさい。私、同級生に肝試しに誘われて......、行く気なかったんだけど」


 「そうか......。じゃあ、今度から気を付けてくれ。本当に危険な場所は存在してるし、目に見えない存在もいる。憑いてくる奴は厄介だったりするからな

 そう言えば、斎藤、知り合いだったんだな」


 「まぁ、同級生なんで......。それより、先輩も天崎さんと知り合いだったなんて」


 「あぁ、それはばあちゃんのお使いでちょっとな...。ちょうど良かった。顔見知りなら」


 そう口にした直後だった。


 「先輩、俺、仕事が残ってるので天崎さんの事、お願いしていいですか

 天崎さん、先輩は悪い人じゃないから」


 彼はそう言って、そのまま、ささくさとその場から離れてしまった。

 「......おい」と言った後、彼はため息を吐く。


 「仕方がないか。動けそうか?...まぁ、動けなくても動くしかないんだけど...」


 「私なら大丈夫です...」


 「そうか」


 そう言いながら、彼は彼女に対して、手を差し出した。それは彼女は掴み、外へと出る。そうして、そのまま、外へと出て俺自身は彼らの背中を後ろで見る。ぎこちない姿ではあるが、不自然だとは思わない。

 ふと、今日の午後に彼女でも作ったら、どうだと口走った事を思い出す。ゲスい思考だとは思ったものの、もしかしたら、このシチュエーションは絶好のチャンスだったりしないだろうか?そう思うものの、ここに侵入した事はきっと忘れてしまう。


 「やれ、たいぎーのぅ......」


 そう呟いてしまった。そういう決まりなのだから仕方がないし、俺にはどうしようもない事だ。


 「薪君や、彼女に河童相撲ぐらい見せてやったらどうかねぇ?どうせ、ここの事は忘れるんじゃけぇ。今の手を繋いでいる状態なら怪しまれる事もないじゃろ」


 一先ずは提案する。折角、ここに侵入したんだし、それに結局、忘れてしまうのなら見ていってもいいだろう。

 彼はそう考える素振りを見せて、「大天狗様に相談次第だな」とそう口にする。


 「というより、河童の相撲なんて見たいと思う物か?」


 何て、俺に返されるも、そんな事、俺が知った事じゃない。

 彼女は何も喋らない。ただ、ぼんやりと周りを見ているだけで、まるで夢にでも見ているといった気分でもいるのかもしれない。こんな光景を見せられて、これは現実だとは思えないのかもしれない。

 大天狗に相談した所、あっさりと了承され、終局に近い河童相撲だけは観戦する事だけは許された。

 その後、大天狗によってここで見た記憶を消された気を失った彼女は門前まで運ばれる事となってしまった。


◇◇◇◇


 まるで夢を見ている様だった。鬼や天狗、河童に追い掛け回されて、目を覚ますとそこには見知った顔が見下ろしていた。


 「鬼条...さん?」


 その名前を口にして、彼の顔が近い事に気が付いた。

 彼は私が起きた事に気が付いて、階段の途中にて下へと下ろされる。

 どうやら、私はお姫様抱っこをされていたようだ。


 「大丈夫か?」


 鬼条さんにそう尋ねられる。


 「はい、大丈夫です。それより、ここは」


 「鬼神寺。今は立ち入り禁止だから、誰も入れないよ

 天崎さん、門の前で倒れてたんだけど......、何か覚えてる?」


 「確か、私は肝試しに来て...、あれ、思い出せない」


 おかしい......、肝試しで集まったのは階段の下で、門の前まで上がってきてない筈なんだけど...。というより、あの後の事さえ、思い出せない...。


 「というより、高木と北村は!!」


 「連れがいたのか?見掛けてないけど

 とりあえず、途中まで送る。もしかしたら、先に帰ってるかもしれないからな」


 そう言われ、鬼条さんと一緒に私は階段を下りる事となった。

 階段を下りるとそこには高木と北村の姿があり、何やら、真っ青な表情を見せていた。


 「天崎、お前、無事だったんだな...

 いや、隣のお前はまさか、鬼なんじゃないだろうな!!」


 「落ち着け...、高木。その人は中学の先輩だ」


 少し錯乱状態の高木と冷静のように振る舞っているようで体を振る舞わせている北村。この二人に何があったのか分からない。だけど、何か思い出そうとすると何故だか、背中が凍ったように冷たくなるような感じがした。


 「寄り道せずに帰れよ」


 そう鬼条さんに見送られて、私達は帰った。その帰路の最中の事だった。


 「何があったの?」


 そう尋ねると、

 「......何もなかっただろ」


 今までの錯乱状態はどこにやら、何でもないといった返答が高木から返ってきた。


 「そうだな。肝試しなんて気が引けたけど、何もなかったな。寺の坊主には怒られたけど」


 それは北村も同じで、私一人だけが何故だかモヤモヤを消さないでいた。このモヤモヤの正体が一体、何だったのだろうか?帰路の最中にまだ、鬼神寺の階段部分が見えた為、振り返るとそこには鬼条さんの姿はそこにはすでなく、何事もなく、階段が上へと続いていた。


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