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六話


 修行を開始して二日目。現時刻、午前の四時。夏と言えど未だに薄暗く、畳の上で座禅を組んでいた。

 妖力と霊力を循環させ、身に纏う。基礎中の基礎、術を扱う者にとって必要な技量である。

 世界には何らかの力を持って生まれる者が存在する。それは火を操ったり、水を操ったり、風を操ったりと妖怪ではないにも関わらず、何らかの現象を引き起こせたりする。西洋では妖力を魔力と呼び、魔法を扱うとも聞いた事がある。

 鬼条家は一族代々、火を操る能力を持ち、かつての300年程の昔、人々からは火葬士と呼ばれていた。現在はその呼び方をするのはこの地域においてはこの寺に関係する者か、ここら一帯に住まう妖怪ぐらいだろう。現在では知名度は低く、それでも霊媒師として一応、活動をしている。昔のように妖怪が頻繁に害を成すという事もない為か、活躍の場は少なくなってきている。

 妖怪というのは現実世界において、フィクションの中の存在だと思われてしまっている。それは科学において様々な事が解き明かされてきてしまっているからだ。

 故に神様は存在しない、幽霊は存在しない、妖怪は存在しないという感じになってきてしまっている。

 それでも、彼らは存在している。神は人々を見下ろし、滅多な事じゃなければ姿を現さない。妖怪という存在は狭間と呼ばれる異界で暮らしたり、人間社会に溶け込んでいる者もいる。幽霊はただ見えないだけで存在しており、成仏出来ない者は何かしら抱えてしまっている。幽霊だけは未だに怪談において、引っ張りだこではあるが、幽霊見たり枯れ尾花という事もよくある話だ。

 つまり、見えない、気付かない、知らないだけで『人』とも呼べる他種族がひしめき合っているのだ。

 座禅を組み、力の循環をさせるのはいつもの日課である。日課とはいえ、今回は早く起き過ぎた。

 昨日、何も出来なかったツケを支払わないといけない。何も出来なかったというのは前に進めなかったのと同義である。


 「良し...」


 力の安定を感じ、座禅を止める。外に出て、普段通りに火葬士としての技を磨く。

 俺は鬼条家の長男だ。しかしながら、鬼条家の跡取りではない。次の当主として選ばれたのは俺ではなく、次男の鬼条(きじょう)(あかり)だった。その理由を親父に聞いてみたものの、返答はこうだった。「お前の妖力は薄過ぎる」と言われてしまった。

 だから、諦めるしかなかった。それでも、未だに執着してしまっている自分がいる。諦めたなんて、心に決めていた筈なのに───。


 「.........格好...悪い...」


 その一言に尽きる。往生際が悪く、素直に弟を祝福出来ればいいものを、素直になれない自分がいる。

 それでも、親父が弟を認めているのだから、ちゃんと咀嚼して飲み込まなくてはならない。


 「先輩...、早いですね」


 そう声を掛けられて、振り向くとそこには斎藤の姿があった。現在、斎藤はこの寺で住み込みで修行している。頭は丸めてないものの寺の修行僧同様に朝が早い。


 「まぁな......。お前こそ、大変だな」


 「あはは......、そうですね。色々と慣れない事が多いですけど、それでも、ちゃんとやっていけてますし」


 「そうか...」


 「先輩

 先輩は昔から、その見えてたんですよね?」


 「物心、付いた時から見えてた

 だから、別に怖くもないし、生まれついての力があったからな」


 俺は物心、付いた時から人には見えない物が見えてたし、この炎の扱い方も教えられてきた。だから、他人には見えない物は怖いとも思った事はない。


 「先輩って、怖い物とかなさそうですよね。何て言うか、いつも落ち着いてるし」


 「そうでもない。俺にだって、怖い物はある。俺だって、人間だぞ」


 俺にだって、怖い物がある。それは間違って誰かを傷付けてしまう事、傷付けてはいけない相手を傷付けてしまう事である。俺はそれが怖い。故に彼らに向かって炎を出す事が出来なかった。


 「......そうなんですね。何か、安心しました。俺は小学に上がるぐらいから見えだしてしまって......。最初はそれが何なのか分からなくて...、でも、後々からそれがどういう物なのか分かりだしてきて、普通じゃあり得ない存在だって気付くのもそう時間は掛かりませんでした

 それが誰にも言えなくて、もし言った所で誰も信用してくれませんでしたから...。でも、こうやって、自分の認識を共有が出来るのって何か嬉しくて」


 そう彼ははにかむようにして、語る。彼は孤独だったのだろう。周りに理解者なんておらず、だから伝えたくても伝えられなかった。


 「それより、ここで立ち話してていいのか?」


 俺は何となしにそう尋ねる。彼は僧侶ではないものの、一応、ここで修行している身なのだ。サボりは良くない。


 「そうですね...。戻ります」


 そう言うと彼はその場から去ってしまった。

 再び、自身の術の修練へと戻る。それはいつもと変わらない。別にここへと来る必要もなかった。だけれども、親父とばあちゃんがそれを許してくれる事はなかった。夏がやって来れば、ここへと赴いて十日間、修行に励む事になっている。まぁ、でも、今回に限っては良かっただろうと思える。彼女......、いや、彼と言った方がいいだろうか?鬼条刄は刀の妖怪、妖刀であり、俺の祖母、鬼条焔の養子である。そして、元々は人間だったというのだから、信じられないものの、妖怪業界ではこういう事は現実にあり得るという事らしい。彼女自身、人間としての記憶はあるものの、人間であった頃の名前が思い出せず、また死んだ覚えもないらしいのだが、妖怪業界ならではとの事。

 彼女が起きてきたのは六時頃、早朝の座禅に参加していた。その座禅の集中の中、力を循環させていた。昨日のおさらいに、自身の力をより一層、自分の物として磨いている。未だに乱れはあるものの、流れは昨日より安定している。

 彼女の膝の上に自身の本体が入った長物の袋を乗せ、そこから汲むようにして、力を循環させていた。

 バシン


 「ありがとうございます」


 ......時折、大きな乱れを生じるようだが、昨日よりは大分マシになったと言えるだろう。基礎がなってなければ、いくら力を持っていようと意味を成さない。使いこなしてこそ真価を発揮させる事が出来る。そういった意味では彼女は妖怪として未熟者だ。それでも、伸び代はちゃんとある。彼女自身、高いポテンシャルを秘めている。

 早朝の座禅を済ました後、俺達は朝食を取っていた。河童や天狗の妖怪達の姿はないが、彼らは昨日の夕食を食べた後、帰ってしまった。また、後々、姿を見せるのだろう。

 相変わらず、寺の食事は質素といった感じではあるが、ここは寺なのだから仕方がない。それでも、俺にとっては夏を感じる一部となってしまっている。夏になれば、この寺で修行するというのは俺にとっての恒例行事だ。十日間、ここで過ごせば後は自宅に帰る事が出来る。

 朝食後の後の事だった。

 背後の襖が切り裂かれてしまった。そうして、姿を現したのは一人の男で長い髪を後ろに束ね、手には何やら真っ赤な刃を握っており、服装はこの時代にそぐわないような着物を着ていた。


 「火葬士っていうのが、ここにいるって聞いたんだけど...、お前か?」


 男は俺に対して、そう尋ねる。彼から感じるのは大きな妖力で、そして、彼自身はこの世の者ではない事はすぐに分かった。


 「......あぁ」


 目の前の相手に対して、体勢を整える。相手はまともな相手ではない上に、おそらく、強い...。


 「.........でも、お前さ、俺の知ってる火葬士とは随分と違う顔付きだよな?まぁ、面影はあるんだけどさ?」


 そう言いながら、顔を傾げるが見開いた目に作られた笑みからは狂気を感じさせる。

 元々は人間だったのだろう。死んだ後にこうなってしまったのか、それとも元からこうなのかは分からないが、長い間、成仏せず、消滅もせずに存在し続けている。相手は強敵なのは明白だ。

 誰一人として騒がないのは、この場が恐怖で飲まれてしまっているからだ。それでも、彼女だけは違った。周りと同様に黙りコクったままではあるものの、戦闘の体勢に入っていた。そして、相変わらず未熟な力の循環を身に纏い、一つの殺気をあの男に対して向けていた。


 「......何の用事だ?他所の物を壊しといて、わざわざ尋ねてきただけじゃないだろうな?」


 冷や汗を流しながら、目の前の相手にそう尋ねる。


 「あぁ...、そうね。俺、結構、根に持つタイプの人間...、違った今はもう人間じゃなかったわ

 まぁ、そう言う訳だからさ、お前、多分、他人の空似なんだろうけど、俺に殺されてくれない?」


 変わらない声のトーンで目の前の男をそう言う。本気がどうかも分からない。だけど、この場から逃げるなんて選択肢もなければ、このまま無抵抗でいるという選択肢もない。そして、目の前の相手は間違いなく、倒さなければならない相手だ。


 「ぶち...、たいぎーのぅ...」


 そう彼女は小さく呟いた直後だった。目の前の相手へと飛び出した。飛び出して、鞘に納まっている刀を抜いて斬りかかる。それと同時にカキンという金属音が聞こえた。


 「......何だよ、遊んでほしいのか?俺もそういうのは嫌いじゃないだけどなぁー......

 だけど、今はそんな気分じゃないのよ」

 そう言って彼女の刀を振り払い、突きを繰り出した。それをしゃがむようにして、回避をして駆け出すようにして相手の右側に上段斬りを仕掛ける。

 それを回避するように後ろへと飛んで回避してみせる。

 俺はその隙を見逃さず、火球を一つ、相手へと放つ。その火球は相手へと直撃し、爆炎と共に外へと吹き飛ばす。襖の外は丁度、縁側の通路となっている為、差程、被害はない筈だ。

 だけれども、相手を倒せた訳ではないだろう。相手は俺より格上の相手だ。だから、簡単には殺せないだろうし、それにあれは被害を出さないように配慮しての物だ。だから、威力は弱い物で突如として現れた相手には確実に仕留められるような威力はない。

 「あははははははは

 これだ、これ。やっぱり、お前は火葬士だ。火葬士の血筋の家系だよなぁ

 今もちゃんと燃やし尽くしてのかぁ?」


 そう狂気に満ちた歓喜を上げる。笑い、こちらを向ける視線は殺気が籠り、殺意を漲らせていた。

 そして、沸き上がる妖力を目にし、見えない力の奔流が立ち上り、手にはいつの間にかもう一本の紅の刃が握られている。どこにその刃を隠し持っていたのか、それともそれがこの狂気に堕ちた男の能力なのかは定かではない。おそらく、それが彼の戦い方なのだろう。

 俺と刄さんは寺の外へと出る。対峙するは悪霊へと堕ち、妖気に満ちた妖怪。相手にとって、不足はない。寧ろ、俺達の方が不足があるかもしれない。

 そんな事、お構い無しに相手へと飛び込んだ。足の早さならば彼女の方が早い。放たれるは目にも止まらない居合いであり、カチンという音が鳴る頃にはいつの間にか鞘に納まっている。それはほんの一瞬の出来事であり、刀が抜かれた事にも気付かなかった。

 しかしながら、男は倒れていなかった。男はあのほんの一瞬をタイミング良く、後ろへと下がって回避してしまった。あんなの俺にだって避けるなんて無理だ。精々、近寄らさないぐらいの対処しか出来ない。


 「いいねぇ......。切れてしまいそうな緊張感に、鋭い殺気。それと未熟な妖力に余りあるスピード

 俺も中々、見る目がなかったねぇ」


 そう言いながら、彼女に対して、刀を振るう。二刀流の相手に一刀を防いだ直後、別の方向から襲い来る刀を後ろへと彼女は飛んで逃げるように回避する。それを追い掛けるように突きが繰り出されるも、僅かに出来た隙に火球を撃ち放つ。それをしゃがむようにして回避されてしまった。

 そのしゃがんで、動きを一時的に止めた相手に対して、足元から炎の柱を噴き上げさせて、苛烈な業火が飲み込んだ...筈だった。しかしながら、それを右へと移動し、間一髪で回避されてしまう。


 「チッ」


 それに対して、思わず舌打ちしてしまった。完全に捉えたと思っていたが、やはり、場数は相手の方が圧倒的に多い。その分、こちらの考えなんて読まれてしまっているのだろう。

 その回避した直後、この戦闘に止まっている事など有り得る筈もなく、やはり戦闘慣れしていない彼女にとって、この戦闘は部が悪かったのだろう。相手の動きは早く、不意を突かれてしまったせいか、相手の刀を避ける事も受け止める事も叶わず、二刀の刃が彼女を切り裂いた。そして、地面へと崩れ落ちてしまい、不安定ながら循環していた力の流れは止まり、彼女自身の動きも止まってしまった。


 「刄さん!!」


 「へぇ...、お前は刀の類いか...。付喪神って所か?初めて見た

 さてと、今度は」


 相手は彼女に止めを刺さず、いつの間にか俺の目の前に立っていた。

 思わず、目の前に先程、発生させた炎の柱を作り上げるも回避されてしまい、追撃するように火球を放つが右へと体を反らす事で回避されてしまう。

 それなら、跡形を残さない程度に焼き尽くすのみ。

 放つは連続的な爆炎、範囲は狭め、周りが被害を被らないように相手を焼き殺すだけだ。


 「やっぱり、まだ未熟だね。まぁ、その歳じゃ、完成している事もなさそうだ」


 爆炎に飲み込まれていた筈の相手はいつの間にか距離を詰めて、再び、俺の目の前に立ち、首もと刃を突き立てていた。

 完敗だった。やはり、歯が立つような相手じゃない。多分、運が悪かったのだろう。そうじゃければ、何なのだ。言い訳をするんじゃなければ、自身の実力不足。それとも、自身の才がないからなのか。

 自身の終わりを実感し、やはり、俺には何も出来ないのかと、それでも、終わりを、死にたくないというのだけがそこにはあった。


 「殺す」


 殺意に満ちた声が聞こえた。それは目の前の相手ではなく、俺でもない。

 俺の左の方向から乱入してきたのが一人。いや、一本と表現した方が正しいかもしれない。先程、戦闘不能となった筈の刀の化身が突きを繰り出して、襲い掛かってきていた。

 だが、その突きは直撃する事はなく、しかしながら、彼の頬を掠め、流血させた。

 彼女は刀を鞘へと納める。相変わらずの不安定な力の循環ではあるが、だけれども、未だに彼女の力の存在は健在だった。


 「どうすりゃええ......。指示を出せ」


 彼女は俺に対して、背中を向けて問い掛ける。彼女自身、まだ諦めていない。それを見て、俺は...。


 「ああ...、分かった。真っ直ぐ、突っ込め

 後はどうにかする」


 「あいよ」


 彼女は返事と共に飛び込んだ。それは荒々しくも戦う為の本能に従って、飛び掛かる獣のように見えた。

 真っ直ぐに相手へと駆け、そして、彼女が放つは彼女にとっての最速の居合いではあるが、目の前に一度、回避されてしまっている。その技に名前があるのかどうかなんて知りもしないが、カキンという金属音と共にその技さえも受け止められてしまったのか、相手は立っており、刀身は鞘に納まっている。


 「早いけど、まだ研ぎ足りないじゃないの?」


 余裕そうにそう発言した直後の事だった。胸部から血が吹き出して、後ろへと飛ぶ。何が起きたのかは分からない。だけど、確実な一撃を叩き込む事が出来たようだ。


 「あははははははは、いいよ、いいよ。楽しくなってきたじゃないの」


 彼はそう言って、彼女に飛び掛かる。そのタイミングでその位置、その足場に炎柱を噴き上げさせる。その位置はちょうど、彼女の目の前で敵である強敵だろうと避ける事は敵わなかった。


 「下がれ!!」


 俺はそう叫び、彼女は後ろへと飛ぶように下がる。

 そして、駄目押しの爆炎を追加させる。確実に仕留めるべく苛烈に、跡形も残らないように容赦なく、灼熱の爆炎が炎柱丸ごと飲み込んだ。この状況なら手を抜く必要もない。手を抜かず、徹底的に殺るのがちょうどいい。じゃなければ、こちらが殺られる。

 炎の連撃が止み、その場に残っていたのは焼け焦げた地面と、そして、黒焦げ炭と化した人の姿だった。


 「あはははははははははははははははははははははははははは」


 しかしながら、相手の息の音は止まっておらず、フラフラと覚束ない足取りで背中を向ける。


 「愉快、愉快。いい湯だった。まだ、遊び足りないけど、帰るわ。これじゃあ、俺も楽しめない」


 そう言った直後に男は宙へと跳び、一瞬にして姿を消してしまった。そこにはその場に妖気は漂っているものの、妖力の大元はすでにその場から消失していた。おそらく、逃げてしまったのだろう。


 「火葬士の倅、無事だったか」


 そう声が聞こえ、振り向くとそこには大天狗様が立っていた。どうやら、駆け付けてくれたらしいが一足、遅かった。ここには奴はもういない。


 「まぁ......、どうにか」


 「すまない、駆け付けるのが遅かったか。見知らぬ強力な妖力を感じたが、何があったんだ?」


 俺は一先ず、先程の事を話す。相手が何者なのかは分からないが、元は人間で幽霊の類いに属する事ぐらいは俺にも分かった。


 「そいつはおそらく、月代残影だろう」


 「...月代残影?誰ですか、そいつ」


 そう刄さんが尋ねる。俺も聞いた事のない名前ではあるが、大天狗様が知っているという事は妖怪界隈では有名なのかもしれない。


 「元は人間だ。討幕の末に侍が消えた後の明治、奴は流浪の身でただひたすらに貧しい暮らしをしているだけのただの人間だった。元は武士で仕えるべき君主がいたようだが、明治を迎えた時代、仕える君主などいる筈もなく、盗賊に身を落とし、色んな物を奪い、そして、殺しを繰り返してきた悪人だ

 生きる為に刀を捨てる事が出来ず、いつしかアイツは修羅となった

 今や、アイツは悪霊であり、修羅だ。強さだけが絶対の元に今も在り続けている」


 「破綻しているんだな、アイツ...

 終わらせてやらないとな...」


 じゃないと、また被害が出る。すでに狂っている。きっと、光を見る事も出来ないのだろう。行き着く先はきっと、地獄だろうが、今の現状も地獄そのものだと思える。助けるつもりなんて俺にはないが、助ける方法なんてもう存在しない。堕ちる所まで堕ちたアイツはもう人とは呼べない。


 「それより、あれはお前がやったのか?」


 大天狗様は広く焼け焦げた地面を指差して、そう俺に尋ねる。


 「はい、そうですけど」


 「そうか...。昨日の模擬戦闘で、どうして、自身の術を使わなかった。遠慮なんてする必要はないだろうに

 これ程までに実力があるのであれば、お前はあの時、確実に負かす事が出来たんじゃないのか?」


 「......俺の炎は友達に、親しい相手や関係無い相手に向ける物じゃないですよ」


 「だが、あやつらはそこまで、弱くはないだろう。それに火葬士の倅、お前は十分に力の制御は出来ておる。強弱ぐらいは」


 「大天狗様、そうじゃないですよ

 俺は彼らを友達だと思ってるんです。妖怪で一番最初に友達になってくれたのが彼らで、俺は彼らを俺の炎で傷付けたくないんです

 俺は彼らで十分に救われた。俺を認めてくれたから、だから...

 それに俺、関係も無い相手を炎で傷付けるなんて......、その、トラウマというか」


 「そうか......」


◇◇◇◇


 「俺は昔、人を殺したんです。それは友達と呼べるような奴で、昔は俺にだって沢山、友達はいたんです

 でも、俺には色々な物が他の人に比べて、鮮明によく見えて、抗う力も持っていた

 ただ仕方がなかったって言えば、それっきりですけど

 結局、俺はこの力で一人の命を助ける所か奪ってしまった。だから、俺はこの力を関係もない相手になんか向けたくないんです」


 幼い日の彼は友達と呼べるような相手はいた。だけれども、ある事件があって彼は友達を殺してしまった。だからこそ、あの力は敵以外に向けたくなかったのだろう。それにしても、昔、そんな事があっただなんて馬鹿な俺に予想もへったくれもないが、確かにトラウマを抱えてしまう事件だというのが分かる。

 これを聞いたからといって、何かが変わる訳もない。俺が出来るとしたら、同情程度だ。それに今の現状が悪い状況だとも言えない。変わる変わらないなんてのは彼自身の事で外野がとやかく、言う事も出来ない。

 彼が友達が出来ない理由、それは過去のトラウマにより、自身が作ろうとしなかったと考えれば納得いくが、実際にそうなのだろうかと多少ながら疑問を持ってしまう。小中と同じような顔を合わせていれば、友達が出来そうな物だけど...。寧ろ、周りが彼に近寄ってきてないような印象を受ける。

 そんな疑問に首を傾げるが、答えなんて分かる筈もない。俺とてこうなる前は友達と呼べる相手ぐらいはいた。まぁ、色々と削れて疎遠になってしまったり、信用出来る相手じゃないと思ってしまう事もあるが、それでも信頼出来て気を抜いて言葉を交わせる相手ぐらい俺にもいた。

 友達がいなくても生きていけるだろう。それでも、心を許せる相手は必要だと俺は思う。

 まぁ、今の彼は孤独ではない。孤独だと思う要素なんて俺には感じもしない。それに彼の口から友達という言葉が出たのだから。


 「何じゃあ...、ちゃんと友達がおるなら心配せんでも良かった。心配して損したど」


 そう俺は口を開く。友達なんていなさそうだった訳だが、相手は人ではないものの意志疎通が出来て、会話が出来る相手。烏天狗、妖怪の一種ではあるものの、彼が友達だと言うのであれば、きっと、そうなのだろう。それが彼自身の事を馬鹿にしていようが、彼にとっては関係無い事なのかもしれない。


 「盗み聞きとは、感心せんな...。烏天狗共」


 そう大天狗が言うと、何もない筈の空間から三羽の烏天狗が姿を現した。姿を消す妖術の類いなのだろう。


 「申し訳ありませんでした、大天狗様。まさか、火葬士の倅が私共の事を友達だなんて思っているとは......」


 「薪坊...、私達には遠慮しなくていい。私達は人間のように柔じゃない。簡単には殺されたりはしないよ」


 「流石に火葬士の一族なのに、炎を使ってこないのは思う所がたったけど

 そういう事があっただなんてね...」


 彼らは薪君に対して、同情する。模擬戦闘において、彼らは彼の心情を知らなかった。それに彼らにとって、彼の言葉は思いも寄らない物だった訳で、まさか友達だなんて言われるとは思ってなかったのだろう。


 「跳丸、翔丸、影丸

 別に同情されたくて、言った訳じゃない。それに俺の炎は友達に向ける物じゃなくて、敵に向ける物だ。だから、これからも炎なんて向けれないし、向けない」


 「薪坊......。分かった。お前がそう言うのだったら、私に考えがある」


 「そうだな。人間と妖怪、種が違えど、私達は友だ。それなら、同じ立場に立ってもらう」


 「お前には天狗の秘技を習得してもらう。そうすれば、お前は私達と同等に戦える筈だ」


 それが彼の心情を知った報いなのだろう。友ならば、自身達の秘技を教えたって構わないという姿勢を感じさせる。


 「いいのか?天狗の秘技を人間の俺に......」


 薪君はそう戸惑うものの、


 「ワシは構わん。天狗の秘技とはいっても大昔に鞍馬山の天狗が人間に秘技を教えた事だってある。そういう前例がある訳だから、問題はなかろう」


 そう大天狗が応える。確かにそういう伝承が残ってたりするが、それが本当なのかどうかは分からない。ただ、こうして力が存在して、幽霊や妖怪まで存在するのだから、というか普通に考えてあり得るんだよな。


 「ついで、妖刀、お前も習得していけ。そうすれば、いざって時に役に立つ

 今じゃ、秘技とは言っても、昔のように門外不出でもないからな」


 「......そういう物なんすか?」


 軽い言い様に思わず、そう尋ねてみるが、


 「そう言うものだ。もっとも奥義には程遠い物で、天狗にとっての初歩のような物。大した物でもない」


 そう言われてしまった。つまり、妖力さえあれば誰にでも覚えられる技であり、天狗達にとって大した事のない技のようだ。それに秘技とは別に奥義という物が存在するらしいがそっちの方はまぁ...、どうでもいいか。


 「ほんじゃあ、お言葉に甘えて...」


 そんな訳で俺も天狗の技を教えてもらえる事となった。

 その後、妖力の扱いが未熟な俺は色々と駄目出しを食らってしまい、初歩を極める所からスタートするのだが、それは別の話としておこう。というか、俺にはまだ早かったという事で...。


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