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四話


 ある日の日曜日、私は見舞いに来ていた。彼女の名前は夏野柚希、私の友人でここに引っ越してきた中学に入ったばかりの時に一番、最初に出来た友人でもある。

 そんな彼女ではあるが、約一ヶ月程、引きこもっていた。その理由は何かに取り憑かれていたからだ。

 あの黒い何かは彼女にまとわり憑いており、彼女の母親には見えていなかった。見えていないというのなら、おそらく、幽霊の類いだったのだろう。今の時点では彼女には何も憑いておらず、入院当初の痩せ細った姿から、今は元の状態へと戻っている。


 「柚希、体調はどう?」


 「大分、良くなったよ」


 私の質問に対して、にっこりと返答する。今の彼女にはあの黒い気配を感じない。結局、あれが何だったのか分からないし、彼女が入院したと聞いた時には部活に集中なんて出来なかった。その日は部活を途中で抜けてしまった。


 「血色が良くなったし、後、もうちょっとで学校に戻れるじゃない?」


 「うん...

 学校は方は何も変わりはなかった?」


 「何も変わらないけど?」


 変わった事は何もない。男性陣は多少、嘆いていたが、それほど、大した事でも無さそうだった。

 彼女は私が通っている中学校において、三大美少女の内に数えられている。まぁ、持ち上げ過ぎだと思うが、それ程に彼女の外見は愛らしく、近寄ってくる男子は数知れない。彼女自身、学校においては有名人と言っても過言ではない。だからこそ、告白する男子も数知れないし、ラブレターなんて古い手法も未だに使われている。そして、何人もの恋の亡者達が破れたものか...。

 それでも、諦めていない者がいたりするが、そんな事はどうでもいい。結局、結果なんて変わりもしないのに、玉砕覚悟で告白してくる男子の気持ちが分からない。


 「ねぇ、ホシちゃん。鬼条って、知ってる?」


 「きじょう?何、それ?」


 「私も知らないんだけど、お母さんが話してたんだ。鬼条家に祓ってもらったって、それでお礼しなくちゃいけないとも言ってたんだけど...」


 成る程、彼女からあの黒い何かが消えたのはそういう訳か。鬼条家というのが、どういう存在なのか分からないが、霊媒師か何かだったのだろう。


 「今、何ともないんでしょ?」


 「うん......」


 「じゃあ、いいんじゃない。柚希が気にする事でもないでしょ?」


 これはもう解決した事だ。鬼条家というのがどういう存在なのかは分からないけれど、彼女が無事なら私はそれでいい。

 不意にノックする音が聞こえ、


 「はーい」


 彼女が返事をする。突如として入ってきたのは一人の青年だった。身長は178cmと高く、顔付きは整っている。見た感じ高校生かなといった印象を受ける。だけど、それ以外に何となく近寄りがたいような雰囲気を感じさせていた。それは多分、私にとって相性が悪いからとかではなく、ただ何となくそう感じ取ってしまっているだけの事だと思う。だって、初対面だというのにそう思ってしまうなんてあり得ないし、失礼にも当たる。


 「失礼します。鬼条家の代表として、伺わせてもらいました、鬼条薪です」


 そう彼は深々と頭を下げる。彼の身なりは白いTシャツにジーンズのズボン、長物の袋を背負っている。手にはビニール袋を手に提げている様子から彼も柚希の見舞いに来たのだろう。

 それにしても、どこかで見たような顔だ。何処かで会った事があっただろうか?

 そして、彼女はというと、思い出したと言わんばかりに目を見開いていた。どうやら、お互いに面識があるようだ。


 「何か変わった事はありませんでしたか?例えば、肩が重いだとか、まだ変な声が聞こえるとか」


 そう彼は業務内容のように彼女へとそう尋ねる。


 「いえ、特には......」


 そう応える彼女はどことなく怯えているように見えた。

 鬼条家、彼女に憑いていた物を祓った家の人間。年齢が年齢なのだから彼が直接、祓ったとは思えない。それでも、彼がここに代表として来ているのは年齢が近いからなのだろう。


 「そうですか。それは良かったです

 また、何かありましたら、鬼条家へ連絡して下さい。すぐに対処します」


 そう言って、名刺らしき物を差し出し、ついでと言わんばかりに見舞いの品を横に置く。


 「それと見舞いの品です。良かったら食べて下さい」


 ビニール袋の中身は饅頭の類いの物で、和菓子屋にでも買ったのだろう。後は「失礼します」の一言を置いて、そのまんま病室を出ていってしまった。

 淡白、それにこちらにも興味を示さなかった。まぁ、ただのお使いなのだから、そうなのだろう。それでも年齢の近い異性で柚希に興味を示さないなんて珍しい。大体は出会ってすぐに彼女の事に一目惚れしてしまう男が多い。それを顔に出さないなんて事もあるが、それでも、目で追ってしまうというのが彼女の前では当たり前だった。

 それと、彼が出ていく直前、彼の背後に誰かが立っているように見えた。最初、彼がここに来た時は彼の横には誰もいなかった。そして、この場を去る時の背中を向ける時も...。だけど、扉から出ていく直後には人の姿がそこにはあったように見えた。


 「......何か、変な人だったね」


 変という言葉をここで使って合っているのかなんて定かじゃないが...、というよりも変な人と呼べるような人でもない。


 「うん......」


 それでも、彼女はそう頷くようにそう返事した。

 何が変だったのか、定かじゃない。だけど、彼の雰囲気は異様と呼べるような、そんな感じだった。


◇◇◇◇


 「凄い可愛い子じゃったね」


 夏野柚希、彼女はかつて、生き霊に取り憑かれ、彼が祓った相手である。かつてと言っても、そんなに昔の事ではなく、つい最近の話なのだが、最初見た時のような痩せ細った姿からちゃんと肉が付いたお陰で見違えてしまっていた。その姿は可愛らしく、そして、愛らしいという表現には丁度良かった。何人もの男子を撃沈させたのも納得がいく。


 「そうだな」


 しかしながら、彼は彼女自体に興味がないようで、素っ気ない返事だけが返ってきた。

 彼女の見舞いに行ったのは彼の祖母、鬼条家の前当主、鬼条焔に言われたからである。言われなかったら、恐らく、見舞いなんて行かなかっただろう。見た感じでは今の彼女にはあの夥しい数の生き霊は憑いていない。今の所、何かが起きるという感じはなさそうだ。

 そもそも、彼女が生き霊に取り憑かれた原因は彼女自身の美貌であり、偶発的に引き起こされたに過ぎない。そう、ただの偶然であり、噂が彼女という存在を押し上げたに過ぎないと、鬼条薪は語っていた。たかが噂でも顔立ちが美人なのは変わりない。そうして、生き霊達は群と成して、彼女達にまとわり憑いた訳だ。

 それでも、いつかは熱が冷める。冷めてしまえば、その噂も収束し、忘れ去られてしまうだろう。ほとぼりが冷めれば、何かすごかったねぇ~、で済む話なのだ。


 「薪君って、あんまし、そういうの意識した事ないんかねぇ?」


 彼の素っ気ない返事に対して、とりあえず、質問してみる。そういうの、というのは恋愛とか、異性に対しての思いとか、そういう事だ。

 因みに俺は意識した事があれど、大人になった後も恋愛という物がよく分からなかった。何せ、人と関わる事が苦手で、そんな俺が女性とそういう関係になる事なんて、皆無だった。

 童貞を削ぎ落としたのは、自身の性欲が赴くままに、金を払って、風呂屋に行った程度だ。まぁ、そんな俺の事情なんてどうでもいい事だ。


 「そういうのって、何だ?言ってる意味が分からないんだが?」


 「恋愛とか、異性とか、そういうのに興味がないんかねぇって、聞いとるんじゃけど」


 「ああ......、そういう事か...

 興味がない訳じゃない。身内以外であんまり、人と関わらないから、そういう機会がないんだ

 それに俺、友達とかいないからな」


 ......そういや、そうだった。失念していた。鬼条薪には友達は......。

 「いるじゃん」


 そう思わず、口に出してしまった。思い浮かべたのはあのねずみ男だったが、ああ...、あれは違うな......。人を食い物にするような奴を友達とは呼べないわな。


 「ごめん、俺の早とちりじゃった...」


 そう謝罪を入れるが、彼自身はポカンとしていた。


 「まぁ、でも友達は出来たじゃろ。後輩だけど」


 「斎藤か......。友達って呼べるのか?」


 「呼べるじゃろ。毎度、昼食は一緒に食べとるし。あれが友達じゃなかったら、何なんかねぇ?」


 毎度、屋上に来てる訳だし、少なくとも彼は友達だと思っている筈だ。そうじゃなければ、来ない。


 「そうか......。友達なのか」


 そう彼は小さく呟いた。実感が湧かないといった感じではあるが、そういう物だろう。友達、友人といった感じの実感など、そう簡単に感じられるような物ではないし、気付くような物でもない。

 現在は日曜日であるが、彼女の見舞いに行った後、お使いを言い渡されている。そのお使いというのも、彼の祖母に頼まれた事でもある。何やら、彼の父、現当主が忙しいようで手が回らないとの事で「薪でも出来る簡単な仕事だから、気構えなくて大丈夫よ」と言われてしまったのだから、そうなのだろう。

 向かった先は公園だった。その公園にいたのは一人の老人であり、シルクハットに手元には杖、身なりは老紳士といった雰囲気を感じさせる。しかしながら、その老紳士はそこにいる筈だというのに、透けて見えたような気がした。

 それでも実際には透けてはおらず、そこに立ち尽くしている。


 「......死んでるな」


 その不謹慎な一言を彼の口から溢れた。死んでいる、つまり、生きていないという事で実際にそこにはいて、いない存在。はっきりと言ってしまえば、幽霊だ。ただ、俺が見てきた生き霊やあの黒い獣とは違い、おぞましさというのはなく、恐ろしいといった感情は抱かなかった。


 「おや、君が焔さんのお孫さんかい?」


 彼は俺達を見るとそう話し掛けてきた。個人的には殺意がない分、どこか気が抜けてしまう。


 「はい。鬼条薪です。祖母からは何も聞いていないのですが、何かお困りですか?」


 彼は自身の名前を名乗り、丁寧にそう尋ねる。


 「ええ、ちょっと、困ってしまってね。今の私じゃ、どうにも成仏が出来そうになくてね。君にはその手伝いをしてほしいんだ」


 成仏が出来ない......。それはこの世にまだ未練を残しているという事だろうか?


 「手伝いですか......」


 「死んだ身で烏滸がましいかもしれないが、どうしようもなく、この世の中を愛おしく感じているんだ

 年老いて、もう死んでもいいなんて思っていたのだが、実際に死んでみて分かった事と言えば、まだまだ、私は生きておきたかったという事だ

 だが、老いぼれが長生きした所で邪魔にしかならない」


 そう語る姿に何となく、哀愁を感じてしまう。彼がどのように生きてきたのかは俺には分からないし、知らない事だ。それでも、人間だったという記憶が存在し、今、こうしてこの場にある。


 「未練とかはないんですか?」


 そう老紳士の幽霊へと彼は尋ねる。


 「そうだね...。孫娘がちゃんと、やってるか心配だね。人には見えないって言っても、勝手に覗き見するのは気が引けちゃってね」


 どうやら、彼には孫がいるらしい。いくら、死んで関わりを持てないとは言え、心配らしい。それはそれで、そのお孫さんは幸せ者だと思うが、今は関係ない。


 「因みにお孫さんの名前は?」


 俺には関係ないとはいえ、つい口を挟んでしまった。


 「おたくも、幽霊だね。おたくこそ、未練があるんじゃないのかね?」


 彼は俺の事を幽霊認定する。確かにこれでは俺も幽霊に見えてしまうのは、しょうがない。


 「彼女は俺の付き人です。幽霊じゃありません」


 薪君がこの老紳士へと俺の説明するも、

 「幽霊じゃない?はて?それはどういう事だい?」

 首を傾げられてしまう。

 やれ、仕方ない。理解されないのなら、見せるしかない。俺はそう思い、霊力から妖力へと変更し、肉体を実体化させる。


 「こういう事です。俺は幽霊じゃなくて、妖怪の類いです」


 「妖怪?......そりゃ、テレビのアニメでやってるあれかい?

 確かに今のお前さんはちゃんと体があるようだね。それはどうやったんだい?練習すれば私にも出来るかい?」


 そんな事、俺に聞かれても分からない。俺の本体はこの体ではなく、刀であり、在り方が根本的に違う訳なのだから。だけれども、元々は人間だった。それだけを照らし合わせるのであれば、同じと言える。


 「それは止めといた方がいいですよ。手を出せば、二度と戻れなくなる

 謂わば、毒であり禍根に近い。適正がないのがほとんどですから」


 「......そうか。じゃあ、彼女の場合は才能があったという事なんだね

 いやはや、羨ましい物だ」


 「いや、俺は......」


 「そんな事より、お孫さんの名前って何て言うんですか?」


 違うと言おうとした所、彼は遮るように口を挟む。彼としては、このお使いを早く終わらせたいのかもしれない。


 「ああ、そうだね。星野(ほしの)だよ。天崎(あまさき)星野(ほしの)


 「天崎星野......、もしかして、中学生ですか?」


 その名前に聞き覚えがあった。それはどこでいうと、あのねずみ男から聞いた名前だった。確か夏野柚希を助けてほしいと依頼を受けた相手だった。

 そう考えると彼女は薪君と同じ学校に通う二年生だと考えた方がいいかもしれない。意外と身近な存在ではあるが、どう接触するべきは...、彼次第だ。


 「そうだよ。そう言えば、君も中学生だったね。もしかして、孫の事を知っていたりするのかい?」


 「いや、そうじゃないですけど

 つい最近、人伝で依頼を受けたんですよ。自分の友達を助けてほしいと」


 「そうか、そうだったんだね。元々はここに暮らしていなかっただが、友達が出来てるんだね...。それを聞いて、少し安心したよ。それで、その依頼はちゃんと片付いたんだよね?」


 「ええ、ちゃんと

 今さっき、見舞いに行ってきた所で、元気そうにしていましたよ」


 「そうか。それは良かった」


 「お孫さんって、どんな子ですか?」


 彼は老紳士に対して、続けて、質問する。


 「どんな子か......。普通の女の子だよ。体を動かすのが好きで、今は運動部に入っていると聞いたかな。同性に告白される事が多いとも聞いたけど、孫が人気者で祖父として鼻が高いよ」


 女子が女子に告白する...か。どこの漫画の世界だよ......。ていうか、どんだけのイケメンなんだよ。きっと、顔立ちが整ったイケメン女子なんだろうけど...。


 「あ...」


 俺は思い出して、思わず、声を出してしまった。そう言えば、男子みたいな女子を見掛けた事を思い出した。確か...、今日の見舞いで見た......、いや、でも、彼女が本人かどうかは分からない。

 見た感じだと、夏野柚希の友人なのだろうというのは分かる。だけれども、彼女が天崎星野なのかを確認していない。

 確実の証拠がないという状況に俺は彼女だと断定は出来ないでいた。


 「やれ、たいぎーのぅ...」


 いつもの口癖を聞こえないように小さく呟く。確認出来てないのなら、確認するしかない。


 「薪君、多分、会ってる...かもしれない」


 「会ってる?どこでだ?」


 「さっき、お見舞いに行った時、ほら、先客がおったじゃろ」


 「いや、違うだろ。彼は男で...」


 「いんや、彼女は正真正銘の女

 一応、学校で見掛けた事がある。その時はセーラー服を着とったよ」


 「そう...、なのか?」


 少し彼は困惑した表情を浮かべる。それもその筈だ。彼女の格好は明らかに女の子らしさが欠けているような格好で端から見れば男のようにしか見えない。それに顔付きも整ってるせいか、俺からしても女子に言い寄られても不思議じゃないと思ってしまう。それ程までに彼の顔付きはイケメンであるという事だ。


 「まぁ、名前とか確認してないけぇ、彼女が天崎星野なのかは分かりゃせんけど」


 俺の思い込みがあるかもしれない。推測しても、正解であるとは限らない。


 「そうか。分かった

 えっと、」


 「そう言えば、名乗っていなかったね

 私は天崎(あまさき)清五郎(せいごろう)。星野とは父方の祖父に当たる人間だよ」


 「清五郎さんはお孫さんに何か伝えたい事はありますか?」


 「そうだね......。特にはないかな

 こっちに引っ越してきてから、あんまり付き合いなかったせいか、中々、家に来てくれなくてね。多分、気恥ずかしかったんだろうね。星野がおじいちゃんっ子という事もないだろうし、私としては孫の元気な姿が見れれば、それで十分だよ」


 伝えたい事がないなんて嘘だろ。そう思ったものの、口には出さず、どこか寂しげな表情を浮かべているのを見る。

 きっと、この人は自分の孫に会いたいのだろう。もしかしたら、中々、会えず、死んでしまったのかもしれない。それに話もしたかった筈だ。自分の声を伝えて、会話を交えたかった筈だ。そうじゃなければ、この老紳士が自身の孫を気にかける事もないだろう。それが今も心残りになっているのかもしれない。


 「分かりました

 本来、俺の仕事は妖怪退治ですけど、今回に限っては祖母のお使いなんで手を貸しましょう」


 彼に面倒臭いと書かれているような、そんな顔を見せずに、目の前の相手にそう伝える。

 幽霊の相談に乗るのが、彼の仕事ではない。彼の仕事は祓う事であり、退治専門を生業にしている。だからこそ、こういう事に煩わせられるのはあまり好ましくないのだろう。それでも、これは自身の祖母の頼みであるが故に聞かざる得ない状況らしい。

 そんな訳で俺達は再び、あの病院へと向かう事になった。この公園に来てからそんなには時間は経ってない。それなら、まだ彼女はあの病院にいるかもしれない。いなくとも、最悪、この老人に彼女の家まで案内してもらえばいい話だ。

 病院での出入り口であのボーイッシュな彼女に出会した。どうやら、今から帰宅するようだ。


 「すみません

 天崎清五郎さんのお孫さん、天崎星野さんですね?」


 そう彼女に話し掛ける。


 「そうですけど......、私に何か?」


 彼女は怪訝な表情で彼を見る。俺はというと姿を消しており、現在は霊体となっている。だから、この場にいるのは鬼条薪と天崎星野だけだった。


 「あなたと話をしたいと思いまして、大した話はしません

 今回に限ってはあなたに関わる話ですから

 お一つ、お付き合いお願いします。奢りますよ」


 場所は移って、とある喫茶店。彼と彼女は対面である席に座って、顔を合わせていた。


 「それで私に何か用事ですか?」


 「そうですね。この依頼は...、天崎清五郎の物です」


 「祖父の...?祖父は三ヶ月前に亡くなりました。そんな祖父があなたに何を?」


 疑いの視線を向けながら、そう彼女は尋ねる。疑われてもおかしくない。何せ、彼は彼女にとって不審者でしかない。


 「別に信じてほしいとも思いませんし、信じなくても構いません

 ただ、言える事は俺が世間一般的に言われる霊媒師だという事を言っておきます

 それで、天崎清五郎の依頼というのはもう一度、自身の孫に会いたいという物でして、これも祖母のお使いなのでお金なんて取ろうだなんて思ってはいませんよ」


 そう彼は一つ、ため息を吐く。乗り気ではないのが、ありありと分かるような態度を目の前の彼女に見せる。


 「霊媒...師

 柚希の...、黒いあれを祓ったというのは本当の事で......、いいんですよね?」


 そう彼女は彼へと確認するように尋ねる。


 「ええ、俺が祓いましたよ。あんなにまで生き霊に取り憑かれている事例なんて始めて見ましたよ

 今回のあれはただの偶然で起きたに過ぎません

 それと頼るのなら、専門家に頼って下さい。そうじゃなければ、妖怪擬きに取り憑かれますよ?」


 それに対して、彼は返答し、注意勧告をする。


 「妖怪擬き?」


 妖怪擬きという聞きなれない言葉に彼女は首を傾げてしまう。ねずみ男の事を言っているが、どうやら、伝わっていないらしい。そもそも、ねずみ男の事なんて知らないのだろう。


 「そういう輩がいるんですよ。人間で、俺の知り合いに

 今も学校に在籍していますので注意して下さい」


 そう、ねずみ男と蔑称で呼ぶ男の事に対して、釘を刺しておくが、きっと、理解はされないだろう。そういう人間がいるとは思っていないのだから。


 「さて、本題に入りましょう。今回に限ってはサービスをしますよ」


 そう言って、彼は彼女に対して、手を差し出した。


 「手を貸して下さい」


 「手を?」


 「本来はこういう事はしたくないんですが、早く終わらせるのなら、手っ取り早いですからね

 あなただって、早く帰りたいでしょ?」


 彼が何をしようとしているのか、俺には分からない。だけど、何かをしようとしているのだろう。

 彼女は何が何だか分からないといった感じではあるが、早く終わるのならといった感じで渋々、彼の手へと彼女は手を置く。


 「おじい...ちゃん?」


 不意にそう彼女の口からそう言葉が溢れる。彼女の視線は薪君の隣へと向けられ、そこには誰もいない筈の場所、実際には死人である天崎清五郎の方を彼女は見ていた。その様子はまるであの老紳士の姿が見えているようだった。


 「星野......、私が見えるのかい?」


 「うん......。でも、どうして...」


 「火葬士というのはこんな事が...、出来るんだね」


 そう震えた声が聞こえる。その声は悲しみでもなく、怒りでもない。再び、認識し合えたこの現状で、喜びに声が震えていた。


 「そうですね。それより、お孫さんに会えて良かったですね

 ほら、思い残さないように、ちゃんと話をして下さい」


 彼は老紳士を促すようにして、口を開く。

 今生の別れ、きっと、もう会えない。死者と生者は相容れる事はなく、終わりを迎えてしまう。それを彼は橋渡しをしている。彼はサービスとは言っていたが、彼自身はどういう訳か、乗り気ではなかった。それでも、仕方なくとは言え、やっている事は善意だ。

 こうして、この死者の助けとなり、成仏が出来るのであれば、きっと良い事には違いない。


 「...あぁ、そうだね

 星野、元気にやってるかい?ちゃんとご飯は食べてるんだろうね?」


 「うん、元気にしてる。ちゃんと友達も出来たよ」


 「そうか。じゃあ、心配する事もなさそうだ。お父さんとお母さんにも......、よろしくは伝えなくてもいいか

 私に会っただなんて言ったら、きっと、心配されるだろうからね

 もう、この先、会えないだろうけど、元気にやっておくれ

 困った事があれば、鬼条の倅を頼ればいい。じゃあね」


 そう言うと、あの老紳士は光の塵となり、笑顔で消えてしまった。その笑顔は満足に満ちており、思い残す事はないといった感じだった。


 「ありがとうございました」


 そう彼女は感謝の言葉を述べる。


 「死んだ祖父とはもう会えないって、思っていました。昔は夏休みによく遊んでもらって、よく迷惑をかけていたんですけど

 今までお礼とか、......今もそうでしたけど、全然、言えなくて」


 「そんな事、気にする必要はないですよ。あの人はあなたに会いたくて、それが未練だったんでしょう。あなたは十分、愛されてた。それだけで十分だと思いますよ」


 こうして、彼のお使いは終えた。お使いにしては簡単と言える物だったのかどうかは定かではない。ただ、危険な物ではなかった。

 安寧な一日。暇とは言いがたいが、それでも、不穏な事はなく、ただ騒がしく蝉が鳴く、暑苦しくなりつつある夏の一幕だった。


 「それと、あなたにこれを」


 彼は自身が持っていた札を彼女へと渡す。札には何やら文字が書かれており、不吉のように思わさせる。


 「あの、これは......」


 彼女は戸惑ったように、彼へと伺う。


 「これはただの魔除けですよ。今回に限っては余計な事をしてしまったので」


 「余計な事?」


 「ええ。ああいう事は実際にはやるべき事じゃない

 俺がやったのはあなたにほんの僅かな霊力を渡すという行為

 それであなたは一時的に自身のおじいさんに会う事が出来た。それだけなら、いいんですが、今のあなたには体内に僅かだとは言え、霊力が残っている状況です

 二日程度でその霊力は消えてしまうでしょうが、それでも寄ってくるかもしれないので」


 「寄ってくるというのは...」


 「幽霊とか、妖怪とか、良からぬ存在だとか、ですよ

 そういうリスクは少ないでしょうが、それでも持っておいても損はありませんよ」


 彼が乗り気ではなかったのはこういう事で、それでも成仏させる為に良い手がなかった為に仕方なくといった感じなのだろう。


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