三話
「あの、すみません。山田って人いませんか?」
「山田?知らないけど」
「三年にはそんな名字の奴はいないよ」
俺が妖刀となってしまって、一週間程、経過した。彼との関係は進展したのかどうかは分からない。一つ屋根の下、寝食を共にしているとは言え、互いにあまり言葉を交わさない。たかが、一週間で相手の何が分かるというのだろうか?
それに相変わらず、鬼条薪、彼はクラスで孤立している。それがどうしてなのかは分からない。別に話し掛けづらいといった印象もなさそうなのだが...。クラスメイトは誰一人として、彼に話し掛けてこない。まるで、彼の事を避けているようにも思える。それは何だか不自然に感じてしまうが、たかだか一週間程度の経過で状況を知れる筈もない。
「山田...ねぇ」
そう彼は呟くようにそう言った。
山田...。先程、教室を尋ねてきた生徒もその名前を口にしていた。
「その山田って、何?小耳に挟んだ程度じゃけど、願い事すると願いが叶うって話を聞いたんじゃけど」
七不思議...か、どうかは分からないが、この学校には何らかの都市伝説があるようだ。その『山田君』という存在に願い事をすると願いが叶うとか、どうとか。まるで神様みたいな感じで語られているようだ。ただし、神社の神様みたいに安い小銭ではなく、幾らかの高い金額を要求されるみたいだ。といっても、一万円から...らしいが、それでも中学生にとっての一万円は大した額になってしまう。何て言うか、子供泣かせの神様だ。
「ただの都市伝説だ。山田とかいう神様も悪霊もいない。いるのは悪徳商人だ」
悪徳商人で思い浮かぶのは彼しかいない。整った顔付きに爽やかな雰囲気を醸し出し、教師生徒共に評判のいい優等生の皮を被った妖怪紛いな奴が一人。
「ああ、ねずみ男君ね」
彼の名前を知らないが彼が普段使っている蔑称を口にするも、彼は何も言わずに、自身の席を立ってしまう。その様子を見て、本当に彼の事を嫌っているのがよく分かる。
今は昼休憩であり、これから昼食を取る。向かう先はあの屋上だろう。あそこには誰も立ち寄らない。あまり人気がないのだろう。それに今の時期、外で食事を取るのは厳しい物がある。現在は七月の上旬で、もうすぐ中旬を迎え、蟬達が忙しく鳴いている。季節は夏で、もう一踏ん張りで夏休みを迎える。
夏休みと言えば、学生の楽しみであり、これぞ青春といった物がきっと詰まっている。因みにそんな青春なぞ俺にはなかったが......。何にしろ、リア充なんて爆発してしまえばいいのだ。
屋上へ行くとそこには男子生徒が一人いるのを見付けた。男子生徒は眼鏡を掛けた細身で色白といった、何やら貧弱そうな少年だった。彼のクラスでは見ない顔、それに身長も低く、三年生ではないと推測を立てる。
「他を探すか」
そう彼は口にして、屋上の扉を閉める。人がいるのでは俺が食事を摂れない。
「ほうじゃね」
一先ず、相槌を打って、賛成する。学校の関係者ではない俺がいて、見付かる訳にもいかない。それこそ、彼に迷惑を掛けてしまう事になる。
扉に背中を向けて、別の場所へ行こうとしていた時だった。
ガチャリと扉が開き、
「あ、あの...、鬼条...先輩ですよね?」
薪君は声を掛けられて、振り返るとそこにはあの男子生徒だった。そんな話し掛けてきた男子に対して、彼はポンと頭に手を置いた。
「......幽霊じゃないな」
そう一言を口にして、手を退ける。
「......??
あの、俺、死んでませんけど」
「悪い、話し掛けてくる奴なんて滅多にいないから、つい」
「......先輩って、幽霊以外、友達いないんですか?」
「......見えるのか?」
そう言って、俺を指差す。普通ならこの行為はただの変人だ。だが、見えるのならばそうではない。俺は別に幽霊ではないが、作り出した霊体と幽霊何ら変わりはないだろう。
「見えますけど...」
言葉の最後に「何か?」とでも付け加えられそうな言い方のように聞こえたが、彼の発言の通り、俺が見えるらしい。
「薪君、どうするよ。こっちで昼食にする?」
「まぁ、本人が見えるって、言ってるんだしな。それでも、これとそれは話が別だろ」
そう言って、再び、彼は背中を向けて、この場を立ち去ろうとする。どうやら、彼の存在が邪魔らしい。そういう事であるのなら、仕方がない。彼の決定事項に従うとしよう。
「待って下さい」
名も知らない男子生徒に呼び止められる。彼に何か用事でもあるのだろうか?もしや、彼と友達にでもなりたいとでも言うのか?それはそれで、友達のいない彼にとってきっと、嬉しい事(多分)に違いない。
そう思って想像してみたものの、嬉しそうな表情の彼の顔が浮かばない。ほら、もっと嬉しそうにしろよ、俺の頭の中の鬼条薪。えー......、じゃない!!ちゃんと働け、いつも堕落してんだから。
何にしろ、彼は薪君に用事があって、この屋上に来たのだろう。出来れば、彼の友達志望であってほしいが、高望みはしない。幽霊が見える同士だから友達になりたいという可能性を捨てきれずにいた。
「その......助けて下さい」
何やら、訳ありのようで一先ず、屋上へと移動して話を聞く事にした。
「コックリさんって知ってますよね?」
「ああ、テーブルターニングの事か?それがどうした?」
コックリさんは知ってるとして、テーブルターニングとは何だ?テーブルクロス引きの仲間か?
「三日前、放課後、残ってたクラスの四人でやってたんです
悪ふざけも含めて、そういう事をしてたんですが、その翌日、同級生が一人休んでしまって、でも、それだけじゃ体調崩したのかなで済みますよね?
でも、そうじゃないんです。その翌日はコックリさんをした仲間のもう一人が学校を休んでしまって、それで今日は三人目が学校休んでしまっているんです。一昨日と昨日、休んでしまっている二人はまだ学校に来てないんです
それと、俺の机の上に居座ってるんです。黒い三つ目の獣が、それに周りには見えてなくて...
どうしたらいいか、俺、分からなくて」
「それで、何で俺なんだ?ただ、幽霊が見えるだけの奴なんて役にも立たないだろ?」
「鬼条家は祓い屋、退魔の家だって、じいちゃんから聞いたんです。だから、先輩に」
「分かった」
そう彼は了承する。
「何じゃあ、ただの依頼か。薪君に友達が出来るかもしれんと期待しとったのに」
実体化した肉体で弁当へと手を付ける。
期待してなかったと言えば、嘘になる。まぁ、関係が出来たからといって、それが本当の友達なのかと問われれば、本人次第なのだから分からない。それに前に彼の言った通り、友達になってくれと言われて友達になるのもおかしな話だ。
「って、......さっきまで幽霊で...、???」
彼は俺を見るなり、混乱しているようだった。先程まで霊体だったのが、実体を持ってしまっているのに驚いているのだろう。
「実体、霊体が見分けられるのか?」
「そりゃ、まぁ...、霊体なら透けて見えますから...
そんな事より...」
「俺は幽霊じゃないよ。俺は妖怪の類いじゃ」
「妖...怪?それって...、幽霊と何が違うですか?」
「妖力を持つかどうかじゃないんかねぇ?
新人の俺にゃー、詳しい事は分かりゃあせんよ」
詳しい定義なんて分からない。魂に関する事に干渉出来るのが霊力で、何らかの事象を引き起こすの妖力とは習ったものの、霊や実際に生きている者にも妖力が宿るらしい。だから、そこら辺の線引きは定かではない。幽霊であり妖怪であるような存在という認識もあるのだろう。面倒臭い業界だ。
「分からないって...」
「妖怪にも色々いるんだ。実体がある奴、実体がない奴、幽霊から妖怪の類いに成り上がった奴とかな
まぁ、...お前には関係ない話だ。幽霊が見えるのなら、自ら首を突っ込むな。取り憑かれたり、魅入られたりされたら、面倒だからな」
そう彼は後輩へと釘を刺す。確かに厄介事は欲しくはない。彼の立場上、厄介事に首を突っ込んだ所で解決する手段は幾つかあるだろうが、ただ見えるだけの一般人の彼には解決する手段はないだろう。
場所を移して、彼の教室。彼の名前は斎藤蓮、二年生だ。
彼の教室に行ってみると、確かにそこには異様な存在がそこにはいた。黒い狼のような獣で額に縦開きの目を持っているのがよく分かる。そして、力が流れてきているのも感触として分かる。それは霊力の他にも妖力が混じっている。
周りの生徒には認識されてないのを見る限りでは相手は肉体を持たない霊体の存在のようだ。
「成る程な。焼き尽くすには霊力だけじゃ足りなさそうだな...
手を焼きそうな相手は久々だが、今すぐには対処も出来そうにない」
「ほんじゃあ、放課後かねぇ。一先ず、俺が見張っとこうか?」
「まぁ、そうだな......。というより、刄さんはどれだけ離れて行動出来るんだ?」
「あー...、精々、5m......、ごめん、無理じゃ」
「という事になると......、斎藤、お前にこれを預ける」
そう言って、彼は俺の本体を彼へと渡す。まぁ、その手しかないわな。俺が彼の側にいれば、一先ずの対処ぐらいは出来るだろうが、出来れば刀を抜くのは誰もいなくなった放課後にしてほしいものだ。
「これは...」
「刄さんの本体だ。無闇に中を見るなよ。持ってるだけで、普通に銃刀法違反だからな」
「それって...」
「そういうモンじゃ。まぁ、レディの体じゃと思って、丁重に扱っておくれよ。レディじゃないけど」
正直、女性扱いはされたくない。元々、俺は男であり、美人が好きなケダモノだ。ケダモノの割には女性経験がないのは見逃して欲しい。AV関係の如何わしい動画や画像を漁っていたという事で手を打ってくれるといいなぁ...なんて。まぁ、そんな情報なんかいらないだろうが、女体化が好きな変態だと思われるのも嫌なので言わしてもらうが、俺は魅力的だと感じる異性と交わりたいと思うような健全な性癖ぐらいちゃんと持っている。
............俺、何で代弁してだろ。これも作者のせいだろ...。
閑話休題。
俺は斎藤蓮に預けられた。机の上にはあの黒い獣が相変わらず、座っている。座っているのだが、その机の上に俺は何だか違和感を感じた。その違和感というのは机の上に何やら落書きがされているような、マジックにでも書かれたんじゃないのかというような感じだ。黒い獣のせいでしっかりと確認が出来ないので探りようがない。
今回は放課後、教室に誰もいなくなって、始める事となっている。そうでなければ、周りの人の目を引いてしまう事となってしまう。それに薪君の方がこういうのに慣れているだろう。こういう事は専門家に任せた方がいい。俺が下手に動いて彼に危害が出る事があってはいけない。それでも、一応の心構えだけはしておく。何が起きるかなんて想定も出来ないし、対処なくちゃいけない状況だってあるだろう。
黒い獣を観察する。微動だにしないという事はないが、彼の机の上から動こうとはしない。何かルールでもあるのだろうか?ただ、机の上に座っているだけなら、ここを追い払うだけでいいんじゃないのかと思えてくるが、妖力を持っているという点を踏まえるとやはり、ほっとく訳にもいかない。
「面倒じゃのぅ...」
放課後、依頼者である斎藤蓮は自身の荷物を鞄の中へと入れて、帰宅の支度をする。彼はどうやら、帰宅部らしく、部活には入っていないらしい。帰宅部の彼が少しながら、羨ましく感じてしまう。過ぎ去った事ではあるが、俺が中学の頃は部活には入らなければならない。それも運動部しか存在せず、運動神経が悪かった俺は内心、渋々に数会わせに入部した訳だ。それが俺にとっての憂鬱の日々の始まりだった。まぁ、今、こんな話をした所で何の意味はない。過ぎ去った過去など語った所で価値はないだろう。
「蓮、また、机、落書きされてるよ」
放課後、少年のような見た目の女子生徒が話し掛けてきた。顔立ち端正で爽やかな美少年といった雰囲気にショートヘアーがよく似合っている。声も女というよりかは男寄りのイメージでハスキーボイスといった感じで、男子より女子にモテてそうな印象を受ける。
手には布巾を持って、黒い獣を通過する。どうやら、彼女にも見えてないようだ。
彼女は濡れた布巾で彼の机の上を拭く。その様子に彼は何とも言えない表情を作っていた。それもそうだろう。俺達の目の前にはあの黒い獣がいるのだから。この黒い獣が何を仕出かすのか分からない上にいつ動き出すのかも分からない。この獣の目的は彼なのだろうというのは、大体は分かっている。何せ、彼自身が関わっているのだから。
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
「はは...」と苦笑いして、彼は彼女に対して、そう伝える。それに対して、彼女は一つ、ため息を吐いてしまい、呆れたように口を開く。
「大丈夫じゃないでしょ
あんな馬鹿なんて構うよりも、先生に言ったら?
そう言えば、あいつら、休んでるけど、風邪でも引いたのかな...?まぁ、何だっていいんだけど」
「そう言えば、部活は?」
そう彼は話を反らすように話題を振る。その素振りを見るに彼はいじめにでもあっているのだろうか。他人の事には俺自身、疎い。それでも、机に落書きをするという行為は露骨過ぎる。
「今日は部活は休みだけど。何か、顧問の先生がぎっくり腰とかで動けないらしいんだ」
「そっか......。俺は用事があるから残らないといけない」
「ふーん...、じゃあ、しょうがないか。じゃあ、お先に」
そう言って彼女はその場を去ってしまった。この場を去ってしまった彼女は体育会系なのだろうか。顧問の先生がぎっくり腰とか聞くとそんなイメージを持ってしまう。きっと、彼女は青春でも謳歌しているに違いない。素晴らしい事じゃないか。
薪君との合流した時には教室には誰もおらず、その場には三人と一匹だけだった。
「鬼条の人間、邪魔をするか」
そう獣が口を突如として口を開く。今まで何も喋らなかった筈だというのに、それに対して思わず意識を向けてしまった。というより、鬼条の家名を口にするなんて想定していなかった。それ程、妖怪の業界には有名なのだろうか?
「鬼条の名を知ってるか...」
「そりゃ、知ってるさ。妖怪退治の専門家、火葬士...。決して、関わっちゃいけない妖力を持った霊媒士
だかな、この案件はそこのガキと俺の問題さ。人を呪わば穴二つって奴だ。まぁ、今回は三つ、次は四つ目だがな。火葬士、手を引け。これはそこのガキと俺の問題だ」
「悪いな、それは無理だ。それに手を引くのはお前の方だ。俺はお前の味方じゃない
人間ってのは勝手な生き物だ。だけど、お前の方も勝手何じゃないのか?ただ、隙があったから寄り憑いたんじゃないのか?」
「何が悪い。俺にとっての食事は人間の魂だ。まぁ、この前、食った三匹は大して美味しくはなかったがな。そこにいるガキと...そうだな、火葬士、お前も美味しそうに見える」
......どうやら、三人分の魂はすでに腹の中らしい。被害者は帰ってこないと考えた方がいいのかもしれない。
「じゃあ......」
「これはお前が望んだ事だろ、ガキ」
黒い獣は嘲笑うようにそう口を開く。
「同族食らいはそう珍しい事がないが、そのほとんどが生きる為にある
それと人間も動物も差程、変わらないのは同じだ。馬鹿は馬鹿程、愚かしい物がない。なぁ、そう思うだろ?クソガキ」
「............」
彼は違うとは言わなかった。否定する事なく、ただ沈黙するだけでバツの悪そうな顔をしている。それは肯定だと受け取った方が良さそうだ。
この場に人がいないのなら、姿を現したって大丈夫だろう。そう思い、彼が持っている刀に手を伸ばし、自身の姿を実体化させる。大体の事は推測が出来た。単純な話だ。だけれども、これはどちらも悪いと言える。それでも、今まで耐えていた物が決壊し、彼自身を押し潰してしまったのだろう。強くなればいいなんて話で済ませるつもりはない。逃れる方法ぐらいはあっただろう。
彼は被害者であり、加害者だ。彼の元に禍根を宿し、こうして黒い獣を呼び寄せてしまった。
「やれ、たいぎーのぅ」
正直、面倒臭い。働く事は好きではない。働かなければ、生きていけないからこそ、仕方なく働いていた。そして、今は見殺しをしたくなくてこの場に立っている。
「薪君、俺はどうするべきかねぇ?」
「一先ず、」
「チッ」
黒い獣は俺を見るなり、逃げ出してしまった。その足の早さは速く、一瞬にして姿を消してしまった。
「追ってくれ」
「了解」
俺は返事をして、あの黒い獣の妖力の感触を頼りに追い掛ける。
この肉体は作り物だ。だからこそ、足には自信がある。何回でも作り変えて、自身にとって扱いやすく戦闘に適した肉体へとなっている。まぁ......、自身の欲望を随分と注いでしまっているが、この肉体は普通の人間のレベルの物ではない。
妖力の気配を辿り、あの黒い獣を見付ける。その見付けた直後に突如として、向きを変えて、こちらへと襲い掛かってきた。それは俺にとって仕留めるのに丁度よかった。
自身の足を止めて、構えを取り、前方から襲い来る獣へと刀を抜刀する。恐らくは俺にとって最速の技、名もない居合いを繰り出すも、それを突如として後ろへと飛ぶようにして回避してしまった。
「速いな。何故、妖であるお前が人間なんかと一緒にいる」
「一緒にいて、何が悪い」
「人間と一緒にいて、つまらなくないか?」
「つまんねぇーのは、おたくの思い込みなんじゃないかねぇ?
勝手に決め付けてもらっちゃ、困る。十分、俺は有意義に生きてる」
鞘に納まった刀を構え、自身の妖力を溢れ出させる。斬るは目の前の黒い獣。
「こっちに来る気はないか...。しょうがないか、もったいない」
そう言って、殺気をこちらへと向ける。殺気を向けて、駆け出した。向かう先は勿論、俺の方向。牙を剥き出しに食らい付きに来る。
それに対して、俺は再び、抜刀するがやはり後ろに跳ぶように回避する。どうやら、相手は俺の動き読まれてしまっているらしい。そうして、相手の追撃が繰り出され、刀を振るうも刀身に食らい付かれ、刃は牙によって阻害され、相手を振り払う。
「そんな物か?妖刀」
やれ、参った。もしかしたら、勝ち目はないのかねぇ?何をどうして、読まれるのか検討が付かない。今は最速よりも、相手を仕留める重要だ。牙を納めておくなんて事は出来やしない。
多分、場数は相手の方が多く踏んでいる。だからこそ、今、こうして目の前の相手は立っている。それなら、牙を納めるよりは剥き出しに構えておく方がよっぽどいい。
相手の妖力は俺より小さい。そこまで力は持っていない事が伺える。それなら、完全に捉えてしまえば、こっちの勝ちだ。
自分自身の力不足を痛感させられる。技量だけなら相手の方が上だ。ついさっき、妖怪成り立ての青二才が勝てるなんて思っているのはただの思い上がりでしかない。
「そんなモンじゃ...」
やっぱし、殺意に殺意。上の相手には全力全開で。
後先なんて考える必要もない。
刀から妖力を纏わせ、鋭さに研磨させ、実体化している体全身に力を循環させる。力の加減はいらない。狙うは黒い獣、一直線。
「!?
何だ、それは」
しかしながら、その直後の事だった。目の前の黒い獣は全身を炎に包まれてしまい、
「がぁああああああああ」
悶え苦しみだしてしまった。
「校舎を壊す気か」
見知った声が後ろから聞こえ、振り向くとそこには薪君の姿がそこにはあった。どうやら、この炎は薪君の物らしい。
「こんな所で油を売るよりも、さっさと逃げておけば、助かった物を
俺の足じゃ追い付けないと踏んでいた。その侮りがお前の敗因だ。だから、こうして、お前は俺に焼かれている
精々、悔いてから逝け。人間じゃないお前がどこに逝くなんて知らないがな」
そう言い終える後には体は灰となり、炎は消えて、その場には焦げ付いた跡しか残らなかった。
薪君はため息を吐いて、焦げ付いた床を触る。
「どんぐらいかかるんだ、これ...。また、親父に怒られる」
そう言葉を溢す。どうやら、修理代とかそういう物は彼の家が出費するらしい。
「刄さん、気合いを入れるのはいいけど、せめて、周りを気遣ってもらえない?怒られるの俺だから」
「いや......、そのごめん。そこら辺までは頭が回らなかった」
というより、頭に血が上り過ぎてたというのが正直の所。自身の実力不足というのが一番で、相手を倒す事しか考えていなかった。
彼の教室へと戻ると、斎藤蓮の姿がそこにはあった。
話を聞く限りではやはり、彼はいじめにあっていたようだ。そのいじめの内容というのはパシりやカツアゲ、机への落書き、暴力といった感じで、段々とエスカレートしていった。そして、今回の事件に繋がるコックリさんを行い、あの黒い獣を呼び寄せてしまったらしい。
「大変だったな......。だけど、お前がした事は人殺しのような物だ
お前みたいのは、霊を引き寄せやすい。まぁ、安易に『殺ってしまえ』なんて思うような状況なんてない滅多にないだろうけど」
「俺、最初は殺してやろうなんて思ってなくて、ただ囁かれて」
「そうか......。じゃあ、ここで昔にも似たような事があったんだろうな
強くなれとは言わないけど、今度は間違えるなよ
斎藤、お前は自分が思っている奴以上に弱くはない。ちゃんと、こうして俺の所まで辿り着けたんだ」
「.........はい」
「じゃあ、手始めに鬼条家の知り合いの寺で住み込みで修行な」
「はい?」
突然の事に彼は困惑している。ていうか、俺自身も困惑している。いやいや、何がどうして、そういう話になる。
「薪君や、その寺って何?」
俺は一先ず、質問する。そんな場所なんて俺は知らない。
「霊力があるのなら、その扱い方を覚えといて損はないだろ
それにそこの住職、人手不足で困ってるとも言ってたから、人手も補充が出来て、霊力の扱いとかも修行が出来て一石二鳥だ」
いや、おたく、そんなキャラでしたっけ?もうちょっと、クールなキャラじゃありませんでしたっけ?
「まぁ...、どうでもいいや」
俺にも関係ないし、今日はほとほと、疲れた。
後日談という事になるが、斎藤蓮は鬼条家の知り合いである寺へと住み込みで修行する事となった。
寺と学校の往復はきついようではあるが、何やら憑き物が落ちたような表情をしていた。
そして、現在では俺達は屋上で昼食を食べる仲間となってしまっている。
「斎藤、寺での生活はどうだ?」
「......凄くしんどいし、早く家に帰りたいです。何て言うか、人使い荒いし、朝とかそんなに早起きとか出来ないし、あのクソ坊主......、あの住職、金にがめついから何にもありがたいとは思えないですけど
まぁ、でも、自分を見つめ直すには丁度良かったかもしれないです」
「そうか。今度、遊びに行く。そん時、よろしく頼むわ」
寺での生活が厳しいのか、彼から悪態がポロリと溢れる。それはそれで仕方がないかもしれないが、それで前より清々しい表情が見てとれる。
「俺もちぃたぁ、強くならにゃいけんか」
そう思わず、呟いた。相手に動きを読まれ、結局、刀は届かなかった。自身の刃を磨こうと、相手に届かないのなら、それは刀ではない。ただの鉄屑だ。
必要なのは何なのか、未だに分からないが、何かが足りてないのは間違いない。
「刄さん、安心してくれ。そこら辺もちゃんと考えてる」
「あ?」
「というよりは、夏は忙しくなる。いつものだからな」
「いつもの?」
俺は彼が何を言っているのかが理解出来ていなかった。いつものというのは何だ?話の内容が空っぽだから何一つ汲み取れない。というか、何を安心すればいいのかも分からない。
安心してくれ?『俺がお前を頼らなくてもいいぐらい強くなってみせるから』というニュアンスは...、似合わないな......。
バトルものの漫画とかなら、パワーアップの為に強くなる為の修行とかがありそうだけど、それはフィクションの中の話だ。まず、そういう事はあり得ない......よな?
そう信じたい。信じておきたい七月の夏空。ヒシヒシに嫌な予感を感じながら、彼の母親が作った弁当のおかずを口に運ぶ。
願わくば、しんどい事がありませんように...。




