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二十三話


 場所はどこかのとある森の中、「ブギィイイイイイ」と一匹の猪が寝転がって、苦しそうに呻きを上げていた。体内に異物が入り込み、拒否反応を示し、そして、今もそれが体内へと入り込み、肉体が肥大化し、筋肉が増強していく。この不可解な現象の要因はおそらく、地面から湧き出す、異物(それ)のせいで間違いないだろう。

 「ブギィイイイイイ」と悲痛が響き、起き上がる。元の長さの牙より長く、太く、血管から血が溢れるように流れ、走り出す。走り出して、木々へと突撃して、次々へと薙ぎ倒していく。その姿は自傷行為をしているように見えてしまう。

 木々へとぶつかる度に怪我を負うものの、異物を吸ってしまったせいか、負った怪我はすぐに治ってしまっていた。まるで生きる事を強制するかのように、猪は狂わしていた。

 この猪は「ブギィイイイイイ」と鳴きながらも、荒ぶり、止まる事はなく、暴走し、どこかへと走り去ってしまう。向かう先は本人にも分からず、ただただ、苦しみ、暴走していた。

 自らの命を絶つ事が出来ない。それはこの猪にとって、地獄でしかない。


◇◇◇◇


 退院の当日の事だった。病院から出て、嫌な気配が漂っていた。それは凶霊災の時に感じたその気配と同じ物だった。その気配は上空から漂い、上を見れば、何やら黒い群れのようなの飛んでいた。

 「カァーカァー」と聞こえてくる鳴き声は烏そのものであり、その気配はその烏達から感じさせられてしまう。それは突如として、こちらへと降ってくるように向かってくるのが分かった。


 「薪君」


 俺は彼にそう声を掛けて、「ああ」と返事をもらう。

 自身の実体を得て、本体を抜刀し、空へと掲げるように烏達の群れへと刀身を向ける。刀身から飛び出すのは妖力の刀身であり、群れの中へと飛び込んでいく。

 命中していた烏達は地面へと落下をし、落としきれていない相手は薪君の手から作り出された大きな火球が放たれ、その中へと飲み込まれてしまった。

 それでも、俺達の攻撃から逃れた相手はこちらへと突っ込んでくる。それを俺が切り落とし、薪君の爆炎によって遠くの相手は落とされる。

 始末し終える頃には烏達の死体が転がっており、それは明らかに霊体ではなく、ちゃんと実体を持った烏だった。それら烏の死体からは何らかの力の気配が抜けていき、消失していくのがよく分かった。


 「これは地脈の......、もう凶霊災は終わった筈だが...。どういう事だ?」


 薪君は困惑しているようで、彼にもよく分からないらしい。明らかにこれは凶霊災の...地脈のエネルギーが烏達に取り憑いてしまっていた。

 凶霊災と言うぐらいなのだから、霊が集まりそうではあるのだが、どうして実体のある存在に取り憑いてしまっていたのか...。


 「薪君、凶霊災って終わったんよね?」


 俺は一先ず、聞いてみる。中心地は琴風高校のグラウンドで、そこにいた巨狼はあの始末し終えた筈だ。


 「大天狗様があの狼を退治した。だから、原因となる存在はもういない筈だ」


 「ほんじゃったら、まだ地脈に力が残ってるとしたら、どうかねぇ?

 例えば、吸い切れなかった地脈の力がまだ残留しとるとか?」


 吸い切れずに地面に残ってしまっていたというのなら、確かに何らかの悪影響を与える可能性ぐらいはあるかもしれない。


 「地脈の残留か......、その可能性は無くもないかもしれないか。とりあえず、帰る前にばあちゃんちに寄った方がいいかもしれないな」


 そんな訳で俺達は鬼条焔の家へと向かう事となり、今日の朝の事を話す事となった。


 「ちゃんと退院出来たのね。もう、あんな無茶をしては駄目よ」


 そう彼女は玄関にて出迎えてくれた。


 「ばあちゃん、ちょっと気になる事があるんだけど、いいか?」


 彼は焔さんに対して、そう口を開く。それに対して焔さんは「何かしら?とりあえず、上がってちょうだい」と俺達を迎え入れてくれた。

 通されたのはいつもの居間だった。俺と薪君、焔さんは机を挟んで向かい合わせに座布団の上へと座り、今日の朝の出来事を話す。


 「そんな事が...。確かに五十年前にはそんな事はなかったわね。でも、凶霊災での中心地に現れた原因となる存在は扇子丸さんが倒した筈よ」


 少し納得がいかないといった感じで焔さんはそう言う。


 「凶霊災っていうのは、五十年もの年月より溜め込んだ力を一気に吸い上げて、眠っていた存在が起きるっていう...厄災何ですよね?

 じゃったら...、もしも完全に全て吸い上げる事が出来てなくて、この町に残ってるとしたら...、そういう事はあり得ますか?」


 俺は焔さんに対して、そう尋ねる。実際に起きているのだから、早めに対処すべきだ。そうしなければ、凶霊災とは別に被害が生じてしまう。


 「前例はないけど。放っておく事は出来そうにはないわね。分かったわ

 薪、退院したばかりで悪いんだけど、お願い出来るかしら」


 「大丈夫だ。火葬士として全うさせてもらう」


 「そう...、無理しちゃ駄目よ。それと刄、薪の事、お願いね。無茶させないでようにね」


 そう彼に対して、釘を刺し、俺に対して、彼の事をお願いをし、「分かりました」と俺はそう返事をする。彼女は薪君の事が心配で、それが退院後の事なのだから、無理して欲しくないと思っているのだろう。


 「家の方には私から連絡を入れておくわ」


 そんな訳で俺達は自宅へと戻る事なく、町の探索を始める事となってしまった。

 病院から出た後は急に襲い掛かってきた訳だが、いざ探そうという事になると見付ける事が出来そうにない。現在、俺達は町中を歩いて、凶霊災の残り香を探している訳なのだが、それらしき気配を感じる事が出来なかった。それもそうだろう。凶霊災が始まった時は濃密過ぎる程の妖気が漂っていたが、今は妖気らしい妖気は感じない。もしかしたら、あの烏達はたまたま妖気を吸い上げてしまったのかもしれない。ただ、明らかに暴走して狂暴になっており、悪影響が出ている事は間違いない。


 「というより、妖気を吸っただけで、暴走するモンかねぇ?俺とて、外側に妖気を吐き出してるようなモンじゃけど?」


 基本的には自身の妖気は微弱にも漏れだしている。外に漏れてしまった妖気はすぐに消滅し、その場には残らない。そもそも、妖気とかいう物が悪影響を及ぼす理由が分からない。


 「自身の内側にある妖気と外側にある妖気っていうのは全くの別物だからな

 自身の内側にある妖気、妖力は自身の意思、自分そのものとも言える。だけど、外にある妖力は他人の物。意志に反する存在なんだ」


 「へぇ...、ほんじゃあ、地脈は?」


 「あれは元々、誰の物でもない純粋な物だからな。それを塗り替えたのが、中心地にいた巨狼なんだろ」


 「成る程、ほんじゃあ、今、この場に漏れだしてるのって、あの化け物の妖気って訳か」


 それらが未だ地脈に残ってしまっている。それが地面から漏れ出して、周りへと悪影響を与えているとしたら、早く片付けたい所ではあるが、こうも見付からないとは想定外だ。細かい所まで気配を辿るというような芸当は俺達には出来ない。


 「にしても、見付からんね」


 「ああ...。あの烏から感じた気配は確かに凶霊災よる妖気だった。それは間違いないが、もしかしたら、たまたま残ってただけかもしれないな」


 「一先ず、帰るかねぇ?何も見付からんのんじゃったら、どうしようもないけど」


 「そうだな」


 そういう訳で帰路に着こうとしていた時のことだった。「あ...」と一つ、俺は思い出していた。そう言えば、斎藤がこういう感知する事に関して、得意だと言ってような気がする。

 「どうした、刄さん?」と尋ねられ、「おるよ。こういうの得意な奴が」と言ったものの、彼からは「は?」という反応を取られてしまう。まぁ、本人は立ち入るべきではないと一蹴してしまったものの、それでも彼のスペックも使いようである。とういか、今、この場において必要とされる人材だ。


 「とりあえず、鬼神寺じゃ。役割補強せんと、前には進まんよ」


 そんな訳で俺達は鬼神寺へと行く事となった。

 鬼神寺の階段を上りながら、薪君から「でも、斎藤が役に立つとは思えないが...」という意見を聞かされる。


 「ああ見えて、俺達よりかは感知能力、相手を捉える能力は高い。実際に病院じゃ、斎藤君の力があって解決したけぇね」


 その意見に対して、彼の実績を証言する。彼の感知能力さえあれば、潜んでいる物を見付け出す事が出来るだろう。

 「鬼条先輩、退院したんですね」と彼は出迎えてくれた。何やら、忙しそうにしているようだが、そんな事より、彼に用事がある。とりあえず、住職にでも話を付けて、彼を駆り出さなければならない。

 「何か用事ですか?」と尋ねられ、「お前に用事がある」と薪君は口を開く。「俺?」と戸惑っているようだが、一先ず、彼を連れて、住職へと顔を合わせる事となった。


 「斎藤が......、ですか。確かにここ最近の彼の力というのは目まぐるしい物を感じます。血族じゃないのが、惜しいぐらいですよ

 いいでしょう。彼を貸し出します。あなた方の力になるのも一種の修行のような物ですからね」


 そう住職から許可を貰い、彼を寺の外へと連れ出した。

 「にしても、お前、評価されてたんだな」と階段を下りながら、薪君が斎藤へと投げ掛ける。


 「俺も初めてですよ。あんなに評価されてるなんて。でも、俺なんかが、鬼条先輩達の手伝いなんかしても大丈夫なんですか?」


 「ああ...、この前は悪かった。戦力外通告して。今はお前の力が必要なんだ。とは言っても前にはでしゃばらせる事は出来ないけどな」


 「まぁ、そういう訳じゃけぇ、感知の方は任せる。斎藤君の方が見付け出すの得意じゃろうけぇね」


 「...分かりました。こちらこそ、お願いします」


 という訳で、新たなメンバーを加えて、俺達は町へと再び、繰り出した。


 「あそこの溝に気配を感じます」


 町に繰り出した早々に彼はそう口を開く。溝を覗いてみると確かにあの妖気に取り憑かれている虫が涌いており、薪君はそれを炎にて焼き払う。


 「早速だな...。俺でも気付かなかった」


 呟くようにそう言う。俺とて、その気配には気が付かなかった。

 「後、そこの溝の奥側にもいます」


 そう言われ、よくよく見たら、確かに何かがいるようにも感じる。

 そんな感じで彼は次々と凶霊災の残り香である残留を見付け出し、俺と薪君はそれらを駆逐していく。生きている生物には罪はないのだが、それでも被害が出る前に始末しておかなければならない。


 「刄さんの言う通りだったな。まさか、斎藤にこういう才能があったとは思いもしなかった」


 仕事が捗る中、彼は斎藤の才能に驚いているようだった。それは俺も変わらない。ここまで、凄いとは思いもしなかった。


 「俺もここまでとは想定外じゃ。引き続き、よろしく、頼む」


 そんな訳で俺達は斎藤の力を借りて、次々と始末していく。これなら、順調に、すぐ......には終わらないだろうなぁ。一日で済むのならいいけど、町全体を探し出すとなると結構、厄介だ。

 見付ける相手も小さな物ばかりで、数も薪君一人で片付けれる程度で、俺が手を出したのは群れを成す烏ぐらいだった。


 「斎藤、やっぱり、その...力が欲しいか?」


 そう薪君は斎藤へと尋ねる。病院にいる間、自分自身も力になりたいと言っていた。それは本心からなのだろう。

 「力が手に入るのなら、俺でも役に立てるのなら、力が欲しい」と彼は真っ直ぐに向き合ってそう言う。確かに彼が力を手にする事が出来たのであれば、立ち回りも変わってくるだろう。それは俺らにとっても悪い事ではない。ただ、薪君は彼に危険な目に会ってほしくないと思っている。だから、「お前には無理だ」と言った訳なのだが、彼とて多少、思う所があったのだろう。


 「俺にはお前に何かを教えてやる事は出来ない。俺のは火葬士としての能力だ。だから、教える事は無理なんだ」


 「そうなんですね...」


 「だけど、方法はな」


 い訳じゃないと、彼がそう言い切る前に近くで大きな力が感じさせられていた。それは先程と違い、それでも凶霊災での妖気を大量に取り込んでしまった結果だと言える。

 「鬼条先輩!!」と斎藤は声を上げ、「あぁ...」と彼は返事をする。

 俺は気配がする方向へと一歩、二歩と前に出て、いつでも襲い掛かってくる相手を補足して、自身の刃に捕らえる事が出来るように構えを取る。

 姿を現したのは大量に妖気を取り込んだせいなのか、肉体が大きく巨大化し、筋肉すらも肥大化してしまったブルドックだった。体から浮き出ている血管が破裂してしまったせいなのか出血し、「ガルルルル」とこちらを威嚇している。濃度の高い妖気のせいで暴走しており、きっと、元の状態には戻る事が出来ない。首輪をしている所を見ると飼い犬だったのだろう。

 可哀想だとは思うが、殺されてもらうしかない。そうする事で解放されるのであれば、活かす事よりもこっちを選ぶ。

 相手は全速力でこちらへと駆けて、襲い掛かる。相手は俺達の事を自身の獲物だとしか認識していないのだろう。

 「悪いな」と言葉を呟き、相手が目の前へとやって来た直後に抜刀し、真ん中を綺麗に切り裂いて、絶命させる。

 「薪君、燃やしてくれ」と頼む。正直、これを見せられる方が胸糞が悪かった。たかが、飼い犬とはいえ、この犬は愛されて飼われていたのかもしれない。それだというのに、あの妖気のせいで狂わされてしまった。この犬は何も悪くはない。惨たらしい最期を向かえる羽目になるとは思いもしなかっただろう...。

 薪君は「分かった」と言って襲い掛かってきた、このブルドックを燃やす。彼の手によれば、灰にする事なんて一瞬だろう。両手を合わせて、この犬の冥福を祈る。


 「やれ、たいぎーのぅ...」


 そう呟いて、「斎藤君、他におるか?」と尋ねる。こういう被害が出るのであらば、一刻も早く終わらせるべきだ。こういう悲劇を、惨状を目の前にするのは御免だ。それが人間以外で人間と関わってきた動物が被害に会うのも見たい物ではない。それに人間に被害が出る可能性だってある訳なのだ。面倒だなんて、言っている暇もない。


 「今の所はここら辺には、気配も何も感じませんけど」


 「ほんじゃあ、次、行こうや」


 そういう訳で俺達はこの場を後にして、他の気配を探す。主に多いのは虫の系統ではあるが、時折、鳥の系統が混ざっていたり、また、林の中ではネズミが群れになって襲い掛かったりもしてきた。それらは薪君の炎で大体は始末を付ける事が出来て、群れを成す相手に対しては刀を振るう場面が多々あった。

 色々と歩き回ったせいか、疲れてしまった為、一先ず、喫茶店にて休憩する事になった。

 「あの話の続きだ」と斎藤に対して、彼は口を開く。


 「方法がない訳じゃない。俺じゃ、教える事は出来ないが力を身に付ける手段は幾つか存在している。とはいっても、必ず、力を身に付けられるとかじゃないというのを頭の中に入れておけ

 まず、一つ、大天狗様に弟子入りする事。天狗の秘技を身に付ければ、幾らか戦えるようにはなるだろう

 二つ目、鬼神寺のどら息子、荒谷戒に教えを請う。彼は自身の独学で戦う力を獲得した。妖怪ではなく、人間から教わる方を俺はお勧めする。妖怪の感覚よりは人間的な感覚で力を見付けた方がいい

 それで、最後の三つ目は俺の知り合い...、というよりはばあちゃんの知り合いで岸辺っていう人がいるその人に教わる

 個人的にはそっちの方がお勧めだろうな。戦闘的な技術は持ってないかもしれないけど、結界が張れる」


 その3パターンを彼に提示する。どのパターンも修行が必要になってくるだろう。力を得るのに苦労は必要になってくる。それは彼自身が決めて、歩まなければならない。


 「三つ...、手っ取り早くは...無理ですよね」


 「そんな都合のいい話なんてある筈がないだろ。何かを得るのに苦労せずになんて無理な話だ

 お前だって、修行の賜物で力の気配を感知する事が出来るようになったんだろ?それと一緒だ」


 「少し考えさせて下さい」と彼はそう言った。力が欲しいと言っておきながら、考えさせて欲しいというのは、少し違うような気がするが、彼にとっての不安もあるのだろう。まぁ、十分に考えればいい。


◇◇◇◇


 現在、私は必死に走っている。それがどうしてなのかというと、私の背後に「ブギィイイイイイ」と鳴き喚き、走っているいかにも凶悪で狂暴そうな猪がいるからである。

 「な...んで」と息絶え絶えに絞り出す声は誰かに助けを求めるまでの大声を出せないでいた。とにかく、生き延びるには必死に走る、走る、走る!!そうしなければ、私の命はない。

 私は一会社に通う、一サラリーマンであり、副業として霊媒師のような事をしている。昔から霊が見え、そして、特異な力を持っていた。それでも、私の力では相手を祓う事も退治する事が出来ず、私が出来るのはそこにいる霊に対して、説得を図る事と、ただ守る事しか出来なかった。私にはその程度の事しか出来ない。

 そんな必死をこいて、走っている最中の事だった。一つの喫茶店にて見知った顔を見付けてしまった。それは鬼条薪と鬼条刄だった。その二人を見付けて、私は足を止めて、踏ん張りを利かせる。そして、ガラス張りの前にて、追ってくるに目掛けて目には見えない障壁を作り出す。それによって、相手の突進をどうにか受け止めるも、そんなには長くはもたない。私の障壁は差程、頑丈ではない。私の能力である結界は防御の面で強力という訳でもなく、力の強い相手に対しては力負けしてしまう事がよくある。私の結界はただの魔除けにしかならない。それぐらいの効力しか持っていないのだ。

 そんな私の障壁はあの巨大な猪の突進を一先ず、受け止めるも目に見えない亀裂が入ったのが分かる。一分ももたない。そんな状況下、必死にガラスを叩く。

 頼む気付いてくれ!!これじゃあ、私が殺される!!嫌だ、死にたくない!!

 そんな思いを込めながら、私は必死にガラス越しで訴える。内外の人々にどう移っているのかなんて、私にとってはどうでもいい。この命のやり取りの瀬戸際に立たされ、死なないように頑張っているのだ。

 ピキピキッという亀裂が入っていく音が聞こえてくる。それは死に直面するカウントダウンであり、この障壁が破られてしまえば、この猪の突進の餌食になってしまう。


 「薪君!!私です!!岸辺です!!助けて下さい!!死にたくないです!!」


 そう必死に声を出す。ガラス越しの相手に届くかどうかなんて分かりっこない。助かる手段があるのならば、どれだけ恥をかいてもいい。

 そんな訴えが届いたのか、席に座っている彼女、鬼条刄が私を見て、目を見開いていた。どうやら、こっちに気が付いたようだった。


◇◇◇◇


 俺は岸辺さんを見付けた。何やら、必死にガラスを叩いて訴えているようで、目から涙を溢し、ついでに鼻水まで垂らして、ぐちゃぐちゃだった。

 そして、何を必死になってやっているのかと見ていると何やら、片手は後ろに伸びているようで......、そちらの方を見てみると......。

 「はぁああ!!」と思わず、声を出してしまった。その方向には明らかにあり得ないぐらい巨大な猪がこちらへと突っ込んでいるではないか...。そりゃ、必死になるわな...。

 「刄さん、どうした?」と薪君は呑気にコーヒーを飲んでいるけれど、状況を説明している場合でもない。

 「ちょっと、行ってくる」と言葉を残し、席を立って、駆け出した。

 喫茶店の外へと俺は駆け出して、横槍を入れるように、刀を振るうも途中で引っ掛かって、斬る事が出来ず、「ブギィイイイイイ」という鳴き声と共に振り払われてしまった。そして、向きを直し、標的は俺へと変わり、こちらへと突っ込んでくる。その突っ込んでくる相手をかわしたつもりでいたものの、向きを変えてこちらへと突っ込んでくる。

 それをまともに受けてしまい、地面へと転がる。すぐに立ち上がり、体勢を直す。

 一呼吸、入れて、力を循環させる。刀は鞘へと納め、取る構えは俺にとっての最速の技。

 「やれ、たいぎーのぅ」と呟きながらも、相手をしっかり見て、補足する。

 再び、こちらへと突っ込んでくる。口を開いて、こちらを噛み砕かんとしている。

 その開いた口に居合いの構えから、自身の最速を叩き込み、突っ込んでくる相手の勢いに任せて、こちらも真っ直ぐに切り裂いた。そうして、実体のある相手は絶命させた。


 「岸辺さん、大丈夫かねぇ?」


 彼の元へと駆け寄るも、呆然と立ち尽くしていた。


 「え?...あぁ、助かりました。ありがとうございます」


 そう気が付いたように感謝の言葉を述べる。とりあえず、怪我は無さそうだし、大丈夫だろう。

 「刄さん、大丈夫か?」と遅れて、二人が駆け付け、「大丈夫じゃ」と一先ず、応えておく。


 「こいつも凶霊災の残り香の被害者か...。差程、強くはないが...、結構、厄介だな」

 そう彼は言うが、「これが...強くない?」と岸辺は反応し、信じられないといった表情を浮かべていた。おそらく、『お前らの方が化け物なんだよ』とでも思っているのだろう。まぁ、そこら辺は格差があるのだから、仕方がない。


 「鬼条先輩、こちらは...」


 「ああ、さっき話した岸辺さんだ。この人はばあちゃんの知り合いで、この前、世話になって、知り合ったんだ」


 「それじゃあ、この人が......」


 「えっと、何の話ですか?」


 「あー...、えっと、彼は薪君が通ってる中学の後輩で斎藤蓮。彼、霊力を持ってて、微弱じゃけど、妖力を持っとるんじゃけど......、何て言うか、人を守れる力が欲しいじゃって」


 そう、とりあえず、説明する。


 「俺、無力なんです。自分じゃ、何も出来なくて、先輩のように何かが出来るのなら...」


 そう言葉を続ける前に岸辺は「駄目です」と否定する。


 「力なんて持たなくて、結構です。いいですか?見えてしまうのは仕方がありません。ですが、立ち向かって、勝てない相手は必ず、います。そんな相手を目の前にして、生きて帰れるなんて保証もない

 そんなのに立ち向かおうとする事自体が間違っているんですよ」


 そう説教をするように岸辺は彼に対して、言い放つ。確かにその通りだ。命は一つしかない訳で、簡単に放り出していい道理もない。


 「でも、あなたはこの猪を受け止めていた。それがあれば、少しだけでもいいから、誰かを守る事ぐらいは出来るんじゃないですか?

 俺にだって、誰かを守れるだけの力が欲しい」


 しかしながら、彼は引き下がらない。


 「あなただって、少なくとも誰かを救ってきた筈だ。それが俺にも出来るのなら...」


 「私は......、臆病で」


 「岸辺さん、確かに岸辺さんは臆病だけど、俺は何も出来ていない人間だとは思いませんよ。寧ろ、人の事を思える優しい人間だと思ってる。その力だって、誰かを守れるのなら、守りたいっていう想いの現れなんじゃないですか?」


 「違います。この力は自分を守る為に手にした力です。生まれた時から人には見えないものが見えて、怯えながら生きてきました。今では多少は平気ですが、怖いものは怖い

 昔から私は臆病で、その怖いものから自分を守る為にこの力は身に付いてしまった。だから、斎藤君に教えるような物でもありません」


 両者、互いに引かない。この話し合いはどうにも進まない。そもそも、注目が集まりつつあるのだから、こんな場所で話をするべき事でもない。


 「一先ず、場所を移そうや。人が集まってきょうるし、俺としちゃ騒がれるのは御免なんじゃけど?」


 「そうだな、場所を移した方が良さそうだな...」


 そんな訳で人気の少ない公園と俺達は移動して再び、話をする事となった。


 「俺としちゃ、そもそも、そんなに拒否る事はないとは思うけど?

 岸辺さんの力は身を守る為に会得した物。じゃけど、自分以外の物を守る為にも使えるようになった

 そりゃ、自分一人だけじゃ、どうしようもない時だってあるじゃろうよ。じゃけど、岸辺さんのその力は会得しといて損はないと思う。場面によっちゃ、活用だって出来る筈じゃし」


 「俺も刄さんの言う通り、過小評価し過ぎだと思う。その力は色んな場面に役に立つ。それに岸辺さんはあの時、ちゃんと役目を果たしてた。だから、無能なんかじゃない」


 「ですか...」と、どうにも自身の力に自信がないようで渋っていたものの、「分かりました」と彼は承諾する。

 「いいんですか?」と斎藤が彼へと尋ねる。


 「確かに彼女の言う通り、私の術を教えない道理はありません。これをあなたに教える利点は確かにある。自身を守る為の術として、活用して一人でも多くの命を守れるのであれば、本望です

 私は何を悩んでいたんでしょうね...」


 吹っ切れたように岸辺は斎藤に対して、応える。

 「良かったな、斎藤」と薪君は彼に対して、そう言い、彼は「はい」と応える。

 こうして、斎藤は岸辺から結界を張る術を教えてもらう事となった。


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