二十四話
翌日、俺達は普通に登校していた。登校とは言ったものの、俺が登校している訳ではなく、彼自身が登校している訳であり、俺の存在は学校にないようなものである。
昨日の今日で凶霊災の残り香を消す事なんて叶わず、しかし、彼が学校を休んでもいいという事にもならなかった。それ故に彼は登校せざる得なかった。
「学生の本望は勉強という訳ではないけれど、学業を疎かにするのはよろしくないわ」と焔さんに言われてしまった為に彼は渋々、登校している訳だ。本当は真っ先にこの現状を打開したいと思っている筈だろう。それを止められている訳なのだから、悶々としている筈だ。
そのせいか、少しだけ彼の顔が険しく見えるのはきっと、気のせいでもないのだろう。
「やれ、たいぎーのぅ」と呟きながらも、彼とは一切の会話をせず、登校していた。
そんな朝の登校している最中、「よぉ」と誰かが声を掛けてきた。
その相手というのはねずみ男だった。声に掛けてきた相手に対して、彼は無視をする。彼は彼で相変わらずのようで、嫌いなのはやはり、変わらない。
「そんな湿気た面してると、いい女が寄って来ないぞ」
そう彼は薪君に対して、そう言った。その湿気た顔を余計に増大させているのは彼のせいであるという事が多分に含まれているが...。
「余計だ。そんな事より、早く要件を言え」と彼は彼で素っ気ないが、まぁ仕方がない。
「今回のは真っ当な仕事だ」と彼は言うが、今までのは真っ当ではなかったという事だろうか?まぁ、確かに金を要求している辺りは全うな物ではなかったとは言えるだろう。
「これはウチんちの遠縁の親戚...、赤の他人だな。その親戚の家では農家をしてるんだが、畑の真ん中に奇妙な木が生えたらしい。その木の根っこのせいで畑が荒らされてしまって、その木を切ろうにも何か変で切る事が出来ないみたいなんだよ
だから、鬼条の家に依頼する事になって、俺からお前にって話を通す事になったんだよ」
この話を聞く限りでは凶霊災の被害を受けているという事になる。
「薪君」と声を掛けて、「...分かった」と承諾するように口を開く。
「じゃあ、頼んだ。報酬はちゃんと貰えるから安心しろ」
ねずみ男は彼の了承を聞き、彼に対して、そう言って、その場を去ってしまった。その後ろ姿は何やら、嬉しそうだったが、幾らかの報酬を貰えるのだろう。だから、ああして、ステップを踏む程に喜んでいるのだろう。
そんな事を思ってしまうと、何だか呆れてしまう。まぁ、彼はそういう性格でああいう人間なのだから、仕方がない。
「早く始末しないとな...」とそう呟くようにそう言い、それに対して俺は「ほうじゃね」と応える。
植物まで浸蝕しているという事になると余計に被害が拡大していく事になるだろう。それに植物の繁殖力はとんでもなく早い。そう考えると余計な被害が出る前に始末しなければならない。
そうだとしても、彼は学校には通わなければならない。そればかりは仕方ないし、俺も彼から離れる事が出来ない。
昼休憩、定番の屋上にて俺と薪君、そして、斎藤の三人で食事を摂っていた。
この昼休憩の時間が俺にとってのお楽しみとなってしまっている。美味しい物を食べている時が幸せというのは正解だと思う。何せ、見ているだけの、何もしない状況にある俺にとっては退屈な時間でしかない。
「先輩、今日も見回りに行くんですよね?」
そう斎藤が尋ねる。
「今回は依頼が入った。凶霊災の弊害を除去しに行く」
それに対して、薪君がそう応える。
「それより、どうだった」と今度は彼が斎藤へと尋ねた。おそらく、昨日の岸辺との事だろう。昨日、鬼神寺にて、早速、教えてもらう事になった。そうとも言っても、それは町の見回りを終えたからの話でどういう状況で話が進んでいったのか分からない。
「まぁ......、すぐには習得出来ませんよ、あんなの」
斎藤はそう言う。それは当たり前の事だとは思うが、斎藤としてはすぐにでも、力を習得したいのだろう。
「でも、あの人、本物なんですね。あんなに臆病な癖して、しっかりとした意思の力を出現させて
俺、まだ何も掴めてないですけど、絶対に習得してみせますよ」
そう彼は自身の決意を口にする。彼は本気で岸辺の持つ力を習得しようしている。それは何も出来ない自身を変える為である。
「そうか。そいつは頼もしいけど...、無理をするなよ。今回もお前に頼る事になるからな」
「はい...」
そう言われて、彼は何やら、はにんかんで返事をする。頼りにされているなんて事を言われるのが嬉しいのだろう。
「ちゃっちゃと終わらしたいんじゃねどねぇ...。いつになったら、終わるんかねぇ」
昨日の今日でこんな事を言うのもあれではあるが、昨日は昨日で町中を歩き回った。斎藤のおかげで次々と発見して始末する事が出来たものの、それでも終了するような様子もない。
正直、飽き飽きとしている。まる一日を消費しても次々と発見されるのだから、嫌にもなる。
凶霊災においての一件で地脈が濁ってしまっているのなら、
「浄化とか出来やせんのんかねぇ?」
地脈が濁って、汚染されているのであれば、そういう事は出来ないのだろうか?いや、でも...、領域が広過ぎるか...。浄化出来るとしても一辺には終わらないだろう。
「それなら、ばあちゃんが知り合いに掛け合ってる。まだ少し時間がかかるみたいだけどな」
「掛け合ってるって...、そういうのが出来るん?」
「それぐらいは出来る。そうとは言っても、相当の力を持った人間じゃなければ、無理だけどな
相手はこの町全体の地脈だ。地道にやっていった方がいいが、時間が掛かり過ぎるし、その間に被害が出るだろ」
確かにそうだ。昨日みたいに、あんなのがウジャウジャ出てきたら、被害が出てしまう。それにこっちとしては早く終わらせたい。
「ほんじゃったら、踏ん張るしかないのか...。働きたくないけど、働くしかないなんだよな...
たいぎーのぅ」
俺は労働が嫌いである。だけれども、彼女との約束がある訳で、それを破ってしまうと鬼条家にはいられなくなってしまう。だから、頑張るしかない。いくら、たいぎーと言おうと現状は変わらない。それが現実なのだ。それに恩を仇で返すのもよろしくない。
昼休憩を終えて、俺達は教室へと戻る授業が始まる。俺はそれを見ているだけしか出来ず、薪君以外に認識はされない。再びの退屈の時間をただ観察ばかりしていた。時折、見知らぬ幽霊が通り抜けていくが、害を成す事もなく、学校内ではただ平穏だけが通り過ぎていった。
学校が終わり、ホームールを済ました後の事。俺達は目的地へと向かっていた。目的地は畑を幾つかを持っている農家であり、俺達が暮らしている町よりもかなりの田舎だった。そこは山の近くであり、近くには鬼神寺がある。鬼神寺もまた、田舎にあるのだが、こっちの方はより田舎度が高い。そして、彼の言っていたあの木がすぐに見付ける事が出来た。その木は彼の言う通り、畑の真ん中に生えており、大きく成長しているようで、畑に根っこが根付き、畑を荒らすように地面から飛び出して、そこから新しい木を生やそうとしているのが分かる。
そして、そこからは尋常ならない重たい妖力の気配とは別に何らかの気配だけが感じさせられ、それに対して、斎藤は顔を青ざめており、「うわっ......」と引き気味に言葉を漏らしていた。敏感な彼の事だ、俺ら以上に何かを感じ取ったのだろう。 「大丈夫かねぇ、斎藤君」と一先ず、声を掛けると「無理そうです」とはぁはぁと息を荒らげている。どうやら、何らかの悪影響を受けているのだろう。
「とりあえず、どこかで休ませてもらうしかないか」
そんな訳で俺達は一先ず、ねずみ男の遠縁の親戚の家へと赴いた。
「君達が根津の家が言ってた鬼条の...、まだ子供じゃないか。子供に何が出来る。帰っておけ」
そう言われてしまったものの、薪君は「じゃあ、おたくの畑に取り憑いている物を祓ってから、帰らせてもらいますね」と言葉を返す。彼は引く気なんてない。彼は被害を出している相手を祓う為に来ているのだから、簡単には引かない。
そんな訳で俺達は斎藤をこの家に置いて、畑へと向かう。
「おい、止めとけ。こいつは生きてる。触れただけで、襲ってくる」
そう畑の持ち主が俺達について、止めに入る。
畑の真ん中から生えている気には何やら、目を閉じた人面らしき顔が浮かんでおり、いかにも何かが取り憑いていますよといっ不気味さを感じさせていた。
薪君がその木に触れた次の瞬間、その木から人の手のような形状へと変化をし、彼の手を掴み、まるで取り込もうと引っ張ろうとした次の瞬間だった。
その掴んだ樹木の手は一瞬にして燃えてしまい、それを切り離すようにしてポロリと取れてしまい、「ぎゃああああああ」という悲鳴が聞こえてきた。
その様子を見るにその木には意志があるようにも感じさせられ、そして、何かに取り憑かれているようでもあった。
「成る程な...、両方か」とポツリと彼は呟いて、納得する。
「お前さん......、その炎は......、鬼条家の...」
畑の持ち主である農家の男性は驚いたように薪君を見る。先程までただの子供だと帰らそうしていた相手がこんな力を見せたのだから、誰だって驚くだろう。
「下がってて下さい。畑の中にいると巻き込まれますよ」と農家の男性へと忠告をして、俺に対しては長物袋を差し出す。
「さて、働こうかねぇ...」
そう言って、俺は袋から自身の本体を取り出し、構えを取る。
それと同時に木に浮かんでいた筈の人の顔の閉じていた目が開き、そこには眼球があって、こちらを見ていた。その様子は明らかに人ではなく、そして、不気味さを増しているのは言うまでもない。
それと同時に地面の下から根っこが突如として飛び出し、俺達へ襲い掛かる。それを薪君は次々と燃やし、俺は斬り伏せていく。それらの攻撃はしつこく、絶え間なく襲い掛かる。
「刄さん!!一度、畑の外に離脱するぞ!!」
「あいよ」
激しいこの攻撃に俺達は追い付けず、一時的に畑の外へと出た。どうやら、そこまで追い掛けてくる事はないようで、そこまで戻ると根っこ地面の下まで引っ込めてしまっていた。
「鬼条でも無理か?それなら、焔さんでも呼んでもらって...」
そう彼の祖母の名前を出されてしまい、「やりますよ」と彼は相手に対して、そう口を開く。
彼にもプライドはある訳で、引くつもりがない。
「刄さん、ここからあそこまで伸ばせるか」
そう薪君から言われ、「...やってみる」と応える。俺がするのは本体から妖力を伸ばして、あそこの木まで貫く行為ではあるものの、あの木は俺の妖力が侵入した直後に伸びた俺の妖力へと襲い掛かる。根っこは斬る事が出来たものの、真ん中に生えている本体は貫けない程の堅さで「かった!?」と思わず、声に出してしまった。これじゃあ、直接、畑を踏み締めて、斬る他ない。
相手は木ではあるが意思を持って、襲い掛かる。それは激しくこちらが身動きが取れない。それでは攻めようがない。
「刄さん、後先、考えずに突っ走ってきてくれ。援護なら、ちゃんとする。病院の時と一緒だ」
「ああ...、その手で行く?」
確かにそれなら、行けそうだ。
「ほんじゃったら、あの木に叩き込んでくればええか...」
そんな訳で俺はあの畑の中を突っ走る事になった。
「ほんじゃあ、行くど」と声を掛け、「あぁ...」と声が聞こえた直後に俺は駆け出した。畑の中へと踏み入った直後に地面の下から根っこが襲い掛かり、それを薪君の炎で全て焼き払う。それでも、焼かれながら襲い掛かってくる相手は俺の刀身で切り裂いて、灼熱の業火に包まれる中、駆け抜ける。
その樹木目前にて一斉に沢山の根っこが出現し、「なっ!!」と薪君は驚いた様子を見せて、対処が遅れてしまう。
それを俺は刀身から妖力を伸ばして、一斉に斬り伏せる。
遂に樹木へと到着し、俺の刀身が通過した直前だった。その樹木から、薪君を最初、襲った時と同じように手が出現し、刀を持っている手を掴み、俺の動きを止める。咄嗟の事で振り払う事も出来ず、そして、相手の力は強い物で簡単には振り払う事が出来なかった。身動きが取れない中、俺は自身の実体を解いて、相手の拘束を解く。そこから実体を得て、刀を引き抜いて、跳ぶように下がり、根っこに襲われながらも畑の外へとどうにか出る事が出来た。
厄介だ。相手は根っこ以外に自身の本体まで形を変える事が出来る。激しい攻撃を掻い潜りながら、本体に辿り着いてもあの本体すらも形を変える訳だ。
「刄さん、大丈夫か?」と尋ねられ、「大丈夫じゃ」と応える。
不意に地面から何かに力のような気配が流れていくのに気が付いた。それは妖気のようで、それはあの樹木へと向かっているようでまるで地面に流れている妖気を吸い上げているようでもあった。
それと同時に畑の真ん中にあった樹木は急激な成長を始め、地面に下ろしていた根っこは地上まで出てきており、陣地を広げるようにして、大きくなっていくのが分かった。
その光景を見て、明らかにまずいと感じざる得なかった。
そうして、樹木が流れるようにこちらへと伸びてきている。
それに対して、薪君は手を伸ばして炎の壁を作り上げるように走らせ、俺は再び、走り出す。流れ込んでくる樹木は火に襲われると動きは止めたものの、地面から根っこを出して、一斉に畳掛ける。
それを薪君は焼き払い、道を作る。
樹木はこちらへと手を伸ばし、襲い掛かるも、それを刃で直に切り落とす。
「ぎゃああああああ」という人間のような悲鳴を聞きながらも、動じている暇はなく、ただひたすらに前へと進み、樹木目前で鞘へと刀を納め、それと同時に木から手が伸びてくる。それを低姿勢で回避して、足に力を注ぎ、駆け出すの同時に俺の最速が相手の幹を綺麗に真っ二つと切り裂いた。
その直後に「ぎゃああああああああああ」という轟くような悲鳴が聞こえ、先程まで感じていた妖気は消失してしまったと思った瞬間だった...。
背後に妖気を感じた直後、振り向くと人の形のような根の集合体が絡まっており、俺の足元から絡み付いていた。
「は?」と間抜けな声と同時に、しまったと思った時にはすでに遅く、俺の体へと素早い動きで絡み付き出していた。それによって俺は身動きが取る事は叶わず、
空の上から赤い蜻蛉がその根っこの塊へと止まった。それは最初は一匹だったものの、それらは次々と現れ、目の前の相手へと止まっていく。そして、そこから俺ではない妖力を感じさせ、それは俺の知らないものではなく、寧ろ、よく知っている妖力だった。
「終わりだ」
そう言葉を聞こえた直後にその根っこの足元から昇るような炎柱が噴き上がり、飲み込んでしまった。
そうして、真っ黒な炭へと化して、その場に出現していた不自然な妖気は完全に消失してしまった。
「疲れた」と思わず、本音を漏らしてしまった。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」と畑の持ち主である農家からは頭を下げられてしまった。
「それより、ここで何か事件とかありませんでしたか?」
そう彼は男性に尋ねる。確かにあの木に浮かんでいた人面は普通なら浮き上がるような物ではない。
「それは...、俺にも分からない。親父から引き継いだ物だからな。だけど、少し前まで霊というか、何て言うか、おかしな事はあった」
「それなら、ちゃんと供養してもらった方がいい。じゃないと今回のような事はないとは思いますが、また被害が出るでしょうから」
彼はそうアドバイスを残す。
一先ず、依頼は達成し、帰路へと着く事となった。
「うぅ...、まだ、気持ち悪さが残ってる」
そう、斎藤が呟いた。あの木は取り除いたというのに斎藤がそう言うという事は祓えていない何かがそこにはあるという事なのだろう。
「まだ、残ってる」と薪君はそう言う。
「まぁ、そればかりはあの人の自業自得だ。おそらく、遠縁の親戚だとかアイツは言ってたけど、嘘だろうな。もしくは本当にそうだとしても、怨まれてるんだろうな」
そう言われて、俺はようやく、理解した。木の事に関しては凶霊災の影響ではあるだろうが、あの人面は元から憑いている物が影響を与えていたと考えれば、納得がいく。
「はぁ...。一先ずは依頼、終了じゃね」
まだ、何か残っているけれど、それは俺達の仕事ではないし、関係ない事だ。
「斎藤、一応、住職に話しておいてくれ。関係ない人を巻き込むのは良くない事だからな」
「分かりました」
俺達は斎藤と別れ、自宅へと向かう。今日の仕事はとりあえず、終わりと言いたい所ではあるが町の見回りを終えていない。一先ず、自宅に帰って、その後、町を見回る事となってしまっている。それは決定事項であり、きっと、本人の気持ちは変わる事はないだろう。
◇◇◇◇
鬼条先輩達と依頼現場へと向かったものの、あまりの気持ち悪さのせいで俺はダウンしてしまった。それがどういう影響を与えられて、そうなってしまったのか大体の予想が付く。それは妖気を吸い上げたあの木が原因ではなく、明らかに怨みが籠った何かだった。それは人に近く、それでも人はではない存在がそこに取り憑いており、それらの妖気が俺に影響を与えていた。
だから、不甲斐ない事に立ち会う事すらも出来なかった。
鬼神寺の長い階段を上り、門を潜るとそこには見知ったスーツの後ろ姿があった。
「おかえりなさい」と振り返って、そう言ってくれたのは岸辺さんでやせ細ったサラリーマンだった。
本名、岸辺数貴。社会人で一般的なサラリーマンにして、副業として霊媒師もしている。本人曰く、霊に対して出来るのは説得だけらしく、説得が出来ない相手はお手上げらしい。
そんなどこか頼りないサラリーマンがどうして、ここにいるのかというと、この人から妖力を利用した術を教わる為だからである。
今、俺に足りないのは力であり、対抗出来なくとも、せめて、誰かを守るだけの力が欲しい。そんな訳で俺はこの人から教えてもらう事となった。
「よぉ」と声を掛けてきたのはリーゼントのヤンキーといった風貌の男性ではあるものの、彼には実体はなく、霊体。つまり、幽霊ではあるものの、その本人から妖力を感じさせられる。
元百幽霊行のメンバーであり、幹部の一人だった男だ。
「最近、物騒らしいからあんまり遅く帰るんじゃねぇぞ」
口調は悪いものの、素の性格は悪くはない。元から悪い性格をしている訳ではないようで、それでも売られた喧嘩は買っていそうな、本質は不良な幽霊である。
すれ違い様にアフロな奴とその他の舎弟を連れて、門を潜っていく。どこへ向かうのかというと、見回りに行くらしい。
元々は暴走族で、バイク乗りで、見回りというよりかは町の中を走り回るのが日課になっているように思えるのは俺の気のせいだろうか?
それでも、今の所は誰かに危害を加えているという事はないみたいなので、おそらく、問題はないようだ。まぁ、何か問題があるようなら、こんな所に置いておける訳もなく、寧ろ、退治されてしまっているだろう。
「やっぱり、凄い所ですね...、ここ」
岸辺さんは引き気味にそう言った。それもそうだろう。住職の了解で寺に住み込む幽霊がどこにいるというのだろう。普通に考えもあり得るような話ではない。
「まぁ...、ここはそういう所なんで...」としか、俺は言えない。妖怪すらも寛容な寺なのだから...。全国を探せばこういう寺はよくある物なのかもしれない。
「それでは始めましょう。私が持つ物、全て、結界の技を」
「お願いします」
俺は技を教えてもらうべく、中へと入る。俺が案内したのは客間だった。ここなら、誰にも邪魔をされる事もなく、落ち着いて、教えてもらう事が出来る。
すぐには追い付けない事も知っているし、追い付く事がない事も知っている。俺にはあの二人のような才能はきっとない。それでも、俺は役に立つ事が出来るのであれば、力が欲しい。
「では最初は座禅から始めましょう。斎藤君、今、あなたに足りないのは妖力、意思の力です
術に用いる根源がなければ、始まりません。あなたに変化をもたらしたのはきっと、彼なのでしょう。ですが、それだけでは足りません
気持ちを落ち着かせた上で、自身の有方を知ってください」
岸辺さんの言われた通り、俺は座禅から始める。それで何かが見付かるとは思えないけれど、前に進む為ならば───。
◇◇◇◇
時刻は18時半頃、俺達は帰路へと着いていた。結局の所、収穫なんてなく、改めて、斎藤の力の凄さという物を再確認させられてしまった。やはり、昨日のあれは彼の力があったからこそ、出来た事なのだ。
分散されてしまい、その気配を感じ、探し当てるのは至難の技ではあるが、そこまで小さくなったのであれば、被害なんてそんなに出る物ではないんじゃないかと思ってしまう。
しかしながら、今日のような大きな事例だってある訳だ。
基本、実体を持つ妖怪は人前には出てこない。それは知能が発達してしまっているが故で、無駄な事は避けるようにしているし、人間とは住んでいる場所と折り合いを着けているおかげで接触もしない。だから、実体のある妖怪は人間とは接触しないのだ。
だが、今回のような場合は違う。あれはある種のウイルスのような存在だ。罹れば肉体が変化をし、そして、気性さえも変えてしまう。それは覚醒ではなく、感染であるが故に危険な物へと変貌させてしまう。
だからこそ、放っておくなんて事が出来ない訳だ。そんなのが人間に感染なんかしてしまったとしたら、その人間すらも殺さなければならない。それこそ、最悪な事態だ。
「やっぱり、斎藤がいないと見付からないか...。今の所は一先ず、引き上げるしかないな」
そう彼はため息を吐く。こんな時間帯までなって見付からないのなら、探したって意味がない。
それでも、未だに燻っている状態にある。それがどこで引き起こされるのかが分からない以上、後手に回ってしまう。
「薪、刄」と声を掛けられ、目をやるとそこには焔さんの姿があった。
「ばあちゃん、こんな時間帯に」と何をしているんだと言う前に「パトロールよ」と言われてしまう。
「私じゃ見付けられないし、それでも何かが起きてる。後手に回る形になるのは悔しいんだけど...
それでも、何かが起きてるんだから、手を出さずにはいられないわよね
あなた達もさっきまで回って来たんでしょ?
でも、もう、そろそろ、帰りなさい。萌さんが心配してるわよ」
そう言って、彼女はそのまま夕闇へと消えていってしまった。
「とりあえず、帰るかねぇ」と薪君へと声を掛けて、「ああ...」と言葉を返される。
帰路の最中の事だった。普通に歩いていた筈の男性が目の前で倒れてしまった。
「ぅうう...、ああぁぁぁぁあああああ」
呻きを上げて、苦しみに悶え始める。
「大丈夫ですか!!」と俺は思わず、声を掛けて、近寄る。その男性には幾つもの血管が浮き上がり、血管が破裂して出血し、目は白目を向いていた。
「刄さん、その人、殺さないといけない...」
そう薪君が言った。それがどうしてなのか、別に分からない事ではなかった。寧ろ、これは俺達がよく知っているというのは語弊があるかもしれないが、ここ最近で身近になってしまっている物だった。
呻きを上げて、今度は身体中から血が流れていき、妖気...、妖力が上昇していくのが分かる。
「助け...て」とそれはきっと、人としての最期だった。
「あああああああああああああああ」
跳び上がるように起き上がり、首を絞めに襲い掛かってくる。そんな相手に対して、持っていた本体から刃を剥き出しにして、首を落とす。それでも、相手の動きは止まらず、上から下へ刀を振り下ろして、真っ二つにして、ようやく、動きを止めた。
鞘へと刀身を戻して、呆然とする。
俺は人を殺して...、自身の中で何かが軋む音が聞こえた。それは俺にとっての善意の部分なのかどうかは分からない。
今まで斬ってきたのは、死した物と実体のある人間以外の物だった。それと何が違う。
思考なんて定まらず、頭の中は真っ白になっていた。
気が付けば、俺は薪君に服を掴まれ、引っ張られて、歩いていた。
「刄さん、とりあえず、寝ててくれて構わない。色々と疲れてるだろ」
きっと、気を使ってくれてるのだろう。
「悪い」
そう言葉を残し、作り出していた自身の実体を消して、刀だけとなり、俺は彼を頼る事にした。
長物袋の中、俺は意識を閉じるように、目のない目を閉じる。
働きもしない思考もかなぐり捨てて、眠るように、瞼の裏の暗闇に身を任せて、深いような浅瀬で微睡んでいた。




