2.02_NOiZE.II
広場から伸びる路地の奥に、何かがいた。
いる、と言うより──ある、と言う方が近いかもしれない。
暗い靄のようなものが、ぐるぐると渦を巻いている。
靄は、少しずつ輪郭を持ち始めた。
脚のような突起が、ぬるりと生える。腕のようなものが、ゆっくりと地面を引っ掻く。
顔は、ない。顔があるべき場所に、ただ深い暗闇が、ぽっかりと口を開けている。
(なんだ、あれ……)
そう思ったのも束の間、視線を感じた。
目なんてないはずなのに、それは確かに、こちらを見ていた。
ぞわ、と背筋を何かが這い上がる。
思わず、一歩、後ずさった。
それが、引き金だったのかもしれない。
靄が、弾けるように動いた。
「──っ!?」
速かった。
いや、速い、というより、距離が消えた、という感覚に近い。ついさっきまで路地の奥にいたものが、気づけば、目と鼻の先にいた。
次の瞬間、全身を衝撃が襲った。
視界が、ぐるりと反転する。
吹き飛ばされたのか? ……あの一瞬で?
状況を飲み込みきれないまま、建物の壁に、背中から叩きつけられた。
「……がっ──」
肺の中の空気が、全部押し出される。息が、うまく吸えない。
靄が、じわじわとこちらへ迫ってくる。
(まずい。……まずいまずいまずい)
立ち上がろうとした。身体が、言うことを聞かない。
叫ぼうとした。声が、出ない。
〈Mira〉に助けを求めようとした。スマートバンドの画面は、依然として真っ暗なまま。
詰んだ。
完全に、詰んだ。
靄が、腕を伸ばしてくる。
鋭く尖った突起の先端が、ゆっくりと、俺の首元に向かって──
「──そこまでだ」
*
声がした。
この状況では考えられないくらい、落ち着いた、穏やかな声だった。
靄の動きが、ぴたりと止まる。
声のした方へ、顔を向けた。
二人の人間が、立っていた。
一人は、がっしりとした体格の男だった。年齢は、三十代くらいだろうか。特に目立つ格好をしているわけでもない。休日のホームセンターで、木材を選んでいそうな雰囲気。どこにでもいる、平凡なおじさん──という表現が、これほど似合う人を、俺は他に知らない。
もう一人は、細身の青年だった。整った顔立ちに、穏やかな微笑みを浮かべている。秘書、という単語がよく似合いそうな、品のいい佇まいだ。
その手には、何かが握られていた。
板チョコだった。
板チョコを、かじっていた。
この状況で。
「ほれ、ほっひがいひまふか?」
青年が、チョコを口に含んだまま、隣の男に聞いた。
こんな時でもチョコを食べ続けられる精神力は、一体どうやったら鍛えられるんだ。
「俺が行く。ヒナタは、サポートを頼む」
男は、当たり前のように答えた。今のが聞き取れたらしい。
一拍遅れて、チョコを飲み込んだ青年が頷いた。
「了解です、タロウさん」




