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俺が通う綾城高校は、最近できたばかりの新設校だ。
日本屈指の、情報系に特化した進学校。そう銘打ってはいるが、正直なところ、世間の目を引いているのはそこじゃない。
“センサーシルク”。
それが、この学校の制服の素材の名前だ。
着ているだけで、心拍、体温、会話、移動経路。あらゆる情報が、リアルタイムで〈Ernex〉へと送られていく。
悪く言ってしまえば、学校にいる間は、一秒残らず監視されているわけだ。
学長の“AIに対する並々ならぬ関心”の結果がこれである。
はあ、ありがたすぎて涙が出るな……。
『おはようございます、加山結斗さん。体温は36.3度、“最適”です』
校門前のセンサーが、抑揚のない自動音声を発した。
「……どーも」
愛想よく返事もできないまま、校舎へと足を踏み入れる。
廊下は、いつも通りざわついていた。上履きに履き替えて、二年三組の教室へと向かう。
「ゆーいとっ」
名前を呼ばれて振り返ると、廊下の角から、見慣れた顔が半分だけ覗いていた。
「……なんで出てこないんだよ、琳也」
「今日は、そういう気分だから」
新琳也。
学年でも飛び抜けた運動神経の持ち主だ。体育の短距離走では、毎回陸上部を置き去りにしている。
ただ、本人はそれを特に自慢しないし、活かす気もないらしい。「やりたいことがないから」という理由で、帰宅部に所属し続けている。
やりたいことがない人間が、なぜあそこまで俊敏なのか。世の中は不思議なことだらけだ。
なんで琳也と仲良くなったのかは、正直、あんまり覚えていない。
気づいたら、隣にいた。そういう感じだ。
「やっぱセンサーシルク、着心地悪いよなあ。なんか、ごわごわしてる」
琳也が、自分の袖口を軽く引っ張りながら、唇を尖らせた。
「まあな。でも、着ないと校則違反だし」
「そんなこと分かってるけどさ……もうちょっと、可愛いデザインとかにならないのかな」
「可愛いって。制服に何を求めてるんだよ」
「……別に」
琳也は、ぷいとそっぽを向いた。
分かった上で、毎朝文句を言っている。それが、琳也だ。
*
廊下の窓から、中庭が見えた。
綾城高校は部活動も盛んで、朝練をしている部も少なくない。
その奥にある弓道場の方を、遠目に眺めていると──
「……また見てるの?」
琳也が、ぼそりと言った。
「へあ? なになに?」
「天藤さんのこと」
「ん゛んっ」
いけないいけない。図星をつかれて、思わず変な声が出てしまった。
天藤葛。
綾城高校二年、俺と琳也の同級生。
小学校から高校までずっと同じだから、一応、“幼馴染”というやつだ。
弓道部部長。容姿端麗。頭脳明晰。
彼女の良いところを言い出すと、キリがない。
肩で揃えられたポニーテールの黒髪は乱れ一つなく、何気ない所作や姿勢にも、育ちの良さが滲み出ている。
目立つわけではない。けれど、気づけば視線を引かれている。彼女は、そんな不思議な儚さを、いつも身に纏っていた。
そして、いつも一人だった。
小学校の頃から、ずっと。誰とも話さず、誰とも群れず、背筋をぴんと伸ばして、窓際の席に座っている。話しかけても、短く返して、すぐに目を逸らされる。
それでも俺は、懲りずに話しかけ続けてきた。十年近く。
成果は、まあ、お察しの通りである。
「見てないし。たまたま視線が向いてただけで」
「……ふーん」
「ふーんって言うなっ」
「……ふーん」
信じていない顔をしている。まあ、信じないのが正解なのだが。
「ほら、見惚れてないで、教室行くよ」
琳也に袖を引かれて、思考を断ち切られた。
*
昼休み。
購買のパンを食べ終えた俺は、ふらっと廊下に出て、窓の外にカメラを向けていた。
中庭の木が、〈Ernex〉の管理する風に、ゆっくりと揺られている。
これもデータ通りの揺れ方なのかな、と思うと少し切ない。それでも──
(……絵になるんだよな)
シャッターを切ろうとした、その瞬間。
「……邪魔」
低く、静かな声だった。
振り返ると──天藤葛が、こちらをじっと見つめていた。
正確には、俺がカメラを構えるために廊下の真ん中に立ちはだかっていたせいで、彼女の進路を塞いでいたらしい。
「す、すぐにどきます!」
慌てて壁際に寄る。葛は一瞥もくれずに通り過ぎようとして──
ふと、足を止めた。
「……何を撮っていたの」
声は低いままで、こちらを見てはいない。
「あ、ああ、中庭の木。風で揺れてるのが、綺麗で」
「〈Ernex〉が制御してる風でしょ」
「……まあ、そうなんだけど」
少しだけ、間があった。
「──やっぱり、変わってるね」
それだけ言うと、葛はすたすたと歩き出し、すぐに廊下の角の向こうへ見えなくなった。
(今の、褒められた……のか? それとも、貶された……のか?)
〈Ernex〉に感情を解析させたら、「判定不能」と弾き出しそうだ。
けど、なんとなく、悪い気はしなかった。
十年近く話しかけ続けて、向こうから足を止めてくれたのは、たぶん、これが初めてだったから。




