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リンが寝ている部屋のドアをノックする。
返事はなかったが、鍵はかかっていない。
そっと扉を押して中を覗くと、ベッドの上で、リンが体を起こしていた。
フードは被っておらず、黒いウルフカットの髪が、少し寝乱れたまま肩に落ちている。ジャケットではなく、白いシャツ一枚だけ。いつもの張り詰めた空気とは違う、どこか柔らかい、素のままの佇まいだった。
リンの目が、こちらを向く。
「調子どう?」
「……もう、一人で動ける」
目が、合っていた。
それだけのことなのに、少しだけ、胸が軽くなった気がした。
(……少しは信頼、してもらえてるのかな)
最初は、視線を合わせようとすれば逸らされ、話しかければ無視された。それが今は、こうして目を合わせて、短いけれど、ちゃんと言葉を返してくれている。
部屋に差し込む光が、少し温かく見えた。
「無理すんなよ」
「……してない」
「そう言う人ほど、無理してるんだよ。お大事に」
返事はなかった。でも、否定もされなかった。
*
部屋を出て、ラウンジへ向かう途中の通路で、ヒナタとすれ違った。
「あ、ヒナタさん。おはようございます」
「おはようございます。リンさんのところへ行っていたんですか?」
「はい、少し顔を見に」
「そうですか」
ヒナタは、ポケットからチョコを取り出してかじっている。いつも通りだ……。
「ずっと聞きたかったんですけど、ヒナタさんって、チョコ以外に好きな食べ物とかあるんですか?」
「……チョコ以外、ですか」
「見てると、チョコばっかり食べてるじゃないですか」
「アーモンドチョコ、とかですかね」
「そ、それもチョコですよ?」
ヒナタが、少し考える顔になる。本気で考えているようだった。
「……ヒナタさんって、面白いですね」
「よく言われます」
ヒナタが、にこっと笑う。
その屈託のない笑顔が、とても眩しかった。
*
「今日はゆっくりしろ」
タロウには、そう言われていた。
でも、大人しくしている気にはなれなかった。
リンはあれだけ異能を連発していたのに、俺は一発しか使えなかった。しかもあの一発は、狙ったわけでも、練習したわけでもない。ただ叫んで、自然と手が動いて、たまたま出せただけだ。
これで果たして、“異能を使えるようになった”と言えるのか。
(……早く、使いこなせるようにならないと)
一人、両手の人差し指と親指を伸ばして、四角を作る。
(……はっ!!)
光らない。
体勢を変えてみるが、光らない。
念じ方を変えてみるが、光らない。
目を閉じてみるが、光らない。
目を開けてみるが、光らない。
(……なんで、昨日はできたんだ?)
あのときは必死だった。リンは動くことができず、desireもすぐそこまで迫っていた。何かに祈るように念じたら、指先が白く光った。
でも今は、desireも、差し迫った危険も、何もない。静かな空間で、自分の意志だけで異能を発動しようとしている。
(……気持ちが足りないのか)
だが、何度繰り返しても、指先は普通の指のまま。
そうして試行錯誤を続けているうちに──いつの間にか、夕方になっていた。




