3.00_⬛︎I⬛︎⬛︎⬛︎.N.
翌朝、タロウに呼ばれた。
会議室。タロウが椅子に深く腰かけて、腕を組んで待っていた。
昨日のことを、順を追って話す。
タロウは途中で口を挟まず、黙って全てを聞いてくれた。
「……お前の異能が覚醒した、ということだな」
話し終えたとき、タロウが短く言った。
「はい。ただ、自分でも何が起きたのか、まだよく分かっていなくて」
タロウが腕を組み直す。
少し、間があった。
「──撮影」
「……?」
「お前の異能の名前だ。ヒナタが予測していた通りになった」
自分の異能に、名前があった。初めて聞いた名前のはずなのに、なんとなく、胸に落ちる。
「よくやった」
「……ありがとうございます」
「リンとも仲良くやれてそうでなにより。初任務としては上出来だ。この調子で頼む。以上」
(タロウさんなりに、気遣ってくれているんだろうな……)
そんなことを思いながら、会議室を後にした。
*
ユイトが出ていってから、タロウはしばらく一人で会議室にいた。
腕を組んで、窓の外を見ている。
(……リンは、下位desireであれば問題なく対応できるはずだ。なぜ、あそこまで追い込まれた?)
新たに浮かんできた疑問を頭の中で整理していると、廊下から、ヒナタが静かに入ってきた。
「タロウさん、おはようございます」
「……おう」
視線はそのままに、会話を続ける。
「解析は終わったか」
「はい。一通り確認しました」
「異常は」
「特に、新しい異常はありません」
タロウはそこで初めて、ヒナタの方を向いた。
いつも通りの、穏やかな笑顔。
──だが、何かが引っかかった。
「……本当に、何もなかったのか?」
「はい」
即答だった。笑顔のまま。
「……そうか」
「では、僕はこの辺で」
ヒナタが軽く頭を下げて、廊下の奥に消えていく。
ユイトの報告では、予測よりも多くのdesireが出現したことになる。今まで一度も、そんなことは起きていなかった。
偶然かもしれない。でも──
(……嫌な予感がする)
腕を組み直して、タロウはその場で静かに考え込んだ。
*
ラウンジに戻ると、ナルミとハグミがソファに並んでいた。
「あ、ユイト! タロウさんに呼ばれてたんでしょ? どうだった?」
「特に問題なかったです」
「ふ〜ん」
ナルミが、ニヤリと笑って言う。
「ねえ、昨日リンのお見舞いに行ったときに聞いたんだけどさ〜。リンと話すとき、ユイト、敬語外してるらしいじゃ〜ん」
思わず、返事が一拍遅れた。
「……そ、それは、リンから外してってお願いされたんですよ」
「じゃあさ! あたしと話すときも敬語外してよ!」
「え、いや、でも……」
「なんで!? リンには外せて、あたしには外せないの!?」
「そういうわけじゃないんですけど──」
「外して外して外して〜!」
おもちゃを買ってほしいと親に泣きつく子どものように、ナルミが駄々をこねた。
頑張って返す言葉を探していると……
「……ユイトさん」
ハグミが、静かに口を開いた。
「私も、できれば敬語、外してほしいです」
上目遣いで、こちらをじっと見つめていた。まるで、飼い主に甘える子猫のように。
「……駄目ですか?」
直視できない。
(この顔……ず、ずるい……。こんなの断れないだろ!)
小さくため息を吐く。俺の負けだ。
「……分かった。外す」
その瞬間、「作戦大成功!」と二人が抱き合って喜んだ。
嬉しそうで何より──って、え、全部二人の計算通りだったの!?
*
三人で他愛もない話をしていると、ハグミが「そういえば」と口を開いた。
「昨日の任務中に、少し気になることがあって」
一瞬、話すのを躊躇ってから、続ける。
「……建造物の陰に、人のようなものが立っているのを、遠目に見たんです。desireとは違う。袴を着た、ポニーテールの、少女のような姿で」
「え、誰?」とナルミが身を乗り出した。
「不思議に思って近づいてみたんですが……まるで神隠しのように、ふっと姿を消したんです」
「ハグミの見間違いじゃないの?」
「いえ、確かに見ました」
ナルミの目が、いたずらっぽく光った。
「……それ、幽霊かもよ〜?」
ハグミが、固まる。
「ゆ」
「ゆ?」
「ゆゆゆゆゆゆゆ……幽霊!?!?」
顔から血の気が引いて、声が上ずっていた。いつもの落ち着いたハグミとは、まるで別人だ。
「や、やりすぎた!!」
ナルミが慌てて言う。
「ハグミ、昔から幽霊とか超苦手なんだよね! ごめんハグミ、幽霊じゃないかもだから!」
ハグミは、石のように固まっていた。
「……ハグミ?」
「………………」
「ハグミってば〜! おーい! 帰ってこーい!!」
「………………」
ナルミがハグミの肩を両手でぶんぶんと揺らし始めた。体は揺れているのに、表情は一ミリも動かない。
その光景を横目に見ながら、ソファに深く沈んだ。
(袴、ポニーテール、少女……)
胸の中で、何かがざわつく。
(……いやいや、まさかね)




