2.16_RIN⬛︎⬛︎.VIII
「……ユイト」
リンの声で、我に返った。
振り返ると、リンが、片膝をついたまま、こちらを見ていた。
息が荒い。
フードの内側の光は、もうほとんど消えかけていて、毛先の色も、さっきまでの雷の色が嘘のように、ただの白に戻っている。
「……覚醒、した、ね。異能が」
リンは、かすれた声で続けた。
「それと……触るなって、言ってた、けど。今は……」
「え? 何──」
ふっ、と。
リンの身体が、前に倒れた。
「リン!!」
駆け寄る。
(──まさか)
心臓が、跳ね上がった。
でも、胸が、上下している。かすかに、でも確かに、息をしている。
(……気を、失ってるだけだ)
全身から、一気に力が抜けた。
*
絶対に触るな、と言われていた。
でも、傷だらけのリンを、このままC-7区画に置いていくわけにはいかない。
(まあ、起きてから怒られればいいか。……めちゃくちゃ怖いけど)
そう決めて、リンを背中におぶった。
思ったより、軽い。そして、思ったより、温かい。
「……行くか」
歩き出す。
C-7区画を抜けると、Neo-Edenの通路に出た。さっきまでの張り詰めた空気が嘘みたいに、通路は静かだった。光のラインが、相変わらず規則正しく流れている。
歩きながら、肩越しに、リンの顔を見た。
眠っている。フードが外れて、ウルフカットの黒髪が、歩くたびに、少しずつ揺れている。
──綾城高校の、放課後の教室。机に突っ伏して、すうすうと眠っていた琳也の姿が、重なった。
「……早く起きろよ」
小さく呟いてみた。
リンは、当然、起きなかった。
*
拠点に戻るなり、ナルミが飛んできた。
「ユイト!? リンがどうして──リン!! 大丈夫!?」
「気を失ってるだけです。……生きてます」
「気を失ってる“だけ”って何!!」
「落ち着け、ナルミ」
タロウが、取り乱すナルミを片手で制した。それから、一度だけ、目を閉じる。
「……詳しい話は、後だ。ハグミ、頼む」
「はい」
前に出てきたハグミが、リンをそっと床に横たえた。膝をついて、リンの状態を確かめてから、静かに立ち上がる。
そして、慣れた手つきで、部屋の隅からバイオリンケースを取り出してきた。
(なんで、今、バイオリンを……?)
ハグミが、弓を構える。
一音。
その瞬間、ハグミの全身が、水色の光に包まれた。
バイオリンの音が空気を伝って広がるように、光もまた、ゆっくりとリンの身体の上に降り積もっていく。光が触れた場所から、傷口が少しずつ塞がっていく。打ち身の赤みが、すうっと薄れていく。
(……なんだ、これ)
思わず、見入っていた。
ハグミが、その視線に気づいた。弓を動かしたまま、静かに教えてくれた。
「……縁奏という、私の異能です。傷ついたものを、回復させて、元に戻すことができます」
「すごい……」
「……ただ、使えば使うほど、私が消耗します。だから、長くは、使えないんです」
バイオリンの音が、静かに、部屋の中に響いている。水色の光が、その音色に乗って、流れているみたいだった。
やがて弓が止まり、光が消えた。
リンの身体から、傷が、消えていた。




