2.13_RIN⬛︎⬛︎.V
C-7区画は、それまで歩いてきた道とは、まるで空気が違った。
Neo-Edenの整った区画では、建物の輪郭がくっきりしていて、光のラインも規則正しく流れていた。
でも、ここは違う。
建物の形が、どこか歪んでいる。角が丸くなっている、というより、少しずつ溶けている。輪郭そのものが、定まっていない。熱で溶けかけた蝋燭みたいに。
地面には、ノイズの粒子が、霧のように漂っていた。一歩踏み込むたびに粒子が揺れて、足元がぼんやりと霞む。光のラインは途切れ途切れで、ちかちかと、苦しそうに点滅を繰り返している。
空気が、重い。Neo-Edenの中心部では感じなかった、不安定な揺らぎが、肌の表面にじわりと伝わってきた。
「……ここか」
「そう」
リンが、フードを素早く被った。
辺りを見渡す。今のところ、何もいない。
「俺、何すればいい?」
「邪魔しない」
「……もうちょっと、具体的に」
「触らない。近づかない。喋らない」
「喋るのも駄目なの?」
「駄目」
「なんで?」
「集中できないから」
リンが、ゆっくりと区画の中心へ歩き出した。慌てて、その後ろについていく。
しばらく、無言で進んだ。
静かすぎて、だんだんそわそわしてきた。
「……ねえ」
「喋らないで」
「一個だけ」
「駄目」
「静かだと、不安になるんだよ」
「知ってる」
「知ってるなら、多少は──」
「だから、一緒に来させたくなかった」
「……ごもっともです」
リンが、ふいに足を止めた。ゆっくりと振り返り、俺の背後を見つめて、言った。
「あ。後ろに、desireいるよ」
「え!?」
勢いよく振り向いた。
何も、いなかった。
向き直ると、リンが、何事もなかったかのように、すたすたと前を歩いていた。
(……やられた)
急いで追いついて、問い詰める。
「……今、脅した?」
「喋るのをやめさせる、一番早い方法だった」
「それ、反則だから!!」
「効いてたでしょ」
「効いてたけど!!」
(だったら、同じ手を使ってやる)
わざとらしく足を止めて、リンの足元を、びしっと指さした。
リンが、ほんの一瞬だけ、視線を落とす。
「はい、引っかかった!!」
「……引っかかってない。何かあるのかと思っただけ」
「それを、引っかかったって言うんだよ!!」
「……うるさい」
リンの歩く速度が、少しだけ上がった。ムキになっている。
面白い。もう一回、騙してやろう。
「あ、リン! 後ろ!!」
「どうせ、嘘でしょ」
「今度こそ本当だって!!」
「嘘」
「ちゃんと見て……あ、危ない!!」
リンが、ほんの少しだけ、肩越しに後ろを見る。
もちろん、何もない。
「引っかかった!!」
「……次やったら、置いていく」
「ああ、それは困る! ごめんなさいって!!」
言い合いながら歩いていると、リンが、不意に立ち止まった。
「……後ろ」
「またそれ? もう効かないから」
「……後ろに、desire、いる」
「何回目だよ。いい加減──」
返事が、なかった。
(……あれ)
振り返らずに、リンの顔を見る。
──さっきと、何かが違う。
リンの視線が、俺の背後の、どこか一点に向かって、じっと固定されていた。瞬き一つ、していない。
「……リン?」
「……」
「ちょっと、なんで黙って──」
「静かに」
低く、短い、遊びの一切ない声だった。
(……あ。これ、マジのやつ?)
ゆっくりと、振り向く。
いた。
建物の影の中から、それは、滲み出すように現れた。
大きさは、人一人分くらい。形は、ほとんど球体だ。ただ、その表面が、おかしかった。
目だった。
無数の目玉が、全身に、びっしりと埋め込まれている。大きさも、向きも、ばらばら。白目が黄ばんでいるものも、真っ黒に塗りつぶされたものもある。その一つ一つが、まるで別々の生き物みたいに、ぎょろぎょろと動き回っていた。
そのうちの、いくつかが。こちらを、向いた。
「……本物?」
「本物」
「え、本当に、本物?」
リンが、俺と目を合わせて、はっきりと言った。
「──喋らないで」




