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2.12_RIN⬛︎⬛︎.IV

 沈黙が、再び部屋に落ちた。


 リンは、表情一つ変えずに、テーブルの一点を見つめている。「嫌」という言葉だけが、まだ空気の中に浮かんでいるようだった。


「……理由を、聞いていいか」


 タロウが聞くと、リンは、顎を少しだけ持ち上げた。


「ユイトに異能を見せる、っていうのが目的なんでしょ。なら、別に私じゃなくてもいい。ナルミでも、ハグミでも、今日の別件が終わってからでもいい。……私である必要が、ない」


 タロウが、腕を組む。なぜリンがそこまで拒むのか、分からない、という顔をしていた。


 そのとき、ナルミが、そろりとタロウの耳元に近づいて、ひそひそと何かを囁いた。


 タロウの視線が、俺とリンを、交互に行き来する。


 その顔が、みるみる呆れ顔になっていった。


「……そうか。色々あったんだな、昨日」


 額に手を当てて、深々とため息をつく。


「ユイト。リンに言うことがあるなら、今言え」


 リンの方を見る。相変わらず、目を合わせてくれない。


「……リンさん」


 返事はなかった。それでも、構わずに続けた。


「昨日は、本当に、ごめんなさい」


 リンは、窓の外を見つめたまま、ぴくりとも動かない。


 ナルミとハグミが、同時に、リンを見た。


 二人とも、笑っていない。何も言わない。ただ、まっすぐに、リンを見つめている。言葉のない圧力が、静かにテーブルの上に広がっていく。


 やがて、リンが、小さくため息を吐いた。


「……一つだけ、条件がある」


「聞こう」と、タロウが言った。


「絶対に、私に、触らない。それが守れるなら、行く」


 即座に、立ち上がっていた。


「触りません!!」


「……なんで立ったの?」


 ナルミが聞いた。


「分からないです。体が、勝手に」


「座って」


「はい」


 そそくさと席に着くと、リンが、ほんの一瞬だけ、こちらを見た。


「……答えるの、早い」


「それだけは、即答できます」 


 リンが、小さく息を吐いた。


「……分かった。行く」


「やったー!」とナルミが声を上げる。ハグミは静かに微笑み、タロウは「助かる」と短く言った。


「ありがとうございます」


 リンに、頭を下げる。


 リンは、もう、窓の外を向いていた。


 *


 Neo-Edenの東部へ向かう道は、整然とした区画がどこまでも続く、無機質な通路だった。


 リンは、フードを被っていなかった。ウルフカットの黒髪が、歩くたびに軽く揺れる。毛先の白い部分が、光のラインの反射を受けて、静かにきらめいていた。


 拠点では、いつもフードを深く被っていたから、横顔がこんなにはっきり見えるのは、初めてだった。


(……やっぱり、琳也に、似てるよな) 


 ちらりと、横顔を盗み見る。


(もしかして……女の子になって、記憶喪失、とか?)


 そこまで考えて、やめた。とても現実的な話じゃない。それに、今そんなことを口に出したら、今度こそ、二度と口をきいてもらえない気がする。


 気まずい沈黙が、続く。


 そういえば、拠点を出てから、まだ一言も喋っていない。


 意を決して、口を開いた。


「……討伐するdesireって、どんな見た目なんですか?」


 無視。


「……ナルミさんとハグミさん、本当に似てますよね」


 無視。


「……NOiZEに入って、どのくらい経つんですか?」


 無視。


「……お腹、空いてないですか? 俺、もうぺっこぺこで。昨日のご飯、味しなかったし」


 無視。


 もう無理だ。ギブアップ。


 リンの横顔を横目に、しばらく黙って歩いた。


 すると、リンが、唐突に口を開いた。


「……敬語、やめていいよ」


 向こうから話しかけてくれた、という驚きで、数秒、反応が遅れた。


「え? いや、でも……」


「話しにくい」


「そうかもしれないですけど、一応、先輩ですし──」


「やめて」


 有無を言わせない一言だった。


「……分かった。じゃあ、やめる」


「うん」


「……怖いとか、そういうのはない?」


 リンが、前を向いたまま聞いた。 


「……あるよ」


「そう」


「リンは?」


「ない」


「全然?」


「全然」


 淡白で、短い会話だった。


 それから、また無言で歩いた。


 でも、さっきより、ほんの少しだけ、空気が軽くなった気がした。

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