2.10_RIN⬛︎⬛︎.II
気づいたら、叫んでいた。
「琳也!!」
部屋にいる全員が、ぽかんとした顔になった。
リンが、思いきり怪訝そうな顔で言った。
「……誰」
「俺だよ! 加山! 加山結斗!」
「知らない」
「嘘だろ!? 毎日喋ってたじゃん!」
「……記憶にない」
「なんで!? 声も顔も、全部一緒なのに!」
「違う」
「一緒だって!!」
一歩、詰める。リンが、一歩引く。
一歩、詰める。リンが、一歩引く。
一歩、詰める。リンが、一歩引く。
ナルミとハグミの首が、俺とリンの動きに合わせて、左右にゆっくり動いている。テニスの試合でも観ているみたいに。
「これ以上、近づかないで」
「もうちょっとだけ、話を聞いてくれ!」
「聞かない」
「聞いてくれよ! 絶対分かるから! 琳也──」
「だから、琳也じゃ──」
カツッ。
足が、床のわずかな段差に引っかかった。
「あっ」
体が、前に傾く。バランスを取ろうとした手が、空を切った。止まれない。
そのまま、真正面へと倒れ込む。
どさっ、という鈍い音と共に、床に身体を打ちつけた。
「っ、痛たた……」
ぼんやりと、意識が戻ってくる。
顔が、何か柔らかいものに包まれていた。いい匂いがする。
とても、心地いい。
(……床って、こんなに柔らかかったっけ)
数秒間、ぼんやりとその余韻に浸っていて──ふと、気づく。
(……待て。これ、床じゃない)
ゆっくりと、視線を横に動かす。顔のすぐ側に、ジャケットの布地が見えた。
(……俺、今、どこに顔が……?)
恐る恐る、顔を上げる。
俺に押し倒された、リンがいた。
その目が、じっと、こちらを見下ろしている。
笑っていなかった。涼しくもなかった。ただ、静かに、ものすごい勢いで、怒っていた。
「……」
「ち、違っ──! 転んで──!!」
次の瞬間、身体が、宙を舞った。
「いっっっっ──!!!!」
背中から床に叩きつけられ、胸倉を掴まれる。視界いっぱいに、リンの顔が現れた。
「どういう神経してるの。初対面の人を、押し倒すなんて」
「転んだんだって!! 段差に、足が引っかかって──」
「転んで、そのまま数秒止まってた理由は?」
「っ……、気を失いかけてた!!」
「……ふーん」
信じていない顔だった。
「次は、ない」
「わ、分かりました! すみませんでした!!」
手が、離れる。
リンは、フードを深く被り直して、一言も言わずに部屋を出ていった。
扉が、静かに閉まる。
冷静に考えれば、あの格好だ。どう見ても、女の子だ。琳也のはずが、ない。
(何やってるんだ、俺は……)
しばらくの間、床に仰向けになったまま、天井を見上げていた。
(……消えたい)
*
のそりと起き上がると、ナルミとハグミが、こちらに寄ってきた。
ナルミは、口の端を、これでもかというほど吊り上げていた。にやにや、を通り越して、にったにたしている。
「ユイトってさあ〜」
「な、なんですか」
「へ・ん・た・い、だよね〜」
「転んだだけですって!!」
「でも、ちょっと余韻に浸ってたじゃん。気づいたら、すぐ離れなきゃ〜」
「気を失いかけてたんです!!」
「変態だ〜」
「違いますって!!」
ナルミが、腹を抱えてげらげら笑う。
「……ユイトさん」
ハグミが、口を開いた。
こちらは、一切笑っていなかった。真剣な目だった。
「リンさんは、NOiZEに入って、まだ日が浅いです。初対面で、あんなことをされたら、信頼関係どころか、一緒に戦うことすら難しくなります」
「……はい」
「転んだのが本当だとしても、その後の数秒は、言い訳できません」
「……はい」
「変態だと、思います」
「……はい」
三回連続で、はい、と言わされた。ぐうの音も出ないとは、こういうことか。
膝に手をついて、うなだれる。
「……どうしよう」
ぽつりと言うと、ナルミが、ぱん、と手を叩いた。
「よし! 今夜は作戦会議だ!」
「作戦会議?」
「リンへの謝罪大作戦! あたしたちも手伝ってあげる! ね、ハグミ」
ハグミが、静かに頷いた。
「……リンさんが、NOiZEの一員として動いてくれないと、困るので」
「ありがとうございます……」
「感謝は、成功してからです。ユイトさん。今夜は、寝られないと思っておいてください」
(ハグミさん、さらっと怖いこと言ってない!?)
ナルミが、袖をまくった。
「じゃあ、作戦会議、スタートだっ!」




