2.08_AstraCode.IV
「最後に、異能の話をする」
タロウが、俺を見た。
「異能、ですか」
「さっき、俺が使ったのを見ただろう。俺たちは、異能を使って戦う。その人の根っこにある想いや感情が、データとして形になったものだ。この世界の中でだけ使える力で、使えるかどうかは人による。ただ──」
タロウが、ヒナタに目配せをする。ヒナタが、小さく頷いた。
「ユイトさんには、おそらく、素質があります」
「……え」
「ここに来るまでの間、ずっと観察していました。ユイトさんの仕草や、反応を」
「……観察、ですか」
「悪意はありません。NOiZEに来た人は、最初に必ず全員チェックしているんです」
(じゃあ俺、会ってからずっと観察されてたのか……)
なんとも微妙な気分だった。チョコを食べながら、ちゃんと見ていたらしい。
「ユイトさん。よく、指でこういう形を作りませんか?」
ヒナタが、両手の人差し指と親指で、四角を作って見せた。
「……します」
する。
というか、それは俺の癖みたいなもので、構図を確かめるとき、無意識にやってしまう動作だった。そういえば、ここへ来る途中でも、二人の背中を四角に収めていた。
「その動作と、ユイトさんの感情の動き方に、強い関係が見られました。何かを“形に残す”ことへの、強いこだわり。異能は、そういうその人の根っこにある想いと結びついて、目覚めることが多いんです」
「つまり、俺の異能は、写真に関係する……?」
「可能性は、高いです。あくまで、可能性ですが」
「えっ、なにそれ!」
ナルミが、テーブルに身を乗り出した。
「写真に関係する異能、って言った? 今!」
「可能性の話ですが」
「可能性でも、かっこいいじゃん! あたし的には、ポイント高い!」
ハグミが、静かに俺を見つめて、言った。
「……楽しみに、しています」
「異能が目覚めるタイミングは、人それぞれだ。強く感情が揺れたとき、突然目覚めることもある」
タロウが付け加えた。
「焦らなくていい。ただ、覚えておけ。……お前には、才能がある」
膝の上で、そっと指を四角にしてみる。
無意識の動作。何年も繰り返してきた、構図を確かめるときの癖。
これが、元の世界へ帰るための鍵に、なるのかもしれない。
そう思うと、指先が、少しだけ熱くなった気がした。
*
会議が終わってから、俺は壁の光学模型を、ぼんやりと眺めていた。
情報量が、多い。
desire。fragment。LumenHeartのエラー。七つの欠けたデータ。
「……頭痛いって顔、してるね」
隣に、ナルミがすとんと座った。
「めちゃくちゃ混乱してるでしょ?」
「……してます。正直」
「だよね〜。あたしも最初に来たとき、同じこと全部説明されたんだけど、頭が爆発しそうだったもん。タロウさんもヒナタさんも、手加減しないから」
思わず、少しだけ笑ってしまった。
「あ、笑った笑った! 初めて笑ったね〜」
「そんなに笑ってなかったですか」
「ずーっと真剣な顔してたよ。まあ、仕方ないけど」
そのとき、ハグミが、静かに近づいてきた。
「……これから、一緒に頑張りましょう」
それだけだった。でも、彼女なりの“歓迎”なのだと、なんとなく分かった。
「はい。もちろんです」
そう返すと、ハグミは小さく頷いて、その場を離れていった。
「ハグミってさ、口数少ないけど」
ナルミが、少しだけ声を小さくして言った。今度は、ちゃんと小さかった。
「ちゃんと、みんなのこと気にかけてるの。ああいう子なんだよね、ハグミって」
ナルミは笑った。誇らしげなのか、からかっているのか、よく分からない笑い方だった。
たぶん、両方なんだと思う。
*
「さて、と!」
ナルミが、ぱんと手を打って立ち上がった。
「ユイト、お腹空いてるでしょ? ご飯にしよ!」
「え、ご飯、あるんですか」
「あるよ〜。あるには、ある」
あるには、ある。
その含みのある言い方が、少しだけ気になった。
連れて行かれたのは、拠点の奥にある、小さな部屋だった。壁際に、銀色の四角い装置が、ぽつんと据え付けられている。
「これが、食料の生成装置! ボタン押すと、ご飯が出てくるの」
ナルミがボタンを押すと、装置の扉が開いて、湯気の立つプレートが出てきた。パンと、スープと、肉のような何か。見た目は、悪くない。
「栄養は、ばっちりです」
いつの間にか後ろにいたハグミが、静かに言った。
「いただきます」
スープを、一口すする。
…………。
パンを、一口かじる。
……………………。
肉のような何かを、一口。
「……味が、しない」
正確には、するにはする。ただ全部、同じ味がした。うっすらとした塩味と、なんとも言えない、無機質な食感。パンも、スープも、肉も、全部が同じ味。
(〈Ernex〉の最適化より、ひどい……)
あの完璧な朝ごはんが、少しだけ恋しくなった。
「でしょ〜?」
ナルミが、なぜか得意げに言った。
「みんな、最初はその顔するんだよね。あたしも泣いた」
「泣いたんですか」
「三日くらい」
「……いつか、ちゃんとした味にしたいと、思っています」
ハグミが、装置を見つめながら、小さく言った。その目は、わりと本気だった。
ふと見ると、部屋の隅で、ヒナタが一人、板チョコをかじっていた。
「……ヒナタさんは、食べないんですか」
「だから、僕はチョコなんです」
にこりと笑って、言い切られた。
「……ヒナタさんのチョコだけは、ちゃんと味がするんです」
ハグミが、小さく補足した。
「生成装置の調整、チョコだけは、一番最初に終わらせたので。……ヒナタさんに、毎日お願いされて」
「その節は、本当にお世話になりました」
ヒナタが、ハグミに向かって深々と頭を下げた。チョコをかじりながら。
なるほど。謎が一つ、解けた気がする。
そして、新しい謎が一つ増えた。調整の優先順位、チョコが一番なのはおかしくないか。
その隣で、タロウが、無言でプレートを空にしていた。
「……タロウさん、平気なんですか」
「慣れる」
短い一言だった。
この人は、たぶん、何にでも慣れてしまう人なんだろう。
味のしないスープを、もう一口すする。
やっぱり、味はしなかった。
でも、さっき一人で歩いていた路地より、ずっと温かい気がした。




