2.07_AstraCode.III
「じゃあ、次は、この世界の説明をする」
タロウが、壁の光学模型を指さした。
「ここが、Neo-Edenだ。俺たちが今いる都市で、AstraCodeの中心にある」
地図の中央付近に、赤い光点が灯っている。現在地、ということらしい。
タロウが手を動かすと、その赤い光点のすぐ近く、ひときわ明るく輝く場所が、ぐっと拡大された。
「そして、これが──|AstralSpineだ」
Neo-Edenのど真ん中を、まっすぐに貫く、巨大な螺旋の塔。
この世界に来てから、ずっと見えていた、あの塔だった。
「AstralSpineって、何なんですか?」
「この世界全体の演算を管理している、LumenHeartという装置が、あの中にある。AstraCodeを動かしている心臓みたいなもんだ。……詳しい話は、ヒナタに任せる」
タロウが、ヒナタに目を向けた。
ヒナタは、さっきテーブルの端に置いたチョコに、手を伸ばさなかった。
どうやら、大事な話をするときは、チョコを手放すらしい。
「まず、desireについてです。ユイトさんは先ほど、一体と遭遇しましたね」
「はい。あの、靄みたいなやつ」
「あれは、“下位desire”と呼ばれる種類です。AstraCodeの中に自然に湧いて出る、比較的小型の個体です。あれは、弱い方です」
(あれで……)
「弱い方、なんですか」
「そうそう、弱い方〜」
ナルミが、腕を組んで、うんうんと頷いた。
「さっきのやつ見て、詰んだって思った?」
「……思いました」
「最初はみんなそうだから、安心して! あたしも最初は、あ、終わった〜って思ったもん」
「ナルミさんも、ですか」
「うん。ヒナタさんに助けてもらったの。めちゃくちゃ恥ずかしかったんだから」
「昔のナルミさんは、可愛かったんですよ」
ヒナタが、穏やかに言った。
「今も可愛いでしょ〜!?」
ナルミが、半ギレで言い返す。
ヒナタは、その抗議を華麗に聞き流して、話を続けた。
「desireを倒すと、内側に溜め込まれていたデータが解放されます。光の粒になって、空気に溶けていくように見えるんですが……ご覧になりましたか?」
「見ました。なんか……綺麗でした」
「その光の粒を、fragmentと呼んでいます。簡単に言えば、データの欠片ですね」
光学模型の上で、小さな光の粒が、ゆっくりと都市の中心へ向かって流れていくアニメーションが映し出された。
「そのfragmentが、最後に辿り着く先が──LumenHeartです」
AstralSpineの内部。光り輝く、巨大な球体の映像が、拡大される。
「そのLumenHeartが、今、エラーを起こしています。こういうログが、残っていて」
ヒナタが手をかざすと、光学模型の隣に、文字列が浮かび上がった。
> execute(⬛︎⬛︎i⬛︎i⬛︎⬛︎⬛︎i⬛︎⬛︎)
[ERROR] Process failed.
Reason: Required dataset missing -- "⬛︎⬛︎⬛︎i⬛︎⬛︎.dat" not found.
> status: incomplete
「……何が書いてあるんですか、これ」
「分かりません。何かの処理を実行しようとして、必要なデータが足りないせいで止まっている。それだけは読み取れるんですが、何の処理なのかまでは、まだ解析できていないんです」
「この文字列、なんか、怖くないですか?」
思わず、口から出ていた。
「だよね!?」
ナルミが、身を乗り出した。
「……私も、少し、怖いと思いました」
ハグミが、小さな声で言うと、
「だよね!!」
ナルミが、また声を上げた。ずいぶんと、賑やかな会議だ。
「fragmentをLumenHeartに還していけば、このエラーが解消されるかもしれない。だから、NOiZEは、desireを倒しています。ただ──」
ヒナタが、少しだけ声を落とした。
「解析を重ねるうちに、特に“七つのデータ”の欠損が、このエラーの根本的な原因になっていることが分かってきました」
「七つのデータ……?」
「通常のfragmentとは別の、特別なデータです。詳しいことはまだ解析中ですが、その七つが欠けているせいで、処理を完了できずにいる可能性が高い」
光学模型の上に、七つの光点が浮かび上がった。そのうちの一つだけが、色を薄くする。
「一つは、すでにLumenHeartに還っていることを確認しています。ただ、残りの六つが、どこにあるのか。今のところ、場所は分かっていません」
「六つのデータが、行方不明ってことですか」
「そうなります。何か分かり次第、随時、共有します」
「一つは還ってきてるってことはさ、desireを根こそぎ倒し続ければ、そのうち出てくる、みたいな話?」
ナルミが、首を傾げながら聞いた。
「それも、解析中です」
「もうちょっと、はっきりしてほしい〜!」
「解析中なので」
「……今は、目の前のdesireを倒していくしかない。そういうことだな」
タロウが言った。余計なものを全部削ぎ落とした、タロウらしい一言だった。
改めて、光学模型を見つめる。
浮かんでいる、六つの光点。
(六つ、か)
途方もない数字では、ないのかもしれない。
でも、さっき下位の靄たった一体に死を覚悟した俺には、まだ、その先のことを考える余裕なんてなかった。




