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水槽の人魚

「なにこれ!すっごく大きい!」


泰造じいちゃんの船に乗り、昨日と同じ場所にやって来ると瑠璃さんが既に待っていた。


瑠璃さんは昨日と同じようにじいちゃんの船縁にあがり腰掛ける。

友蔵さんから譲り受けた大きな水槽が目に入り、彼女は目を輝かせていた。


「ふっふっふっ…これがあれば瑠璃ちゃんを我が家にご招待できると思ってな!」


じいちゃんは自慢気に水槽を見せびらかす。

海水は浅瀬で水槽を倒し、水槽の半分くらいまで入れてきた。


道中聞いた話だと、昨日僕が眠ったあとに友人達に人が入れそうな程大きい水槽を持っていないか聞いて回っていたとのこと。

ほとんどの人が持っておらず、持っていたとしても自分で使用していると言われていたが、唯一友蔵さんだけは倉庫に眠っているから譲ると約束してくれたらしい。


「確かに私も入れそう!

早速入ってもいい?」


「もちろん!入ってみなさい!」


じいちゃんの返事を聞くと瑠璃さんはキラキラした目で僕を見る。


「奏多!私を水槽まで運んで!」


彼女に言われた言葉に面喰らう。

何故僕なんだ?聞き間違いか?

僕なんかよりじいちゃんのほうがガタイがいいし、彼女をスマートに運べるだろう。


「はーやーくー!」


瑠璃さんは床を尾ビレでピタピタと叩いて催促した。

じいちゃんを見てみるとニコニコと気持ちのいい笑顔で僕を見ている。


僕の味方はいない。

腕まくりをし、覚悟を決めて瑠璃さんを抱き上げる。


……が、持ち上がらない。

上半身に抱きついて抱っこで持ち上げようとしたが、尾ビレが長く引きずってしまう。


「奏多、それじゃ瑠璃さんが傷ついてしまうだろう。

お姫様抱っこじゃないと!」


泰造じいちゃんはこうっとお姫様抱っこのジェスチャーをする。

一度瑠璃さんを降ろし、お姫様抱っこに挑戦する。


……が、持ち上がらない。

上半身と尾ビレに手を回して持ち上げようとしたが、わずかにしか浮かない。

踏ん張って再度挑戦するも、たたらを踏んでしまい慌てたじいちゃんに支えられる。


瑠璃さんとじいちゃんからなんとも言えない視線を感じる。


「あのさ、奏多!

もうちょっと逞しくなってよ!

私を運べるくらいにはなってもらわないと!」


「うーむ…そうだな、奏多!

今日から一緒に身体を鍛えよう!」


2人からエールを貰う。

持ち上がらないだろうとは思ってはいたが、こんなに全く持ち上がらないとは思わなかった。

僕は自分の非力さに落ち込む。


「あ、いや!

そりゃ俺は毎日漁やらダイビングをしてるからな!

毎日学校に通って勉強している奏多とは使ってる筋肉が違うし、俺は勉強はからっきしだから奏多のほうがすごいぞ!」


落ち込んだ僕に気づいたのだろう、泰造じいちゃんは慌ててフォローしてくる。


「えーでも力がないとすぐに死んじゃうよ!

奏多なんてサメに襲われたら逃げ切ることができないし、亀に乗っかかられたらどけることもできないし。

少なくとも軽い(・・)私くらいは運べるようにならなきゃ!」


「軽い」を強調しながら瑠璃さんは僕の首に手を回した状態で不満げに僕を見てくる。

人魚でも人間と同様に女性は体重を気にするものらしい。


「すみません、全く運動してこなかったもので…」


最近の睡眠不足や食欲がなかったせいで元々多くなかった体力や筋力が落ちていると感じる。


これまでの運動経歴は体育くらいで、体育の評定も可も不可もなく普通という結果だった。

唯一、小学生のときに父さんに連れられて始めたダイビングが体育以外での運動になっている。

15歳の誕生日を迎え、ジュニアライセンスから大人と同じ初級ライセンスに更新した。

高校生になったら父さんと中級ライセンス取得に向けて特訓しようと約束したことが遠い昔のようだ。


ちなみにダイビング中にサメに襲われたり亀に乗っかられる体験をしたことはこれまでない。

きっとこれからもないだろう。

いや、あってたまるか。


「もう!今日はしょうがないけどちゃんと力つけてよね!

泰造ちゃん、運んでー!」


瑠璃さんは泰造じいちゃんに手を伸ばす。

じいちゃんは僕から彼女を受け取ると、軽々お姫様抱っこをする。

瑠璃さんは満足げにじいちゃんに運ばれている。


「奏多は奏多のペースで体力をつけていくといい!

筋トレとか筋トレ飯とか手伝えることは手伝うからな!」


じいちゃんは瑠璃さんを水槽に入れながら僕に言う。

彼女はキラキラした顔で満足げに水槽に収まる。


「ちょっと狭いけど大丈夫そう!

これなら泰造ちゃんと奏多の家に行けるよ!」


「それはよかった!

そうしたら今日は一緒に昼でも食べるか!」


「やったー!一緒に食べる!!」


瑠璃さんは子供のようにはしゃいでいる。

じいちゃんは彼女を優しい顔で見ている。


僕は自分の非力さに、他人はできるのに僕にはできない事実に落ち込む。

もっとしっかりしなければ、できるようにならなければ---心が義務感に支配される。


「よし、家に帰るぞ!」


じいちゃんは船を操縦して船着き場へと舵をきった。

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