星が綺麗な夜の嘘
目が覚めると辺りは真っ暗だった。
時計を見ると21時…10時間程寝ていたらしい。
最近は眠りが浅かったため、こんなに寝れたのは久々だった。
昨日までの身体の痛みもすっかり引いたみたいだ。
トイレへ行くために扉へ向かうと、じいちゃんからのメッセージが貼られていた。
『ご飯は冷蔵庫に入れておくから、好きなときに温めて食べなさい』
寝ている僕を起こさないようにしてくれたらしい。
じいちゃんはいつも20時くらいには寝ているからもう寝ているだろう。
あまりお腹は空いていない。
さっきまで寝てたからまだ寝れない。
家にいてもやることがない。
夜風にあたりに行こうかな。
そう思い、トイレのあと部屋に戻らず僕は散歩に出かけることにした。
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行く当てもなく、ふらふらと歩いていると瑠璃さんと初めて出会った桟橋へとたどり着く。
ここは船着き場からも近く、泰造じいちゃん家まで5分くらいの場所だ。
立ち寄る人が滅多にいないため、じいちゃん家のプライベートな場所となっている。
桟橋に腰掛け、足を海につける。
足がひんやりし、熱気で火照っていた身体が冷まされていく。
沖縄に来てから1週間程経ったが、昨日と今日ほど驚き疲れたこともない。
物語の中でしか聞いたことがない人魚に助けられ、会話し、瑠璃というあだ名をつけた。
瑠璃さんはやたらとテンションが高いし、波長が合ったのかじいちゃんとの会話のテンポもよかった。
改めて思うが、じいちゃんも瑠璃さんもコミュ力が高すぎる。
それに比べて僕は…
---どんどん深い自己嫌悪へと落ちていく感覚がする。
「奏多!お昼ぶりー!」
声をかけられ、回想していた意識が現実に戻る。
そこには瑠璃さんがいた。
「奏多いるかな?って思って来てみたけどほんとにいると思わなかった!こういうのを人間は運命っていうんでしょ?」
「……瑠璃さんこんばんは。その言い方だと僕に会いに来たように聞こえるのですが」
「そうだよ!お昼に会ったけど、全然話し足りないなーと思って!奏多も夜の散歩?今日も星も月も綺麗だもんね!」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
何故かはわからないが、瑠璃さんは僕と話に来たみたいだ。
「そうですね…僕も散歩です」
「あ、やっぱり?
このあたりの海って綺麗だし夜は静かだし、波は穏やかだし空を見るには絶好のスポットだよねー!」
瑠璃さんは仰向けで海に浮かび、波に揺られて夜空を見ている。
僕も夜空を見上げる。
久しぶりに星や月をみた気がする。
いや、見てはいたが星や月を風景の1つとしてカウントし、それぞれを認識していなかったというのが正しい。
こんなに月は明るかっただろうか。
こんなに落ちてきそうなほどの星がキラキラ輝いていただろうか。
沖縄に来てから初めて気づいた。
「……綺麗だな」
夜空を見上げながらポツリと呟く。
無意識に出た一言は瑠璃さんの耳に届いたようだ。
「やっぱり綺麗だよね!
もちろん沖のほうが明かりも少ないし静かだからもっと綺麗なんだけど、ここは程よく人の住んでいる音が聞こえていいんだよねー」
瑠璃さんの発言に疑問を覚える。
ここは近くには泰造じいちゃん家くらいしかない。
隣家もお店も車で15分以上かかる。
車も滅多に通らないため、人の住んでいる音というのは全く聞こえないのだ。
「あの、人の住んでいる音って聞こえますか?
波の音くらいしか聞こえないと思うんですけど……」
「えっ聞こえるよ!
お風呂入ってる人もいるし、大勢で楽しそうに騒いでいる人もいるし、嬉しそうに電話してる人もいるし…!」
当たり前のように言われるが、全く聞こえない。
「そうなんですね、瑠璃さんって耳がいいんですね」
「もしかして、人間は聞こえないの?
でもそれならこの間の波が襲ってきたときに全然気づいてなかったのも納得!」
「あの、この間の波ってなんのことですか?」
「お昼に泰造ちゃんと話してたやつ!あのね、昔うっかり漁師の網に引っかかっちゃったことがあって…」
瑠璃さんは、まるで昨日の失敗談でも話すように笑った。
「もう駄目だーって思ったんだけど、漁師っていうのかな?網を持ってた人が逃がしてくれたの!変な人だよね、せっかく捕まえたのに」
それが、瑠璃さんと人間との最初の出会いだったらしい。
人間というものに興味を持った瑠璃さんは、それから何度もその漁師と会った。
桟橋だったり浜辺だったり沖だったり、漁師を見つけてはいろんな会話を楽しんだそうだ。
そんなある日、瑠璃さんの耳は海の底から響く低い唸りをとらえた。
僕たち人間には決して聞こえない、魚たちが一斉に逃げ出すときのざわめきも彼女の耳はとらえていたらしい。
「あ、これ大きい波が来るやつだ!ってすぐにわかったの。
だから教えてあげたんだ、あの人に!」
瑠璃さんの言葉を聞き、漁師は島中を走り回り皆に高台へ逃げるよう伝えた。
漁師の言葉を笑い飛ばす島民もいたが、彼の気迫に負けて避難できたらしい。
その夜、本当に津波が島を襲った。
だが、奇跡的にも命を落とした人はほとんどいなかった----
それ以来、島の人々は瑠璃さんを"ザン"と呼び、島を救った英雄、神様として崇めるようになった。
「でもね、すっごく不思議なの」
彼女は背を起こして、首をかしげた。
「聞こえたことを言っただけなんだよ?
なのに、みんな私に対して拝んでくるんだもん。
あの人もずーっと気軽に話してたのに、あの日以降はザン様!って呼んできてさ…
なんで急にあの人は変わったんだろって、不思議じゃない?」
「不思議…ですか?津波の被害を食い止めたのだからそんな扱いになるのもわかりますよ」
「奏多わかるの!?すごい!!
私はずーっとわからなくて…
急にそんな扱いされるようになって全然おしゃべりもできなくなっちゃったし、つまらなくなったからしばらく違うところに行ってたんだよね。
ねぇ、なんでこうなったのか教えて!」
僕は言葉に詰まった。
瑠璃さんからしたら津波が来ることを予測できたのは当たり前のことなのだ。
きっと世間話の一環で会話していたのだろう。
だが人間にとって---特に科学が発展していない時代からしたら、彼女が津波が来ることを言い当てたのは神の御業にも等しい。
自分にとって当たり前のことが他人にとっては当たり前ではないことを理解することは簡単なことではない。
特に瑠璃さんは人魚だ。
種族が違うと人間の感覚は理解できないことが多いだろう。
実際にさっきまで僕自身が彼女を僕の当たり前に当てはめようとしていた。
なんて答えようか。
悩んでいた僕に気を遣ったのか飽きたのか、彼女は自身の尾ビレの手入れを始めた。
「ねぇ奏多!泳ごうよ!!
今の時間だと珊瑚の産卵が見られるかも!」
「え…?今からは無理ですよ。
危ないし装備もないし」
「えーなんで?昨日も同じような格好で泳ごうとしてたじゃない!」
瑠璃さんからの指摘に再び言葉に詰まる。
昨日は泳ごうとしてたわけではない。
ただ全てがどうでもよくなっただけだ。
「奏多?どうしたの?」
瑠璃さんは不思議そうな顔で僕を見てくる。
彼女に見つめられると居心地が悪くなってくる。
「昨日は泳ごうとしてたんじゃないんです…
その…落ちちゃっただけで」
僕の言葉を聞き、瑠璃さんはキューと大笑いをした。
「奏多ってドジなんだね!
私みたいに空も海も楽しむ散歩をしてたと思ったのに!」
「…そんなに笑わないでくださいよ」
誤魔化して伝えたのに大笑いされると恥ずかしい。
僕は誤魔化すようにそっぽ向いた。
「だって可笑しいんだもの!
陸を歩くための二本脚があるのに海に落ちてくるなんて!」
彼女はキューと笑って海に潜っていった。
彼女の笑い声が泡となって海面に浮かんでくる。
「そんなに笑うならもう帰ります!」
僕は恥ずかしさを誤魔化すように立ち上がると泰造じいちゃん家に足早に歩き始める。
「あ、待って奏多!」
海面から顔をだした瑠璃さんに呼び止められた。
僕は足を止め、「なんですか」と彼女のほうを見やる。
「おやすみ!また明日ね!」
瑠璃さんは笑顔でひらひらと手を振る。
僕は彼女から視線を外しながら「おやすみなさい」と呟き、じいちゃん家に足を進めた。
沖縄に伝わる人魚の伝承をモチーフにしています。人魚の能力は創作です。




