人魚の願いごと
雨が降っている。
南の島特有のスコールのようだ。
僕は友蔵さんの車に乗って泰造じいちゃんと一緒に帰ってきた。
「奏多、1人がいいか?
それとも俺が一緒にいたほうがいいか?」
じいちゃんが問いかけてくる。
僕の不調はじいちゃんに見抜かれているようだ。
「ごめん1人になりたい。部屋に引きこもるね」
僕はそそくさと自分の部屋へ向かう。
部屋に着くと布団に潜り込む。
友蔵さん一家に迷惑をかけてしまった。
じいちゃんに気を遣わせてしまった。
今はない、幸せな頃を思い出してしまった。
気づくと涙が溢れてくる。
…泣いても無駄なのに。
そう思っているのに止まる気配がない。
ーー疲れた。何も考えたくない。
雨の音をBGMに、僕は目を閉じた。
---------------------
コンコン
ドアがノックされる音で目が覚める。
いつの間にか寝てしまったらしい。
ドアから明かりが差し込み、じいちゃんが顔をのぞかせる。
「奏多、起きてるか?
夕飯の準備ができたぞ」
「じいちゃん、ごめん。
お腹空いてなくて」
「わかった、そうしたらラップして置いておくからお腹が減ったら食べなさい」
ドアが閉まりかけるが、またドアが開く。
「そういえば瑠璃ちゃんと約束をしていたが、どうする?
無理そうなら俺から瑠璃ちゃんに断りをいれておくぞ」
そういえば瑠璃さんと桟橋で話そうと約束をしていた。
じいちゃんの提案をありがたく受け取ろうとしたが、瑠璃さんの顔が思い浮かぶと動作が止まる。
誰にも会いたくない、喋りたくないと思っているのに無性に瑠璃さんに会いたいと思ってしまう。
「大丈夫。
瑠璃さんとは約束してるし、会いに行く」
「そうか!
そうしたらタッパーに夕飯を詰めてあげるから瑠璃ちゃんと一緒に食べなさい!」
じいちゃんは今度こそドアを閉めてダイニングへ行ったようだ。
何故瑠璃さんに会いたいと思ってしまったのか、自分でもわからない。
きっと約束を守らないといけないと考えたからだろう。
そう結論づけ、僕もダイニングへと向かう。
----------------------
いつの間にか雨が止み、月が出ている。
「夜道は暗いからな、懐中電灯で照らしながら気をつけていくんだぞ!」
泰造じいちゃんに送り出され、僕は瑠璃さんと約束した桟橋へと向かう。
まだ早いかなと思っていたが、既に瑠璃さんは桟橋にいた。
「あ、奏多ー!こんばんは!
何を持ってるの?」
「瑠璃さん、こんばんは。
これはじいちゃんが瑠璃さんと一緒に食べろって…」
「え!泰造ちゃんのご飯!?
やったー食べる!!!」
瑠璃さんは桟橋に腰掛け、尾ビレは海につけている。
僕は靴を脱いで瑠璃さんの隣に座り、足を海につける。
生ぬるいが心地よい。
「奏多!はやくはやく!」
瑠璃さんはじいちゃんのご飯を催促する。
「はいはい」と言い、じいちゃんが持たせてくれた2つのタッパーを開ける。
グルクンの唐揚げ、ゴーヤーのおひたし、ミミガーの酢の物、卵焼き、スパムおにぎり。
どれも隙間なくそれぞれのタッパーに詰められている。
「どれも美味しそう!
ねぇねぇ!食べていい?」
待ちきれない様子で瑠璃さんはお箸を握る。
「うん、食べよう。
いただきます」
「いっただきまーす!
んー!すっごく美味しい!」
瑠璃さんのタッパーにあったおかずは勢いよく彼女の口に収まっていく。
美味しそうに食べるな、よく噛んでいるのだろうか。
瑠璃さんを横目に僕も口に運ぶ。
体が温かくなる感覚がする。
一口食べるともっと寄越せと身体が強請ってくる。
もう一口、また一口と口に運んでいく。
お腹が空いていないと思っていたが、僕が気づかなかっただけで身体はご飯を求めていたらしい。
ふと視線を感じて振り返ると瑠璃さんが僕の手元を物欲しそうな目で見ている。
どうやら自分の分は全て食べ終えたらしい。
「よければおにぎりと唐揚げ1個食べる?」
「え、いいの!?
でもそれ奏多のものだし…」
瑠璃さんが遠慮したことに驚く。
この間のランチでは余っているものがあれば横から奪っていったのに。
「え、いらないの?」
「いる!
でも泰造ちゃんが人のものを取らずにおかわりしろって言ってたから貰っていいのかわからなくて」
正直、瑠璃さんが人間のルールをずっと守ってくれるとは思っていなかった。
瑠璃さんが歩み寄ってくれたことが嬉しい。
「僕がいいよって言ってるのだから構わないよ。
よければ食べて」
「ほんと!そうしたら食べる!」
瑠璃さんは笑顔で僕から唐揚げとスパムおにぎりを受け取ると大きな口で頬張る。
とても幸せそうだ。
「瑠璃さんって美味しそうに食べるよね」
「だって美味しいんだもの!
人間のご飯ってこんなに美味しいものなんだね」
「うん。気に入ってもらえてよかった。
そういえば海でもお箸って使うの?」
ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
この間海の食事を聞いていたが、魚とかを鷲掴みで食べているイメージしか浮かばなかった。
「え、使わないよ!
魚を食べるときはこうやって食べるの!」
瑠璃さんはスイカを食べるようなジェスチャーをする。
どうやら僕のイメージ通り、鷲掴みで食べているみたいだ。
「そうなんだ。
お箸の使い方を知っていたから、てっきり海でもお箸があるものだと思ってた」
「うーんとね、多分誰かに教わったんだと思う!
覚えてないけど」
瑠璃さんは思い出そうとうんうん唸っている。
ずっと昔から生きているんだから、思い出せないことの1つや2つくらいあるよな。
僕は1人で納得する。
しばらく百面相をしていた瑠璃さんだったが、「わからない」と諦めたように笑った。
「多分記憶を使っちゃったんだと思う」
「記憶を使うってどういうこと?」
瑠璃さんはうーんと何かを悩んでいたが、まぁいいか!と僕に向き直る。
「あのね、私たち人魚は自分の記憶を代償にして願いを叶えることができるの!
何の記憶が消えるのかはわからないから厄介なんだけどね」
「えっと…ほんとに?」
瑠璃さんの言っていることが信じられなくて聞き返してしまう。
「ほんとだよ!
最近だと奏多に使ったの!覚えてない?」
「え、僕に?ごめん、わからない…」
「奏多が空から落ちてきたことあったでしょ?
あの時の奏多、ボロボロだったから早く治るようにってお願いしておいたの!
あ、完全に治そうとすると私が治したという記憶も失う可能性があったからあくまで応急処置レベルだけど…」
瑠璃さんはごめんねーと慌てて謝ってくる。
僕は数日前を思い出す。
確かに僕は防波堤から落ちた。
着水のことなど何も考えずに落ちたから、身体を海面に叩きつけて着水したことだろう。
5メートルくらいといえども何かしらのダメージを負ってもおかしくないが、打撲程度で済んでいた。
それに翌日くらいで痛みはひいていた。
「もしかして桟橋に運んでくれたときに治してくれたの?」
「そう!まさか落ちてくるなんておもわなかったし、痛そうだったから運んで治したの!」
瑠璃さんは「褒めて!」と笑顔で言ってくる。
「瑠璃さん、ありがとう。
でももう僕のことを助けてくれなくていいから」
「なんで?奏多、嬉しくなかった?
やっぱり完全に治したほうがよかった?」
僕の言葉に瑠璃さんがおどおどする。
「違う…感謝してるよ。
すぐに痛みもひいたし、本当にありがとう。
でも、瑠璃さんの記憶を代償にするのは嫌なんだ」
瑠璃さんは不思議そうな顔をしている。
「瑠璃さんは記憶なくしてもいいの?」
「よくはないよ!どんなことでも覚えていたい!
でも、記憶が消えても誰かが笑ってくれるのが嬉しいから」
瑠璃さんは迷ったように笑う。
「記憶を失ってもまた新しく記憶していけばいいし!
それにね、1つのことでもいろんなことを記憶していけばそのことを覚えていられる可能性があるって気づいたの!
だからいっぱいいろんなことを知るようにしてるんだ」
瑠璃さんははにかんだ笑顔を見せる。
「だから奏多のこともいっぱい教えて!
今後奏多との記憶が無くなっちゃう可能性もあるけど、奏多のことを1つでも覚えていたらそこから奏多のことを知ろうって思えるから!
奏多のこと何も覚えていなかったら知ろうとも思えないでしょ?」
瑠璃さんの言葉に戸惑ってしまう。
記憶を覚えておきたいと言いながらも、忘れても思い出せるように手がかりを残そうとしている。
瑠璃さんは辛くないのだろうか。
いつもお読みいただきありがとうございます。
続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや☆☆☆☆☆で応援していただけると励みになります。




