僕の知らない父さん
桟橋へ到着し、そっと水槽を横に倒す。
瑠璃さんはするりと水槽から海へと移動する。
「今日はすっごく美味しかった!
来週も楽しみにしてるね!」
「うむ!来週も腕によりをかけて美味いものをつくるからな!
楽しみにしてなさい」
じいちゃんは片腕を曲げて力こぶをつくり、もう片方の手でぽんと叩いてみせた。
楽しみー!とはしゃいでいた瑠璃さんはふと僕のほうを見る。
「ねぇ奏多、明日の夜ここでまた会わない?
また一緒に夜空でも見よ!」
「…別にいいですけど」
「また敬語になってるー!」
瑠璃さんの提案に驚いていると、彼女から言葉遣いに対して指摘が入る。
気を抜くとこれまでの話し方が出てしまう。
「2人とも、夜会うのはいいがこのあたりは暗いからな。気をつけるんだよ」
夜出かけることをじいちゃんに反対されるかと思っていたが、意外とすんなり許された。
「はーい!奏多もうっかり落ちないように気をつけないとね!」
「そ、そうだね。気をつけるよ」
じいちゃんには海に落ちたことを知られたくない。
瑠璃さんがこれ以上落下に関して言及する前に前のめりに返事をする。
瑠璃さんは不思議そうな顔をしたがさほど気にした様子はなく、じゃあねーとそのまま帰っていった。
「よし、奏多。帰るか!」
じいちゃんは瑠璃さんが入っていた水槽を台車に乗せ直し、家の方向に歩き出す。
僕もじいちゃんのあとに続く。
「奏多と瑠璃ちゃんは仲良しだな!」
「そんなことはないと思うけど。
僕よりじいちゃんのほうが仲良しに見えるし…」
「俺からしたら孫が2人になったみたいな感覚だな!
2人が話してるのを見ていると泰斗の小さい時を思い出したよ」
泰斗とは僕の父さんだ。
じいちゃんは懐かしむように僕に父さんの話をしてくれる。
「泰斗はやんちゃなやつでな、いつも冒険に出るんだーと島中を走り回っていたんだ。
島の子供なんて30人もいなかったから、年齢関係なくみんなに声をかけて海やら町中やらいろんなところに出没してたな。
崖から海に飛び込んだり、ハブを刺激して度胸試しとか結構危ない遊びもやっててな。
仲の良かった女の子に見つかるとこっ酷く叱られていたわ」
「父さんってそんな子供だったんだ」
がははとじいちゃんは声をあげて笑う。
僕の知らない父さんが話の中にいる。
「小学生のころだったかな、初めてダイビングに連れて行ったときはそれはもうワクワクしていることが一目でわかるくらいだったよ。
はしゃぎすぎて船から海に落ちてしまってな、大人は慌てて泰斗を助けようとするんだが、当の本人はずっと楽しそうに笑ってる。
気をつけろと叱ってもニヤニヤを隠しきれていない顔で返事するから、こっちも叱るどころか不思議と笑顔になってしまうんだ。
いざ海に潜ったときはいろんなところに行きたくてウズウズしてたのが手に取るようにわかってな、勝手に行かないように引っ張ったり興奮して空気を使い切らないように心配ごとがつきなかったよ」
僕は父さんと初めてダイビングした日を思い出す。
はしゃいで海に落ちないように、勝手に泳いでいかないようにと言い含められたが、あれは父さんの実体験だったのか。
「時間になって海からあがるときはもっと潜るって泣きながら駄々をこねてな。
俺も嫁さんもどうしようかと頭を悩ましていたら、ダイビング体験にきていた女の子が近づいてきて『なんで泣いてるの?』『また海に潜ればいいじゃない、楽しみができてよかったね』って声をかけてくれてな。
泰斗のやつは単純で、女の子の言葉で笑顔でうん!って言うもんだから大笑いしたわ!」
「それ聞いたことがあるかも。
父さんの初恋の人だって」
初めて父さんと2人でダイビングに行ったときに父さんが話してくれた初恋の話だった。
母さんには秘密だよと言われ、初めての男同士の約束に胸が高鳴ったものだ。
「そうそう!
その女の子は家族旅行中だったんだが、旅行に一緒についていくと言って、今度は駄々をこね始めてな。
俺たちがまた頭を抱えていたら、あちらのご両親は笑って『よければ一緒に観光しませんか』と言ってくださったんだ。
次の日は一緒に水族館に行ったんだが、女の子が泰斗に質問攻めをしててな。
魚の名前とか食べ物とかを聞かれても答えられなくて、泰斗のやつはよっぽど悔しかったみたいでそのあとは真面目に勉強をし始めたんだよ」
僕が海に関する質問をすると父さんはなんでも答えてくれた。
父さんが初恋の人のために覚えた知識のおかげで僕は海のことをたくさん知ることができた。
母さんのことを思うと複雑な気持ちになる。
「ちなみにその女の子は誰かわかるか?」
じいちゃんは茶目っ気たっぷりの顔をする。
「――香織さん。
奏多のお母さんだよ」




