第54話: 『全知』の書の書き換え
第56層。
そこは、これまでの神殿とは異なり、無数の巨大な光のスクロールが、虚空を幾重にも取り囲むように回転している、図書館のような静かな空間であった。
世界の過去・現在・未来のすべての出来事が自動的に記録され、記述されている、世界システムの履歴ログデータベース―― 『アカシック・レコード』。
その部屋の中央に、巨大な羽ペンの形をした光の神格――『記録神トート』が静かに浮遊していた。
「侵入者よ。お前たちのこれまでのすべての行動、それからこれからの未来の選択は、すでにこのアカシック・レコードに『確定した記述』として書き込まれている。お前たちがここで敗北し、消去されることもまた、世界の決定事項なのだ」
トートの無機質な声とともに、周囲の巨大なスクロールが一斉に開き、レイたちのこれまでの戦闘データや、これから10秒後にレイたちが取るべき行動の予測記述が、光の文字となって空中に投影された。
神が未来を「記述」しているがゆえに、レイたちの攻撃はすべて先読みされ、いかなる手段も無効化されるという、絶対的な因果の檻である。
「未来がもう決まってる、か。………………・それって、このデータベースが絶対に書き換えられないっていう、前提があっての話だよね」
レイは一歩も動かず、その金色の瞳で、トートが持つ巨大な羽ペンの『書き込み権限』をスキャンした。
【鑑定対象:記録神トート】
特性:世界のログへの直接書き込み、未来 of 因果の固定。
脆弱性:ログの整合性を維持するためのシステム処理に欠陥があり、外部からの割り込みに弱いです。
「あなたが書いた記述なら、僕が上書き保存しちゃえばいいだけだよ。――『因果インジェクション』」
レイが静かに手をかざすと、彼の【神眼】から、トートの羽ペンに向けて、無数の黄金のダミーデータが高速で注入された。
ハッキング: アカシック・レコードの『未来記述テーブル』に直接割り込み。10秒後の記述を 【トート自身が自らを消去する】へと書き換えます。
ピキィィィン !
「な・・・・・・!? 何ですか、この膨大な不正書き込みは・・・・・・!? データベースの整合性が、崩壊していきます・・・・・・!待ちなさい、私が、私自身の存在を『不要なログ』として消去している・・・・・・!?」
トートの光の羽ペンが、主の意志を無視して、激しくのたうち回りながら自身を黒いノイズで塗りつぶし始めた。
「決定された未来なんて、ただの初期設定だよ。そんなものに、僕たちの歩む道を縛らせるつもりはないから」
レイは穏やかに、しかし毅然とした声で告げた。
トートの存在データは、自らが書き換えた「自身の消去ログ」に従い、完全にシステムからデリートされ、アカシック・レコードの部屋全体が静寂に包まれた。
「未来の記述の初期化を確認しました。・・・・・・これより、私たちの未来は、完全に『自由』となりますよ」
アルテが静かにログを閉じる。
レイは消え去った神の残骸を一瞥することもなく、最終目的地である『玉座の間』へと、さらに歩みを進めた。
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