第38話:そして『世界』へ
『世界の終層』第20層。そこは、これまでの氷の迷宮とは完全に一線を画する、異様な空間だった。
上下左右の概念が曖昧な、無限に広がる純白の虚空。その空中には、世界を構築しているとされる、無数の巨大な黄金の光の数式──『世界のソースコード』が、川の流れのように激しく明滅しながら流れていた。こここそが、神がこの世界を管理するために設置した、根幹システムの中継地だった。
そして、その空間の中央に立ち塞がっていたのは、全長15メートルを超える、白銀の美しき金属で造られた、巨大な異形の神像。
世界防衛自律機構──『守護神像・エクス・マキナ』。
「加護を持たぬ不純物、および世界コードの改ざん者を確認。……これより、世界の秩序に基づき、該当オブジェクトの存在を【完全消去】する」
機械的な、しかし脳内に直接響く神の声とともに、エクス・マキナの巨躯から、空間のすべてを真っ白に染め上げるほどの、絶対的な神の滅びの光波が放たれた。それは「加護を持たない者」を、因果律ごとこの世界から消し去るという、最悪のシステム権限の発動だった。
「みんな、僕の後ろへ! ──ガウェイン、トール、防御陣形! リリス、ブリュンヒルデ、敵の指向性を乱して!」
レイの的確な指示が飛ぶ。
ガウェインの『不滅の盾壁』とトールの戦鎚斧が、神の放った最大の一撃を正面から完璧に受け止める。空間が激しく軋み、割れるような衝撃が襲うが、彼らの足は一歩も引かない。リリスの無限詠唱とブリュンヒルデの神雷が、エクス・マキナの攻撃の軌道を強引に歪めていく。
「アルテ、僕の眼の演算機能を、限界を超えて引き上げて(オーバークロック)くれるかい? 君の全てのログを、僕に預けてほしい」
レイは隣に立つアルテの手を、優しく、しかし強く握りしめた。
「了解、マスター。……私の全精神ログ、および演算領域を、マスターの【神眼】へ完全同期します。……いってらっしゃい、私の主」
アルテのサファイアの瞳から、濁流のような情報魔力がレイへと流れ込む。
次の瞬間、レイの【神眼の支配者】の金色の光が、この世界の誰よりも眩しく、虚空の全てを照らし出すように炸裂した。
レイの視界の中で、エクス・マキナの体内にある、神が隠していた『世界の根本記述』が、完全に剥き出しになって看破された。
「見つけたよ、神様の可愛い防衛システム(おもちゃ)。……もう、おいたは終わりだよ」
レイは優しく微笑みながら、金色の瞳の支配権を完全に発動した。
(書き換え──エクス・マキナの『加護なし排除プログラム』の記述を【全消去】。アクセス権限の最上位を【僕】へと変更)
『──警告。アクセス権限の上書きを検知。……拒絶不能。……記述の改ざんを承認しました。守護神像エクス・マキナ、これより個体名【レイ】を最上位管理者として認識します』
ピキィィィン……!
次の瞬間、世界を滅ぼさんとしていたエクス・マキナの凶悪な白銀の光が、嘘のように完全に消え失せた。そして、15メートルを超えるその巨大な神像は、静かに、恭しく、レイの前へとその巨躯を折り、深く膝を突いて臣下の礼を取ったのだった。
「……アクセス権限の上書き完了を確認。これより、第21層以降への進行、および世界の根幹への介入を許可します、我が主よ」
神の防衛機構すらもハッキングし、自らの完全なる「通過点(配下)」としたレイ。
人間の作った小さな権力(Aランク)も、神が人間に与えた便利なシステム(加護)も、少年の持つ最強のバグ──【神眼】の前には、すべてがひれ伏す運命に過ぎなかった。
「人間の常識(Aランク)の枠組みは、これで全部踏み越えちゃったね。……さあ、みんな。ここから先は、この歪んだ世界を裏で操作している『神様たちの理』そのものを、僕の眼で支配しに行こうか」
開かれた深淵の扉、その向こうに広がる壮大なる世界の景色を見据え、レイはどこまでも物静かに、しかし最高に不敵な笑みを浮かべた。
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