第33話:生ける魔導書、リリスの解放
『世界の終層』第15層。そこは、数千年の歳月をかけて形成された、どこまでも美しく、しかし生気の一切存在しない永久氷壁の迷宮だった。
レイたちは、その最奥にある、教会の厳重な隠蔽魔術によって隠されていた巨大な隠し部屋へと辿り着いていた。
部屋の中央に鎮座していたのは、見上げるほどに巨大な、不気味に青白く輝く氷の結晶。
そして、その結晶の冷たい中心部には、一人の小さな少女が、まるで永い眠りについているかのように、静かに目を閉じて閉じ込められていた。
「マスター、対象の識別データを完了しました」
アルテがレイの隣に並び、そのサファイアの瞳を微かに明滅させる。
【鑑定対象:氷鎖の少女】
真の識別名:【虚空の魔導書・リリス】
状態:千年前、既存の神の魔法体系を遥かに超越する「無限の魔力(上限突破バグ)」を持って生まれたがゆえに、世界システムから危険分子と判定され、この地に永久凍結封印された生ける魔導書。
「ここにも、神様の作った都合のいいシステムに馴染めなかったからって、一方的に弾かれちゃった同胞がいたんだね……。こんなに冷たいところで、千年も一人きりなんて、本当に寂しかったよね」
レイは氷の結晶を見つめ、痛痛しいものを見るような、深く優しい目をその少女に向けた。
氷の表面には、教会の最高位の神官たちが命と引き換えに刻んだとされる、強固な「加護の封印術式」が幾重にも張り巡らされており、近づく者の魔力を無差別に吸い尽くして塵に帰す術が働いている。
「もう大丈夫だよ。今、ここから出してあげるからね」
レイは一歩前へ出ると、その凶悪な封印の結晶に向けて、自らの右手をそっと優しくかざした。
彼の金色の瞳が鋭く輝き、結晶に刻まれた無数の光の数式を瞬時にハッキングしていく。
(因果の書き換え──教会の『永久封印術式』の記述を【全消去】。氷の融解速度を【最大】に変更)
『承認しました。オブジェクトの記述を上書きします』
バリバリバリ!!!
突如として、千年間ビクともしなかった永久氷壁に、無数の亀裂が走った。まばゆい金色の光が結晶の内側から溢れ出し、次の瞬間、凄まじい音を立てて氷の結晶が木っ端微塵に砕け散った。
結晶の崩壊とともに、上空から力なく落ちてくる小さな少女の身体。
レイは素早く足を踏み出し、その華奢な少女の身体を、壊れ物を扱うかのように優しく両腕で受け止めた。
「……う、ん……」
漆黒の長い髪に、背中には悪魔を連想させるような小さな黒い羽。ゴシック調の黒いドレスを纏った少女──リリスが、ゆっくりと、眠そうにその真紅の目を擦りながら目覚めた。
彼女は自分の身体を抱きしめているレイを見つめ、そしてレイの瞳にある、世界を統べる金色の輝きを見て、ニヤリと不敵で愛らしい笑みを浮かべた。
「へえ……。私の封印を力ずくじゃなく、内側からハッキングして起こしたのは、お前が初めてだよ」
リリスはレイの首に細い腕を絡ませ、楽しげに囁いた。
「面白い眼をしてるじゃない。神の加護なんてケチなシステムに頼らない、本当の『支配者』の眼。いいわ、千年の退屈を紛らわせてくれそうだし、お前のその『世界への逆襲』、このリリス様も手伝ってあげる!」
【リリス(虚空の魔導書)】
状態:完全覚醒(レイの魔力と同調)
固有スキル:『無限詠唱(ランクA)』『虚空魔法(ランクA)』
「ありがとう、リリス。これからよろしくね。……みんな、新しい仲間だよ。仲良くしてあげてね」
レイはリリスを優しく地面に降ろし、トールたちに向かっていつも通りの穏やかな笑顔を向けた。
千年の時を超えて集う、神に選ばれなかった最強の異端者たち。レイの陣営は、今や世界そのものをひっくり返すに足りる、恐るべき布陣へと拡大していた。
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