第3話:深淵のファーストステップ
『暁の剣』の面々が逃げ去った『黒鉄の迷宮』第5層。
静寂が戻った薄暗い通路を、レイは一人、力強い足取りで進んでいた。
先ほどまで感じていた、重いバックパックによる肩の痛みは完全に消え去っている。それどころか、体中を巡るエネルギーが心地よく、どれだけでも走れそうな万能感に満ちあふれていた。
(これが……レベル15の力。そして、奪ったスキルの効果か)
レイは歩きながら、自身の右拳を握り締めた。
【剛力】による肉体強化。そして、万が一傷を負っても【超再生】が瞬時に癒やす。さらに【痛覚鈍麻】が恐怖による身体のすくみを押さえつけていた。ハズレスキルと罵られた【鑑定】が最高峰の進化を遂げた結果、彼は一瞬にして「怪物」並みのスペックを手に入れたのだ。
「グルルル……」
前方の闇から、低い唸り声が響いた。
姿を現したのは、3匹の『アイアン・ゴブリン』。通常のゴブリンとは違い、全身が金属のように硬い皮膚で覆われた、第5層の厄介な魔物だ。以前のレイなら、遭遇した時点で死を覚悟する相手だった。
だが、今のレイの瞳には──。
【アイアン・ゴブリン】
HP:180 / 180
筋力:45
耐久:60
【保有スキル】
・『鉄皮(ランクE)』:物理防御力をわずかに上昇させる。
(見える。全部丸見えだ)
レイは不敵に微笑んだ。もはや能力を書き換えるまでもない。実力差は歴然だった。
「ギャァッ!」
先頭のゴブリンが跳躍し、錆びた短剣を振り下ろしてくる。
レイはそれを最小限の動きでかわすと、無防備になったゴブリンの腹部へ、ただの「拳」を叩き込んだ。
──ドゴォン!!
【剛力】の乗った一撃は、アイアン・ゴブリンの自慢の鉄皮を容易く粉砕した。内臓を破裂させた魔物は、悲鳴を上げる間もなく壁に激突し、光の粒子となって消滅する。地面には、小さな魔石だけが転がった。
「ギチ、ギチぃ!?」
仲間が一瞬で肉塊に変えられたのを見て、残りの2匹が恐怖に顔を歪める。
レイはその2匹に向けて、静かに右手をかざした。
(書き換え──『耐久』を【1】に)
『承認。対象2体のステータスを改ざんします』
視界の中の数値が書き換わった瞬間、レイは地面に落ちていたゴブリンの短剣を拾い上げ、横一線に払った。
本来なら火花を散らして弾かれるはずの刃が、まるで熟したトマトを切るかのように、滑らかにゴブリンたちの首を切り裂いた。
『経験値を獲得しました。Lv 15 → Lv 16』
「本当に……呆気ないな」
レイは自分の手を見つめた。
かつて命がけで戦うガイたちの後ろで、ただ怯えていた自分が嘘のようだ。強くなるということは、これほどまでに世界を小さく見せるものなのか。
「よし、このまま第5層のエリアボスまで行くぞ」
レイの目的は、地上へ戻ることではない。
一度ギルドに戻れば、なぜFランクのポーターが生還できたのか、なぜミノタウロス・バリアントが消えたのか、激しい追及を受けるだろう。最悪の場合、この【神眼の支配者】の力を危険視され、国や大ギルドに拘束される可能性すらある。
力を完全に隠蔽するか、あるいは、誰も文句を言えないほどの「圧倒的な強者」として君臨するか。
レイが選んだのは、当然、後者だった。
「誰もが手の届かないところまで、一気に駆け上がってやる」
暗闇の奥へと、少年は足を進める。
その頃、迷宮の地上付近──。
「はぁ、はぁ、おい、本当に置いてきちゃって良かったのかよ……!」
『暁の剣』の魔術師セリアが、怯えた声でリーダーのガイに問いかけていた。彼らは命からがら第1層まで逃げ延び、安全地帯で激しく息を切らせていた。
「うるせえ! あの状況じゃ、あいつを囮にするしかなかったろ!」
ガイは吐き捨てるように言い、血走った目で周囲を警戒した。
「でも、もしギルドにバレたら、俺たちのライセンスは剥奪、最悪は死刑だぞ? 探索中の仲間殺しは重罪だ!」
「バカかお前は。証拠がなきゃ事故死扱いだ。あの荷物持ち(レイ)と、気絶した前衛のバカは、今頃ミノタウロスの腹の中だよ。死人に口なしだ。俺たちは『想定外の変異種に襲われ、命からがら逃げ延びた悲劇のパーティ』を演じるんだよ」
ガイは歪んだ笑みを浮かべ、己の保身が完璧であることを確信していた。Fランクのゴミ一人の命で、将来有望な自分たちが助かったのだ。むしろ、あのゴミは最後にふさわしい役目を果たした──本気でそう思っていた。
「さあ、地上に戻るぞ。悲痛な面を作れよ」
ガイたちは、自らの破滅へのカウントダウンが始まったことなど露知らず、地上へと続く階段を上っていった。
一方、迷宮の最深部、第5層の最奥。
そこは、禍々しい紫色の水晶が群生する大空洞だった。
「グルアアアアアン!!」
地鳴りのような咆哮が響き渡る。
そこに鎮座していたのは、第5層の階層主──『ストーン・ゴーラン』。
全長5メートルを超える岩石の巨兵であり、Cランク冒険者がパーティを組んでようやく倒せる強敵だ。
「へえ、いい体格してるじゃないか」
その巨体を前に、レイは恐れるどころか、獰猛な笑みを浮かべていた。
【神眼の支配者】が、ボスのステータスを暴き出す。
【ストーン・ゴーラン(階層主)】
HP:8000 / 8000
筋力:400
耐久:550
【保有スキル】
・『金剛不壊(ランクC)』:物理攻撃のダメージを70%カットする。
「そのガチガチの防御スキル……」
レイの金色の瞳が、妖しく輝いた。
「俺が美味しくいただくよ」
成り上がりのステップは、まだ始まったばかりだ。
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