第16話:神話の残滓
ルミナ村での一件から数日後。
レベルが25へと上がり、ギルドから正式にCランク冒険者として認められたレイは、王都オウラシオンの喧騒から少し離れた場所にある「蚤の市」に足を運んでいた。
「おいおいレイ、装備を調達するなら、ちゃんとした高級武器店に行かなくていいのか? 金貨ならたっぷりあるんだろ?」
後ろから大きな盾を背負ったトールが、不思議そうに尋ねてくる。ルミナ村の一件以来、トールは完全にレイの相棒(前衛盾職)として行動を共にしていた。
「いや、あそこ(普通の店)には、僕が欲しいものは置いていないんだ」
レイはそう言って、金色の瞳──【神眼の支配者】をうっすらと発動させながら、露店に並ぶガラクタの山を見つめていた。
現代の鑑定士や鍛冶師が見れば、ただの「サビた鉄くず」や「ひび割れた魔道具」。しかし、レイの神眼には、それらが過去に刻んできた【真実の歴史】が透過して見えていた。
(この世界の歴史は、一度大きく途絶えている。千年前の『神魔大戦』の時代に作られた遺物は、現代の技術では修理も鑑定もできず、ただのゴミとして扱われているんだ……でも)
レイの視線が、ある老人の露店の隅に置かれた、一体の『壊れた小型の機械人形』でピタリと止まった。
大きさは人間の子供ほど。全身の関節はサビつき、胸部には大きな穴が空いていて、魔力の気配は一切感じられない。ただの不気味な骨董品だ。
「おい、そこの若い冒険者。そいつに興味があるんかね?」
店主の老人が、煙草をくゆらせながら声をかけてきた。
「どこかの遺跡から掘り出されたものらしいがね、王都のAランク鑑定士に見せても『ただの動かない鉄の人形。骨董品としての価値しかない』って言われてね。金貨1枚でいいなら譲るよ」
トールが横から覗き込む。
「おいおいレイ、さすがにそんな動かない人形を買ってどうするんだ? 荷物になるだけだぞ」
だが、レイの神眼は、その人形の裏側に隠された「神話の記述」を明確に捉えていた。
【鑑定対象:壊れた鉄の人形(現代の評価:ゴミ)】
──真の識別名:【機神の巫女・アルテ(神話級オブジェクト)】
【歴史ログ(ヒストリー)】
千年前、神魔大戦において魔王軍の軍勢を一人で一掃したとされる、伝説の古代守護兵器。
【状態:破損率88%】
・動力核が経年劣化により不活性化。
・外装の神銀が酸化し、能力が封印されている。
(……見つけた。とんでもない掘り出し物だ)
普通の鑑定士なら、ここで「すごい遺物だ」と気づくだけで終わる。しかし、レイの【神眼の支配者】の真価はここからだ。
構造を見抜き、書き換えることができる神眼は、『過去の正常なステータスログを読み込み、現在の破損した肉体に強制上書き(復元)する』という、時間を超越した力を行使できる。
「店主、これをもらうよ。金貨1枚だ」
レイは躊躇なく金を支払い、サビついた人形を抱え上げた。
「毎度あり。物好きな兄ちゃんだねぇ」
老人が笑う中、レイはトールを促して、すぐに王都の安宿の一室へと戻った。
宿のベッドに、サビついた機械人形を横たえる。
「なぁレイ、本当にそれをどうするんだ?」と不安げなトール。
「今から、この人形の『本来の姿』を取り戻す」
レイは静かに人形の胸部、本来なら動力核があるはずの空洞に右手をかざした。
そして、ポケットからルミナ村のダンジョンで手に入れた【極光の聖魔石(最高級品)】を取り出し、その空洞へと嵌め込む。
「神眼の支配者──【神話復元】」
レイの瞳が、これまでにないほど眩い金色の光を放った。
宿の部屋全体が、神聖な魔力の奔流で満たされていく。
『──対象の歴史ログをスキャン。千年前の正常な構成データを確認しました』
『外部リソース(極光の聖魔石)を代替動力源として接続……成功』
『これより、肉体の「完全復元」を開始します』
キィィィィィン──!!!
耳鳴りのような高い駆動音が響き、驚くべき光景が始まった。
人形の全身を覆っていた赤黒いサビが、まるで生き物のように剥がれ落ち、その下から鏡のように美しい、純白の神銀の装甲が姿を現していく。
関節の噛み合わせが滑らかに再構築され、胸の空洞は聖魔石を包み込むように閉じられた。
サビついたガラクタだった人形は、一瞬にして、息を呑むほど美しい「銀髪の少女の姿をした機械の巫女」へと生まれ変わったのだ。
カチリ。
少女の閉じられていた目蓋がゆっくりと開く。その瞳は、深海のような美しいサファイアブルーの光を宿していた。
少女はベッドから音もなく起き上がると、目の前に立つレイを見つめ、スカートの裾を持ち上げて完璧な一礼をした。
「──再起動、完了。マスターの魔力波形を確認しました。機神の巫女『アルテ』、これよりあなた様を絶対の主と認識し、あらゆる敵を排除します」
宿の一室で、失われた神話の断片が、レイの手によって現代へと完全に甦った瞬間だった。
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