007:相談
検査が終わり、二人で自宅へと帰ってきた。病院に入院はしない。そう決めた。治療が出来ない以上、閉じ込める理由もない。自宅だと世話をするのに人手がいるが、そこはゴーレムと俺で出来るので問題ない。あぁそうだ。役所に手続きも要るな。結晶化病の自宅療養には幾らか支援が下りるから、金銭面では何とかなるだろう。
「それから……何をしたらいい?」
少しだけ……そう。自分が何をしているのか分からなくなる。何のための準備をしているんだっけ?
一度大きく深呼吸。落ち着け。冷静になれ。大丈夫だから。
「そうだ。検査器具やら実験器具を運び込む必要があるな」
そこは賢者の塔の上司に頼めば問題ないか。賢者の塔でエマを診るという選択肢もあったが、自分の妻を同僚たちに晒すのが嫌だったので自宅を改造するという選択肢を取る。
「エマ。ちょっと研究所に行ってくる。機材の搬入やら人の出入りが多くなるかもだが勘弁な」
「うん。いってらっしゃい」
ゴーレムにエマを頼むと、その足で賢者の塔へ向かう。賢者の塔は国に所属する機関だし、そこに所属する錬金術師たちは国の職員だが、研究場所に融通が効く機関でもある。なにせ錬金術師には偏屈者が多く、1つ所にまとめて管理するというのが難しい人種だからだ。
「所長」
俺を迎えてくれたのは所長のキースだ。一癖も二癖もある錬金術師たちを力技でねじ伏せる剛の者。そんな、普段は寡黙で、どっしりと構えている彼が、身軽に立ち上がって俺の下へ足早に駆け寄ってきた。
「聞いたぞ。奥さんの検査結果はどうだった?」
相談する相手に隠し事は無しにしたいので正直に話す。
「……検査結果は陽性です。ただ、脳波に通常では見られない異常が」
「脳波に異常?」
「はい。非常に活発化していて……それで、エマの希望もあって自宅で療養と検査や実験をしたいなと思いまして。機具の移動の許可を」
「そうか。そうだな。よし。予算も少し回せるようにするから思うようにやってみろ。人手が要るなら言ってくれ。派遣しよう」
「ありがとうございます」
「いいさ。これぐらいしかしてやれることがないからな」
「充分です。ありがとうございます」
よし。予算まで取れたのは大きい。後は任せて大丈夫だろう。俺はその足で役所へ向かい各種手続きの準備を始めるのだった。
再び家に戻ってきた時には夜になっていた。雪がまた振り始めている。明日はきっと雪が積もるだろう。エマの食事はゴーレムが作ったようで、今はコーヒーを飲んでいる。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「色々と手続きを済ませてきた」
「そう。ごめんね」
「いいさ」
俺は我が家のゴーレムに買ってきた、お土産を渡してコーヒを入れるように頼んだ。その間に部屋着へと着替える。
「ケーキを買ってきたんだ。一緒に食べよう」
「……うん」
「ん? どうした?」
エマの顔を見る。そこには不安に揺れる表情が浮かんでいる。俺はできるだけ明るい表情でゴーレムに指示を出す。
「ケーキを切って更に取り分けてくれ」
ゴーレムが了承し、ケーキを箱から取り出して切り分け始める。
「エマの好きなチーズケーキだぞ」
だが、その様子をエマは黙ったまま眺めているだけ。俺はチーズケーキを口に放り込んだ。うん。やっぱり甘くて美味いな。そんな俺の様子を眺めているだけのエマにどうしたのか聞こうとしたところで、彼女が意を決したように言った。
「味がね……しないんだ。コーヒーを飲んでも全然。暑いのか冷たいのかも分からない」
俺の手が震える。エマの肉体が変化を始めていることに恐怖が込み上げてきたからだ。そのエマがチーズケーキにも手を伸ばしてひとくち食べた。
「甘い……はずなんだよね?」
俺は椅子に座るエマの下へ移動して抱きしめた。
「絶対に……何とかして見せる。だから……頑張ろう。一緒に」
彼女の瞳から一粒の涙がこぼれ落ちた。
「うん」
失いたくない。でも抱きしめたはずなのに、そこには抵抗しか感じられない。柔らかさも、温もりも、ほとんど感じない。まるで……石に触れているみたいだ。それでも俺は腕に力を込めた。まだ、エマはまだここにいる。そう……思いたかったから。




