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さよならの後で  作者: 月城キナ


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5/12

005:異変

 昼食を喫茶店で摂って、そのまま市場でデート。特に何も買わなかったが、それでも見るだけで楽しかった。そうやって気がつけば空はオレンジ色へと変わり始めていた。朝に通った公園を通ると、屋台のおばちゃんが片付けようとしていた手を止めた。


「あら。朝の」

「こんばんはぁ」


 すると、おばちゃん。


「今日の売れ残りだけど」


 そう言って、カップにホットコーヒーを入れて手渡してくれた。


「タダでいいよ」

「いいんですか!」

「あぁ。今日中で飲みきっちゃわないと痛むからね」


 エマと俺の分を受け取って、オバちゃんにお礼を言って2人で歩き出す。


「おいしいね」

「そうだね」


 家の前に着く頃にはオレンジ色の空は紺色へと変わり始めていた。冬の空が暗くなるのは早いな。エマが鍵を出すからと彼女が持っていたカップを受け取ろうとした。その時。エマの手からカップが落ちて、地面を転がる。


「あぁあ」


 俺がカップを拾おうと屈んだところでエマが「ごめんね。手が滑ったみたい」と詫びた。


「大丈夫か?」

「……うん」


 カップを手に取り、俺が鍵をポケットから取り出してドアを開ける。その間エマは少し戸惑った様子で呆然としている。俺はエマの手に触れた。


「本当に大丈夫か?」

「うん」

「……手。冷たいな」


 さっきよりも、ずっと。


「冷えたかな。最近はずっとこんな感じなの」


 そう言って笑うが、どこか暗い。俺はエマの手の表面をなぞる。やはり……硬い。俺の手がこわばる。


「……どうしたの?」

「いや。なんでもない。冷えるな。家に入ろう」

「そうね」


 家に入るとゴーレムが迎えてくれる。2人分の上着を渡すと、ゴーレムが片付け始めた。


「ねえロイ」

「ん?」

「私さ、さっき─」


 エマは言いかけて、少し考えて首を左右に振った。


「……何でもない」


 玄関を入って居間へと向かう途中でエマが躓いた。とっさに俺は彼女の支える。


「えっ!」


 重い。ずっしりとした重さだ。


「……エマ」


 驚いている俺にエマが真剣な表情を向けた。


「ねえ……」


 エマの体から体温を感じない。


「私……変じゃない?」


 俺は首を左右に振る。認めない。認めたくない。


「ねぇ。私……さっきから、上手く……」

「変じゃないさ。大丈夫」


 言葉を遮る。動揺して声も手も足も震えている。


 俺は……俺は、どうしたらいい。


 今から研究室へ行って……それで……それで、どうする。今から研究して間に合うのか?


 エマを支えながらベッドへ運び、寝かし付けた後で俺は研究室へ向かった。


 酷く自分の足がもどかしく感じる。


 研究室に到着すると同僚のジェイクが迎えてくれた。


「よぅ。どうしたんだ。こんな夜中に?」

「ちょっと確認したいだけだ」


 資料のページを捲る。今さら結晶化病の症状を調べて何になる。データなら完璧に頭に入っているぞ?


 でも……もしかしたら違うかも知れないじゃないか。俺の勘違いって線も……というか、間違いであってくれ。資料を探すのもページを捲るのももどかしくて、資料を机に置いた。


「なぁ。結晶化病の初期症状ってどんなだったか憶えているか?」

「あん? 今さらか?」

「いいから答えてくれ」

「皮膚が少し硬くなったり、皮膚が光を反射して光ったり。それから体温が低くなったり体重が増したり……」


 クソ!


「今、結晶化病の研究はどの段階にある?」

「あん? 昨日の今日で何を言ってる。昨日にお前が結晶を液体にしたばかりだろうが?」

「それじゃあダメだ。それじゃあ間に合わないかもしれないんだよ!」


 怒りの言葉を同僚に叩きつける。一度感情のタガが外れたらもう抑えきれなくなった。


「おいおい。どうしたってんだ」


 俺は今日の研究報告に目を通す。


「何も進んでないじゃないか!」


 同僚に当たり散らす。


「おい。どうしたってんだ。落ち着け」


 ジェイクが俺の両肩に手を置いた。だがそれを払いのける。


「落ち着いていられるか! どうしよう。どうしたらいい!」

「おい。何があった?」


 ジェイクが俺に真剣な目を向ける。


「エマが……」


 認めたくない。認めたくないが、あの症状は……結晶化の初期症状だ。目が涙で霞む。


「エマが……結晶化、病の初期段階に……」

「何だと?」


 認めないといけない。認めざるを得ないんだよ。クソ!


「だから!」


 思わずカッとなる。何でこいつは冷静なんだよ!


「エマが……結晶化病になっちまったんだよ!」


 ジェイクが唖然とした表情になった後で、すぐに立ち直った。


「い、いや。落ち着け。まだ検査をしたわけじゃないんだろう?」

「初期症状が……色々と」

「と、とにかく……検査をしよう。何かの間違いかも知れないじゃないか。な?」


 膝から力が抜けて崩れ落ちる。もう友人の声も聞こえない。


「うう……うぐぅ……」


 俺にはもう泣くことしか出来なかった。

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