002:エマ
転ばぬように歩いた結果、自宅に入るまでに結構な時間がかかってしまった。今はお昼だ。
「ただいまぁ」
肩に積もった雪を払い除けてローブを脱ぐ。魔導具である暖房が家を隅々まで温めてくれているおかげで自宅の中は何処も温かい。
「あら。ロイ。おかえりなさい」
幼馴染でもあり、妻のエマが迎えてくれた。軽く頬にキスをする。
「あぁ今、帰った」
触れたエマの手が冷たい。洗い物でもしていたのだろうか?
「食器洗いはゴーレムにでもさせればいいだろう?」
エマは後ろを振り返ってゴーレムを見た。人型の大人サイズのゴーレムが立っている。人型と言っても球体や円柱を主体とした何処かコミカルな風貌だがな。完全な人型も一時期は作られたが、不気味だと不評で結局、今の形に落ち着いたのだそうだ。
「何の話?」
エマが不思議そうな顔をした。二人して話が見えなくて、見つめ合う。するとエマが苦笑い。
「よく分かんないけどロイってば、放って置くと何時までも帰ってこないものだから心配しちゃったじゃない。研究室で倒れてないか。帰宅途中で遭難してやいないかって」
そう言ってプリプリと怒っているように見えるが、顔は綻んでいる。無事に帰ってきてくれたことが嬉しいということが伝わってくる。ここは素直に謝ろう。
「済まない。研究が佳境だったものだからつい……まだ3日ぐらいの感覚だったんだ」
「3日ですって! まったくもう! 今日で7日目よ? 出勤して7日。ただの一度も帰ってきてないの!」
「それだけ夢中だったんだ。ごめんよ」
するとエマがニヤッと笑った。
「あら。私にも時間を忘れるくらい夢中になってくれたって良いのよ?」
そう言ってキスを強請られたら、しないわけにはいかない。
「かなわないなぁもう」
軽くキスをする。
「ふふ。でも勘弁して上げる。ここでこれ以上を求めたら、アナタ本当に死んでしまうもの。そうなったら私は男の生気を吸い取る魔性の女とか言われるのよ」
その言い草に声を出して笑ってしまった。
「あっはっは。それは怖いな」
「もう! 笑い事じゃないのよ」
そう言って、またプリプリと怒る姿が可愛くて愛おしい。これだけ奔放に生きて、それを許してくれる妻なんて他にいるだろうか。いや居ない。なのでそんな妻の有り難さを改めて理解したので、もう一度謝る。
「本当に済まない。それから……ありがとう。理解してくれて」
「貴方が世界のために病気と戦っているのは知っているもの。貴方は私の誇りでもあるのよ?」
エマが俺の胸に顔を埋めるから、彼女を抱きしめたのだった。この温もりは何としても守らないといけないものだ。
そんな彼女と昼食を一緒に取る。その席でエマが雪のせいで洗濯を干せなくてとボヤき始めた。
「なら今度、手の空いている後輩に乾燥機でも作ってもらおうか?」
「えっ、良いの? 研究は?」
「結晶化病の研究には、まだ参加できない見習いに訓練を兼ねてやらせるさ」
「公私混同じゃない? それとも職権乱用? いいの?」
「どっちでもいいさ。薬品づくりを延々とやっているよりは気晴らしにもなるだろうし。大丈夫だよ」
「そう? ならお願いしようかしら」
「あぁ。それよりこのソーセージ・ウィンナーだがよく手に入ったな。最近は加工品の作り手が減って中々手に入らないってのに?」
「ふふん。私の手に掛かればコレくらい訳ないわ」
「そうなのか?」
「なんてね。実はロイを応援しているっていうファンから貰ったのよ。これで少しでも英気を養って研究に励んでくれって」
「ファン?」
「うん。私もその一人よ!」
そう言って拳を握りしめている姿が可愛い。
「ありがとう」
「うん!」
昼食を済ませた後はシャワーで汗を洗い流す為に服を脱いでいると、エマも入ってきて服を脱ぎ始めた。シャワー室の光が肌にあたって……美しく輝いて見える。というか少し眩しいぐらいだ。
「本当に死んでしまうかもしれないな」
思わず苦笑いが出たが、まぁこれも関係を円満でいるための試練だ。乗り越えるっきゃない!
二人でシャワーを浴びた後は寝るだけだ。フラフラでベッドに入り俺は深い眠りへと落ちていく中で、食器の割れる音が聞こえた気がした。




