001:ロイ
コポコポコポとフラスコの中の緑色の液体に気泡が浮かび上がっている。研究室に籠もって、今日で確か3日目。窓に視線を向ければ深々と雪が降り積もっているようだ。視線を再びフラスコに戻して、分厚いゴム手袋越しにフラスコを持ち上げる。目視で純度を確認。
「問題なし」
次に水晶の欠片を入れたビーカーにフラスコの中身を入れていく。水晶の欠片が緑の液体で満たされたので攪拌棒で混ぜる。カツンカツンと水晶の欠片がビーカーに当たる音だけが室内には聞こえる。ちなみにこの部屋の室温は魔道具によって完全に制御され快適な温度だ。本来なら汗ひとつかかないであろう空間なのだが、俺の額には緊張で薄く汗が浮かび上がっていた。
「うまくいってくれよぉ」
液体を撹拌して水晶を完全に液体で満たすと、思った通りの結果が得られた。水晶が液体化していったのだ。
「よし。良し!」
やった。液体化に成功した!
成功の興奮か、はたまたこの3日という時間のほとんどを寝ずに、また禄に食事も摂らずに過ごしたせいか、ちょっと目眩がした。そこに部屋がノックされた。
「ロイ。居るか?」
「……あぁ」
「入っても大丈夫か?」
「あぁ。ちょうど今、一段落したところだ」
部屋に入ってきたのは同僚のジェイクだ。その後ろには人間の子供サイズのゴーレムが居る。どうやらゴーレムの小型化に成功したようだ。そんなジェイクが俺の手元にあるビーカーを見て驚いた顔をした。
「おっ。魔黒晶の液体化に成功したのか!」
「あぁ。ようやくだ」
「すげーな!」
ジェイクがビーカーの中身をしげしげと眺めている。少し名残惜しいが、このままでは話が前に進まないので話題を振ってみた。
「それで。どうしたんだ?」
「あぁ。エマちゃんが心配してたぜ。7日も仕事から家に帰ってきてないんですが、だって」
「えっ、7日だって? いや。確か今日で3日目だったはずだが?」
「いいや。お前の出勤記録を調べたがエマちゃんが正しい。お前は今日で7日も連続で仕事し通してるんだ。俺も人のことは言えんが、お前は妻が居る身だろ? 家族は大事にしないとな。さぁもう今日は帰った帰った。結果は出たんだろ?」
「あぁ。そうか。名残惜しいが、いったん帰らせてもらうか」
「いったんじゃねぇ。まじで結晶化の病気の治療薬を見つける前に、お前が死ぬぞ? 休め。ゆっくり休め。3日ぐらい休め」
「3日も休んでられねぇよ。現在進行系で結晶化に苦しんでいる人たちが世界中には大勢いるんだぞ?」
「だからって焦って、お前が倒れたら元も子もねぇだろ。それにこのままじゃいくら理解のあるエマちゃんだって愛想を尽かしちまうぜ?」
「それは困るな……」
「そうだろ。だから少し休め。なんなら7日ぐらい休め。あぁ。今回の実験の記録だけはしていけよ?」
「あぁ。じゃあ後は頼むわ」
「了解だ。任せろ」
俺は片付けもそこそこに信頼する親友に後を任せて、研究塔を出たのだった。
外に出ると、雪がチラチラと舞い、それが所々に積もっていて、とにかく寒い。息を吐くと白い蒸気が灰色の空に舞った。そんな寒空の下で一生懸命叫んでいる人がいる。
「この世界は滅びに瀕している。それもこれも魔導文明という利器のせいだ。ゴーレムは言うに及ばず、人間が世界中のマナを使い、枯渇させたがために神がお怒りになった結果、人を。動物を、植物を、そして魔物ですら結晶化を起こしている。罪人たる人間はもう滅ぶしか無いだろう。しかしだ。救済はある! 魔導機を捨て、昔のような人の生活に戻り、今世で人としての徳を積めば、死後に神の御下での生活を許されるだろう」
真っ白の生地に銀糸の刺繍が入ったローブを纏ったあれは、ケスレスト教の信者だ。ケスレスト教は終末思想を掲げた、いわゆる新興宗教だ。現在この帝国でその規模を拡大していっているという。
「神の怒りだって? バカバカしい」
神が怒るほどのことか。そもそも空間に満ちるマナを人間が使った程度で枯渇するなんてありえない。世界は広大で深遠なのだから。
結晶化はただの病気だ。俺が。俺たち賢者の塔の人間で、きっと結晶化の原因を突き止め、治療薬を開発してみせる!
決意を新たに自宅までの道に積もる雪を踏みしめながら歩く。




