010:コンタクト
世界が真っ暗だ。
「ロ~イ。だぁれだ?」
「エマ?」
「当たりぃ。正解ぃ!」
世界が一気に明るくなった。エマの手の温もりが離れていく。怖くなってとっさに俺の目を覆っていたエマの手を捕まえた。
「エマ」
「やっほ」
エマの手の感触と温もりが懐かしくて泣きそうになる。だが、それよりもだ。
「ここは……夢か?」
辺りの様子を見渡せば、昔よく一緒に遊んだ公園だ。
「うぅん、ちょっと違う。集合意識ってやつらしいよ」
「らしい?」
「そう。まぁ小難しい話は無し! それより遊ぼ!」
「遊ぶ?」
「そう! 追いかけっこをしよう!」
そう言ってエマが走り出した。
「おい! 待て。待ってくれ! 行くな! 行かないでくれ!」
「うふふ。なら掴まえて」
全力でエマを追いかける。するとすぐに捕まえることに成功した。全身でエマの温もりを感じ取る。
「放さない。絶対に。放すものか!」
「ふふ。うん」
涙が溢れてくる。ボロボロボロボロと。
「エマ……ごめん。助けられなかった。ごめん」
「うぅん。いいよ。しょうがないもの」
「しょうがない?」
「そう。しょうがないことなの」
「どういうことだ?」
「うん。私ね。私だけど私じゃないの」
エマを抱きしめていた腕を少し放して、両手で掴まえ直す。
「何の話だ?」
「ここが集合意識だって言ったでしょ?」
「あぁ」
「うん。そういうこと」
「えぇっと……?」
「ふふ。考えて考えて~。錬金術師さん。考えるのは好きでしょ?」
「あぁ。そうだ。考えるのは好きだ」
「ふふ。さぁて私は何でしょう?」
「エマであってエマじゃない?」
「そう」
「じゃあ、何だ……」
考える。むむ。
「ヒント。錬金術の目指すものとは?」
「それは……完全なる物質であるとされた金を作ること。人間に当てはめるなら不老不死、だな。究極はそこを目指す」
「うん。ここはその1つの可能性」
「可能性……エマは不老不死に近い存在へなったということか?」
「そう。人間の肉体という不完全なものから、より完全に近い存在へ」
「……それは、神か?」
「神ではない。近くはなったかも? まだそこまでは分からない」
「わからない? じゃあケミレスト教が言っていた、文明を捨てればいずれ神の御下へ、とかなんとかっていう。あれか?」
「近いかも。文明というか物質だね。肉体と言ってもいい」
「……肉体を捨てて精神だけの存在になったってことか?」
「そうだね。正確に言えば情報生命体っていうらしいよ?」
「情報生命体?」
「うん。そう。生物の1つのあり方。既存の生態系からは外れた……ね」
「集合意識っていうのは?」
「うん。ここは全てなの。全ての情報が存在する場所。私という人格も含めてね」
えぇっと、つまり。
「結晶化病は変化……進化の過程に辿る、止むを得ない出来事……ということか?」
「そう」
「温もりすら感じられない状態が生物として正しいと?」
「ここでなら、その温もりだって感じられたでしょ?」
「それはそうだが……」
こんな話するのはエマであってエマでない。別のなにかだ。確かめる必要がある。
「お前は何故俺にコンタクトを取った?」
「できそうだったから。それに私の……エマの強い希望でもあったからね」
「すべての情報にアクセスできるということは肉体を元に戻すことも可能ということか?」
「……そうだね。肉体の情報を元に戻せばね」
「ならエマを……返してくれ」
「……ここで会うのじゃ嫌?」
エマの姿で、そういうことを言わないでくれ。
「俺は……」
「錬金術師の目指す不老不死がここにあるかも知れないんだよ? それなのに不完全を求めるの?」
「錬金術師としては間違っているのかもな。でも……俺はエマと共に在りたい。傍で。隣で一緒に生きていきたいんだ」
「ふふ。人間だねぇ」
「そうだ。俺は人間だ。で、お前は誰だ?」
「私? 始まりは小さな……いや。止そう。僕が誰かなんて無い。もう僕は僕であって僕じゃないから。いいよ。エマを返そう。エマだけじゃない。すべての生物を植物を返すことも可能だ。当の本人たちが望むなら……ね?」
「エマは……何と?」
「……帰りたいってさ」
「なら!」
「……ねぇ。一度、僕と融合して全ての情報にアクセスした個体エマは、果たして本当にエマと言えるのかな?」
「人間は……常に変化している生き物だ。感情が揺れ、体が動いて変化していく。位置情報もその心の在りようすらだ。成長も老いも同様だ。エマが自身をエマだというのなら、それはエマなんだろうさ。俺はそれでいいと思う」
「いずれは死が2人を分かつよ?」
「それが人間として生きた上でなら構わない」
「明日。事故にあって死ぬかも知れないよ?」
「それでも。1日でも長く一緒にいたい。今までの俺はそれが分かっていなかった」
「そう……まぁいいけどね。2つ条件がある」
「何だ?」
「エマの死後、その情報はすべて回収させてもらう」
「エマがそれでいいなら。もう1つは?」
「君もこっちに来てもらう。錬金術師としては本望だろ? なにせ完全な存在に近づけるんだ」
「自分が追求した上で到達するのが希望なんだが?」
「そこは残念だけど諦めてくれ。どの道、人間の一生では到達不可能だよ」
「その時は別の誰かに託すんだよ。それが人間の在り方だ」
「……そっか。で?」
「あぁ。エマとまた一緒にいられるなら」
「なら、取引は成立だ」
エマの姿のままの何かが握手を求めてきたので、それに応える。手の感触がさっきまでの温もりのあったそれとは違う別の何か、あやふやで曖昧な存在へと変わっている。
またな……か。思わず苦笑い。
「……あぁ。またな」




