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第12話 — 諦めないデブ家

弟子は動かなかった。


一瞬だけ。


明らかに驚いていた。


だが。


すぐに隠そうとする。


「だから何だ?」


「それが何の関係ある?」


拳を握り締めた。


「お前はあの人じゃない」


デブは頷く。


「ああ」


箒を手に取った。


床に散らばった調味料を集め始める。


「俺は違う」


弟子は再びシチューを混ぜ始めた。


振り返らないまま。


「親父には欠点がたくさんあった」


木の匙の動きが少しだけ遅くなる。


「一つは自信過剰だったこと」


「もう一つは何でも一人で解決できると思っていたことだ」


少年は黙って聞いていた。


「親父は俺よりずっと強かった」


デブは鍋を見つめる。


「それでも……」


「足りなかった」


弟子は木の匙を強く握った。


強く。


強く。


涙が滲む。


慌てて腕で拭った。


見られないように。


火を止める。


鍋を持つ。


テーブルへ運ぶ。


そして。


足早に台所を出て行った。


バタン。


デブは引き止めなかった。


数秒後。


再び扉が開く。


「ギャハハハハハハハ!!!」


師匠だった。


魚が大量に入った網を担いでいる。


「いい匂いじゃねぇかァ!!!」


台所を見る。


開いた扉を見る。


そしてデブを見る。


「チビデブ」


「何を言った?」


デブは片手を上げた。


「飯にしよう」


「ギャハハハハハハハ!!!」


師匠は即座に席へ座る。


「坊主を手伝ったのか?」


「いや」


「ギャハハハハハハハ!!!」


義足を叩く。


バンッ。


「あのクソガキは俺そっくりだからなァ!!!」


二人は手を合わせた。


「いただきます」


師匠はシチューを口に運ぶ。


もう一口。


さらにもう一口。


「ほぉ……」


「似てきたなァ」


デブは食べ続ける。


「何にだ?」


「お前の親父だ」


師匠は匙を向けた。


「お前、手伝っただろ」


「手伝ってない」


「ギャハハハハハハハ!!!」


師匠はまた食べ始めた。


デブも食べる。


だが気付いていた。


味。


スープ。


調味料。


確かに親父を思い出す味だった。


食べ終わる。


匙を置いた。


「ごちそうさまでした」


デブは立ち上がる。


特に迷いもなく。


器を取り。


まだ温かいシチューを少しよそう。


それを袋へ入れた。


師匠はその様子を見ていた。


二匹目の魚の頭を齧りながら。


「坊主ならお気に入りの場所にいるぞ」


「ん?」


「お前の昔の訓練道だ」


師匠はフォークの腕で火山を指差した。


「お前が子供だった頃と同じくらい大事にしてるぞォ」


「ギャハハハハハハハ!!!」


デブは頷いた。


袋を持つ。


「ありがとう」


そして家を出た。


しばらくして。


懐かしい訓練道を登っていた。


風が強い。


そして。


いた。


弟子だった。


片足で立っている。


必死に姿勢を維持しようとしていた。


昔のデブと同じように。


数分歩き。


ついに頂上へ辿り着く。


「飯を持ってきた」


弟子は聞こえないふりをした。


片足立ちを続ける。


集中しているふりをする。


その時。


火山がわずかに揺れた。


ゴゴゴ……


少年の体が傾く。


そして。


ドスッ。


尻もちをついた。


「いてっ!」


デブは弟子を見る。


弟子もデブを見る。


「何しに来た」


「飯なんかいらない」


グゥゥゥゥゥ……


腹が即座に裏切った。


弟子は真っ赤になる。


「……」


デブは袋を隣に置いた。


そして腰を下ろす。


「俺もよくここに来た」


弟子は容器を開ける。


湯気が立ち上った。


魚のシチューの匂いが広がる。


一口。


もう一口。


さらにもう一口。


食べるたびに。


表情が少しずつ変わっていった。


まるで。


自分が作った料理ではないみたいに。


やがて視線を逸らす。


少しだけ気まずそうに。


「ご、ごちそうになります……じゃない」


「その……」


「ありがとう」


二人はしばらく海を眺めていた。


船を眺める。


火山の煙を眺める。


先に口を開いたのは弟子だった。


「デ、デブ……」


「ん?」


「師匠から聞いた」


「ホットドッグ丸呑み無咀嚼流のことだ」


弟子は少し迷った。


それから続ける。


「お前も習得できなかったって」


デブは水平線を見つめたままだった。


「ああ」


「親父が死んでから……」


少し間を置く。


「俺は大食いをやめた」


弟子は目を見開いた。


言葉にではない。


その言い方に。


あまりにも穏やかだった。


まるで天気の話でもしているように。


「で、でも!」


勢いよく立ち上がる。


「お前はデブ家の人間だろ!?」


腕を大きく空へ突き上げた。


「忘れたのか!?」


「デブはデザートの前に諦めない!!」


デブは少年を見た。


数秒ほど。


そして答える。


「……お前が正しいのかもしれない」


少し間が空いた。


「そんな言葉を聞いたのは久しぶりだ」


弟子はすぐに身を乗り出した。


「当たり前だろ!」


「師匠はいつもデブ家の話をしてる!」


「お前の話も!」


「親父デブの話も!」


「デブ爺の話もだ!」


だが。


その勢いは少しずつ弱くなっていく。


「でも……」


自分の手を見る。


「俺は本当なら」


「次の継承者にならなきゃいけない」


拳を握った。


「なのに何もできない」


唾を飲み込む。


「完璧には程遠いんだ」


デブは少年を見ていた。


焦り。


劣等感。


そして終わらない比較。


どれも見覚えがあった。


「一つ言っておく」


弟子はすぐに顔を上げる。


「何だ?」


「俺も石みたいに沈んだ」


「えええええええええええええっ!?」


弟子は器を落としかけた。


「もっと大事な話だと思ったのに!!!」


「大事だった」


「全然大事じゃない!!!」


デブは少し考える。


「俺には大事だった」


「うわあああああああ!!!」


弟子は頭を抱えた。


完全に呆れている。


そして大きくため息をつく。


「チッ……」


視線を逸らした。


「そういうことなら……」


頬を掻く。


明らかに気まずそうだった。


「仕方ない」


デブは続きを待った。


「お、お前を助けるしかない」


「……ん?」


「お前は大食いをやめたんだろ!」


弟子は勢いよく指を突き付けた。


「デブ家の元後継者が簡単に諦めてどうする!」


「そんなの馬鹿げてる!」


デブは瞬きをする。


一回。


二回。


「そうか?」


「そうだ!」


弟子は腕を組んだ。


「俺がいつか技を継ぐなら!」


「お前も連れ戻してやる!」


デブは少年を見た。


海を見る。


火山を見る。


そしてもう一度少年を見る。


少しだけ。


本当に少しだけ笑った。


「分かった」


弟子は一瞬で顔を赤くした。


「か、勘違いするなよ!」


「俺はただ技の名誉を守ってるだけだ!」


「分かった」


「その返事やめろ!!!」


「そうか」


「同じだろそれぇぇぇぇ!!!」


……


デブは海を見ながら言った。


「ありがとう」

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