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第11話 — 鶏小屋の悲劇

翌朝。


農場のニワトリたちの鳴き声が響いていた。


コケコッコー。


コケコッコー。


デブは目を開けた。


数秒ほど天井を見つめる。


それから起き上がった。


服を着る。


そして真っ先にトイレへ向かった。


優先順位というものがある。


数分後。


コン。


コン。


コン。


デブは顔を上げた。


ドアの向こうから声が聞こえる。


知らない声だった。


若い。


そして明らかに機嫌が悪い。


「誰かいるのか?」


「使用中だ」


少し間が空いた。


「チッ……」


声の主はため息をついた。


「客がいるの忘れてた」


足音が遠ざかっていく。


ゆっくりと。


まるで急ぐ気がないように。


デブはしばらくドアを見つめた。


「あいつか」


しばらくして。


トイレから出る。


そのまま台所へ向かった。


師匠の姿はどこにもない。


笑い声もない。


騒ぎもない。


海の生き物と喧嘩している気配もない。


何もなかった。


聞こえたのは。


玄関の扉が閉まる音だけ。


ガチャ。


デブは窓の方を見た。


だが見えたのは。


庭を横切っていく人影だけだった。


たぶん弟子だろう。


デブは冷蔵庫を開けた。


中を見る。


瞬きをする。


一回。


二回。


半分のレモン。


チーズの欠片。


そして。


イカに見える何か。


あるいは靴かもしれない。


判別は難しかった。


冷蔵庫を閉める。


戸棚を開ける。


空。


もう一つ開ける。


さらに空だった。


腹が鳴る。


グゥゥゥ……


「今日は良い訓練になりそうだ」


グゥゥゥゥ……


デブは少し考えた。


「……そうでもないか」


台所を出る。


朝の風が庭を吹き抜けていた。


遠くでは。


弟子がニワトリに餌をやっている。


撒かれたトウモロコシに向かって。


ニワトリたちは一斉に走った。


一粒も逃すまいとしている。


少年は一瞬だけデブを見た。


横目で。


それから再び餌を撒き始める。


ひどく不機嫌そうな顔だった。


喧嘩に負けた直後のような。


あるいは。


まだ一人で喧嘩を続けているような顔だった。


デブは声をかけなかった。


さっきの様子を思い出す。


放っておいた方が良さそうだった。


視線を遠くへ向ける。


火山の頂上。


浜辺。


海。


小さな船が波に揺れていた。


さらに遠く。


ほとんど見えない場所に。


一隻の曳船がゆっくりと進んでいる。


「あのクソジジイ……」


デブは腕を組んだ。


「パン一つない理由が分かったな」


師匠はたぶん出掛けている。


たぶん危険なことをしに。


あるいは馬鹿なことをしに。


たぶん両方だ。


デブは再び火山の頂上を見上げた。


そして歩き出す。


あの道はまだ残っていた。


記憶のままに。


岩。


曲がり道。


ねじ曲がった木々。


何も変わっていない。


まるで年月が通り過ぎなかったかのように。


子供の頃。


父親と一緒に。


そして師匠と一緒に。


何度もこの道を登った。


当時は二人についていくだけで精一杯だった。


今では違う。


足取りは軽かった。


数分後。


農場はもう見えなくなっていた。


さらに登る。


登り続ける。


そして。


ついに頂上へ辿り着いた。


強い風が吹く。


硫黄の匂いを運びながら。


デブは景色を見渡した。


浜辺。


海。


農場。


そして。


遠くに人影を見つける。


弟子だった。


火山の麓に立っている。


こちらを見ていた。


しばらくして。


少年は背を向ける。


そして家の方へ戻っていった。


デブはその背中を見送る。


「あいつもここで訓練しているのか?」


少し考える。


「師匠は問題を抱えていると言っていた」


さらに考える。


「思ったより大変そうだな」


デブは目を閉じた。


深く息を吸う。


そして構える。


片足を上げる。


両腕を広げる。


完璧なバランス。


少なくとも。


本人はそう思っていた。


火山の煙が顔に吹き付ける。


服が風で揺れた。


汗がゆっくりと流れる。


吸う。


止める。


制御する。


無呼吸ホットドッグ丸呑み術。


何年経っても。


まだ完全には習得できていなかった。


父親はできた。


師匠もできた。


だが。


デブは今も訓練を続けている。


しばらくして。


地面が揺れた。


わずかに。


デブは片目を開ける。


「ん?」


揺れが強くなる。


小石が転がった。


足元に火の粉が飛ぶ。


一つ。


二つ。


三つ。


「あ」


次の瞬間。


バランスが消えた。


デブの体が後ろへ傾く。


立て直そうとする。


間に合わない。


そして始まった。


ゴン。


ゴン。


ゴン。


デブは斜面を転がり落ちた。


岩にぶつかる。


木にぶつかる。


茂みを突き抜ける。


巨大な人間ボールのように。


ゴン。


バキィッ!!


柵が粉々に吹き飛んだ。


ニワトリたちは四方八方へ逃げ出す。


コケコッコォォォォォ!!!


さらに数メートル。


そして――


ドガァン!!!


デブは鶏小屋の壁を突き破った。


羽根が空からひらひらと落ちてくる。


デブは動かなかった。


壊れた木材に半分埋もれたまま。


瞬きをする。


一回。


二回。


「こうなる予定じゃなかった」


デブはゆっくり立ち上がった。


髪にはまだ羽根が刺さっている。


壊れた鶏小屋を見る。


壊れた柵を見る。


走り回るニワトリを見る。


そして歩き始めた。


つま先立ちで。


まるで意味があるかのように。


トコ。


トコ。


トコ。


一羽のニワトリがじっと見ていた。


デブは視線を逸らす。


「わざとじゃない」


ニワトリはまだ見ていた。


「だからわざとじゃない」


だが。


まったく納得していない顔だった。


デブは歩く速度を上げた。


しばらくして。


再び家へ入る。


その瞬間。


料理の匂いが鼻を突いた。


腹が先に反応する。


グゥゥゥゥゥ……


弟子が顔を上げた。


冷たい視線。


危険な視線。


喧嘩か。


あるいは殺人の前によく見る類の視線だった。


デブは半歩下がる。


「落ち着け、坊主……」


そしてすぐに言い直した。


自分の腹を指差す。


「お前じゃない」


「こっちに言ったんだ」


少年は嫌そうな顔をした。


そして再び鍋へ向き直る。


コンロの上では。


大きな魚のシチューが煮えていた。


魚の切り身が浮いている。


その中には。


巨大な魚の頭もあった。


虚ろな目で天井を見上げている。


デブは席に座った。


少年は包丁を動かす。


鍋を混ぜる。


味見をする。


何かを足す。


また混ぜる。


その繰り返しだった。


「なあ、坊主」


「何だ」


「手伝おうか?」


「いらない」


振り返りもしない。


「邪魔するな」


シチューを混ぜ続ける。


「師匠の飯を作るのは俺の仕事だ」


「他の奴にはやらせない」


デブは少年を見た。


鍋を見る。


そして。


真剣そのものの顔を見る。


少しだけ笑った。


本当に少しだけ。


弟子はすぐ気付いた。


そしてさらに機嫌が悪くなる。


「何がおかしいんだ、デブ」


木の匙を向ける。


「お前が誰だろうと関係ない」


「昔の弟子を超える奴なんていない」


「絶対にな」


少し間を置く。


「ワールドイーターは伝説だった」


そう言った瞬間。


バケツに足を引っ掛けた。


「え?」


バランスを崩す。


「あ」


ガタン。


調味料の瓶が倒れた。


半分は床へ。


半分はシチューへ。


弟子は固まる。


完全に固まる。


デブは立ち上がった。


瓶を拾う。


残りを見る。


そして。


全部鍋へ入れた。


弟子の目が見開かれる。


「おい!!」


慌てて駆け寄る。


「勝手なことするな!!」


「誰だと思ってるんだ!?」


デブは答えない。


視線は暖炉の上にあった。


巨大な背びれ。


薄く埃を被っている。


昨日。


師匠に掃除しろと言われた背びれだった。


それからようやく口を開く。


少年を見ることもなく。


「俺は師匠の最後の弟子だった」


弟子は固まる。


デブは続けた。


「お前の前にな」

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