Episode 25
「橋本君と安田君が乗っていたヨットが転覆した理由は何だった?」
「何って,船底の損傷による海水の浸水だろ」
「厳密に言うと海水と砂の侵入による重心の偏りが原因と目されている。だけどそれが本当に転覆の原因なら,2人の証言は明らかに不自然なんだ」
「何が不自然なんだよ?」
僕は中々掴むことができないでいた,違和感の正体を遂に指摘する。
「ヨットの破口からサイドタンク内に海底の砂が流れ込むほど舞い上がっていたなら,2人が転覆した後海中で目を開くことができたのはどう考えてもおかしくないか?」
「……あっ!」
「それどころか2人共,視界一面真っ白な泡で埋め尽くされていたと証言している。たまたま舞い上がった砂の範囲外にいたのだとしても,視野一面が真っ白になるとは考えにくい。2人が実際に目撃した事実を話していると仮定した場合,導かれる結論は1つ。最初にヨットが転覆した時,海底の砂は巻き上げられていなかったんだ」
もう1歩と言っていた先生の言葉の意味が今になっては良く分かる。一度気付いてしまえば何故こんなにも時間がかかってしまったのか不思議なくらいだ。
そしてこれも先生の言っていた通り,違和感の正体さえ分かってしまえば真相まで一息で辿り着ける。
「海底の砂は巻き上げられていなかった? えっ,じゃあサイドタンク内の砂はどこから来たんだ?」
「そう,当然そこを疑問に思うよな。結論から言うと最初からだ」
「は?」
「転覆した時に巻き上げられた海底の砂じゃないとすると,最初からヨットのサイドタンク内に砂は存在したと考えるのが自然な推測じゃないか?」
「はぁ? どこが自然だよ!? 何でサイドタンクの中に砂が入っていたんだ?」
「サイドタンク内に砂が入ったのは選考レースの始まるずっと前,陸上で準備している時には既にタンク内に砂が入っていたんだ。そう考えれば選考レース開始直後からヨットの重心が左舷側に偏っていたという2人の証言も頷ける」
「いやだから,何で砂なんかがサイドタンクの中に入っていたんだよ? 転覆した時に入ったんじゃないなら,自然に入って来ることなんてあるわけないだろ」
「その通り。だから砂は意図的にタンク内に入れられたと考えるべき。そして砂を入れたのは安田君,君だね?」
問いかけるも安田君は変わらず僕を睨み付けるだけで口を開く気配がない。内心ではどう疑いを否定するか反論を組み立てているのだろうか。
「どうして透真が砂をサイドタンクに入れなきゃならないんだよ」
「バランスを崩すための重りとして利用するためだ。転覆後その原因を探るべくヨットの船底が調べられることは予想できたから,あからさまに仕掛けが施されていたことが分かる重りは使えない。破口から海水と共にサイドタンクへ流れ込んだと解釈され,転覆がヨットの損傷による事故と判断されることが期待できるから砂を重りとして採用したんだ」
「……いやそれはおかしくないか? 麗紋の言い方だと,予め透真はヨットが損傷し穴が開くことを知っていたみたいじゃないか」
「知っていたんだよ。何故ならヨットに穴を開けたのは安田君自身だからだ」
「はぁ!? 運搬や上げ下ろしの時に傷が蓄積していたんじゃないの? っていうか何で自分で穴を開けなきゃなんないんだよ?」
全く訳が分からないといった風に陽翔は声を上げる。無理もない。僕だって先生のヒントがなければ安田君が何故そんなことをしなければならなかったのか理解できないままだっただろう。
「結果的に転覆したから部内選考から落選したけれど,そのまま選考自体には残っていても構わなかったんだ。安田君の当初の目的は,橋本君とのペアで遅いタイムを出すことだったんだと思う」
「遅いタイムを出すことが目的? どういうことだよ? 全然意味分かんない」
ちらりと安田君の様子を伺うと,これまでの推理を聞いて僕が真相を見通していると察したのか唇を噛み項垂れている。今,動機について触れることはあまりにも酷な気がした。
「……さっきも言ったけれど,動機については後回しだ。証拠はもちろんないし,推測どころか想像の域すら出ないものだしね。それより予め穴が開いていたら陸上での準備の時に橋本君は気付けたはず。でも実際には気付かず転覆事故へと繋がってしまった。これは何故か? 陸上での準備から転覆するまでの間,船底の穴は塞がれていたからだ」
「塞がれていた? 何で?」
「選考レース自体には参加する必要があったからだ。安田君達は選考レースに出場したが舟艇トラブルにより良い記録を出せなかった,それが客観的な事実であると他の部員に認識してもらう必要があった。陸上でヨットの損傷に気付いたのなら,艇を変えて帆走すれば良いだけの話だしね」
ふと,先生が最後に教えてくれたヒントが思い返される。
母親の幽霊は,片袖だけ残して全て消えてしまう。
「だから,砂を固めて作った栓で一時的に自分で開けた穴を塞いでいたんだ」




