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ゆうれいの片袖  作者: 阿久井浮衛


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Episode 23

 思い返せば,のらりくらり先生は僕と目を合わせることをできるだけ避けていたのだ。驚きで見開かれたヘーゼル色の瞳は今確かに僕の顔を捉えている。


 ようやく,対等な立場に立てた気がした。


「……どうしてそう思ったの?」

「きっかけは先生の先程の『話し過ぎた』という発言でした。最初は僕の考えた通り,口を滑らし真相への手掛かりを話してしまったことを認めたのだと思いました。けれど推理を話している内に別の解釈もできることに気付きました。それは先生が自らの発言で僕の推理を誤った方向に導いてしまったと考えているというものです」


 表情こそ真顔に戻ったものの,僕の発言に先生は特に反応を見せない。今口にしている考えが正しいのか確信が持てないまま更に踏み込む。


「思い返せば先生は電話で『トリックさえ分かってしまえば物理的な条件から犯行が可能だった人物が自ずと絞り込まれる』とおっしゃっていました。2回目の転覆に潤滑剤が使われていることは分かりましたが,それだけで犯人を絞り込むことはできそうにありません。となると先生が言うトリックとは1回目の転覆の時に用いられたものを指していることになる。それに最初の転覆時についての2人の証言がキーになると気付いた僕に,トリックを見破るまでもう1歩とも言っていた。つまり転覆の順番にトリックを見破れれば芋づる式に犯人や動機も明らかになるはず。でも僕の今のアプローチでは2回目の転覆から遡って1回目の転覆の謎を解き明かそうとしている。逆向きに考えたら袋小路になることを,先生はもうその時点で読み取っていたことに気付いたから推理の誤りにも気付けたんです」


 これでもう,頭の中の考えは全てさらけ出してしまった。ここから真相に辿り着くにはどうすれば良いか,方針すら立てられていない状況だ。これ以上何か成果を出せと言われても手の打ちようがない。


 僕が話し終えても先生は黙ったままだ。まだ進展を求められているのだろうか。重圧を感じながら必死に脳をフル回転させる。


 何か,何か突破口を見落としていないか……っ!


 永遠のように思える沈黙を唐突に破ったのは,拍手の音だった。


「お見事。君の推理は間違っているし,アプローチを聞いた段階で誤った方向に誘導してしまったことに気付いたのもその通りだ。顧問も容疑者として考えるかもしれないとは思っていたけれど,まさか狂言説まで検討してくるとはね」


 クスクスとおかしそうに笑う先生に,たちどころに緊張が弛緩するのを感じる。一方先生の口調から推測するに,橋本君が犯人であるとは考えていないらしい。彼は純粋な被害者ということか。


「良く頑張ったね。正直簡単に真相を教えてもらおうとしていた君には,誤りに気付くことができず行き詰まったままになるかと思った。でも,だからこそ確信したよ。今振り出しに戻ることにできた麗紋君ならこの事件を解決できるってね」


 最後まで先生は自ら事件の真相を語るつもりはないらしい。この発言に僕は苦虫を嚙み潰したような思いがした。


「やはり誰が犯人か教えてくれないんですね」

「あくまでわたしは部外者だからね。ヨット部の面々と直接会ってはいないし学校の生徒ですらない。これは君達の事件だ。手助けしてもらうのは構わないが,解決の主体は自分達であるべきだよ」


 それに,と先生は窘めるような顔つきを僕に向ける。


「気付いていないようだから忠告しておいてあげるけれど,自分の能力を見限って簡単に思考を放棄しがちなのは麗紋君の悪い癖だよ。自分の能力はこんなものだ,より能力が高い人に答えを聞くのが効率的。そう楽をしたくなる気持ちも分からなくはないけれどね。でも足を前に出さない限り見える景色は同じままだ,努力しない限り成長はない」


 そう言うと先生は身を乗り出し僕の顔を指差す。


「君が見積もっているほど君の潜在能力は低くない。思考を放棄せず考え続けなさい。泥臭くおかしなところがないか得られる情報を精査し何度も見落としがないか振り返れ。試行錯誤し謎に跳ね返され堂々巡りに苦しもうとも諦めるな。わたしの発言から自らの過ちに気付いたんだ,できないとは言わせない」

「……でも,ここからどう進めていけば良いか分からないんです。最初の転覆した時の証言くらいしか手掛かりらしい手掛かりが見当たらないし,その証言にしたって何が不自然なのか皆目見当が付かない」

「だから,手助けしてもらうんだよ」


 ニッコリと先生は微笑み乗り出していた体を戻した。


「白状すると誤った推理に拘泥するようなら見捨てるつもりだったけれど,ま,頑張ったご褒美だ。最後にヒントをあげる。と言っても,麗紋君は既にそのヒントを手に入れているんだけれどね」


 先生はそう言うものの,ヒントとやらに全く心当たりはない。困惑する僕に構わず先生は続ける。


「ヒントは『ゆうれいの片袖』だよ」

「……え?」


 大島の願行寺に伝わる伝承が,一体何故ヨット部で引き起こされた転覆事故と関連があるというのか。予想外の指摘に関連が読み取れず,益々混乱は強まった。


「ゆうれいの片袖で最後,母親の幽霊はどうなった?」

「……最後は,着物の片袖だけ娘に残し消えてしまいます」

「そう,()()()()()()()()()()()()()()()。それじゃあ次の質問。何故母親の幽霊は娘に姿を現した?」

「娘のために,自分の形見となる着物の片袖を残すため……」

「そう,()()()()だ。決して前夫や後妻に復讐したかったからじゃない,恨みつらみではなく偏に娘への愛情のためだ」


 意味が分からず戸惑う僕を意に介さずあっさりと先生は席を立つ。話し残したことはないと言わんばかりに,そのまま立ち去ろうとする先生を呼び止めようと手を伸ばしかけた瞬間,先生は肩越しに振り返る。


「大丈夫,麗紋君にならこの事件は解決できるよ」


 微笑みだけを残し,先生はラウンジを後にする。


 こうして舘賀セティラは,僕の前から姿を消した。

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