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ゆうれいの片袖  作者: 阿久井浮衛


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2/5

Episode 1

「……つまり海上のヨットという衆人環視の状況で,事故に見せかけた密室トリックが仕掛けられた可能性を疑っているわけだな?」

「専門用語は良く分かんねーけど,とにかく調べてみてくれよー。こういうの得意分野だろー?」


 事故概要の説明で認知的なリソースを使い果たしたらしく,陽翔(はると)はとにかくこのまま押し切らんとばかりに両掌を合わせる。果たしてこれまでに一体何度この姿を目にしてきたかと思い返すと共に,彼の人たらしの才能と僕自身の優柔不断さの記憶を見つけ思わず鼻を鳴らした。


 時刻は正午半を過ぎた頃,昼休みも終盤に近付き1度は教室の外に姿を消したクラスメイトもぼちぼち戻り始めている。そろそろ午後からの授業の準備を始めた方が良い時間帯だ。正直僕も弁当はとっくに食べ終え次の化学の予習を始めようと思っていたのだけれど,こちらの思惑に構わず当然のように陽翔は話続ける。


「どう考えても変なんだよ。あれだけ凪いだ海況ならそりゃスピード出しにくいけど,反面ヨットのバランスを崩すリスクもかなり低いはずなんだ。だから大海と透真のペアが俺達や部長ペアよりタイムを出せないなんてことはもちろん,況してや転覆なんて考えられない。作為による犯行とまでは言わないにしろ,何かしらを原因とする事故の可能性は十分あり得ると思うんだ」

「これまでの実績からすると,転覆したそのペアが順当に行けばヨット部の代表に選ばれるはずだったのは確かだな?」

「それは絶対に断言できる。部員じゃないとピンとこないかもしれないけど,大海と透真はそらもう別格よ。全国規模の大会で何回も入賞しているのは大海達だけだし,部内には敵なしだ。地方大会でようやく競る相手が出てくるレベル」

「……そもそもの疑問なんだが,それだけ実力が図抜けているならそもそも部内選考をやる意味あるのか?」

「えーっと,別格ではあるけど100%他のペアが勝てない訳ではないんだよ。現に部長ペアは普段の練習で海況によっては大海達を上回るタイムを何度か出していたし。それに大会によっては複数組エントリーできる場合もあるし,スケジュールが重なった場合規模の大きい大会を優先することになる。なら2番手3番手のペアを空いた枠に出さないのはもったいないだろう? 要は大会シーズン中は部内で各ペアの調子を把握しておく必要があるんだ。大体,公平な選考なしにエントリーさせていたら他のペアは納得できないだろ」


 断定的な口調の割にあっさり前言撤回する陽翔に思わず目を細める。やはりお調子者からは話半分に聞いておいたほうが良さそうだ。しかしそうなると他のヨット部員が事件性や事故の可能性を疑っているのかも怪しい。


「……ヨット部は全員で何人くらいいるんだ?」

「男子7人に女子3人。ただ1年生はこの時期は基礎練がメインだからペアは基本組まないな。だから女子の方は部内選考なし」

「ってことは1年生は大会が終わった頃に2年生と組んで本格的にヨットに乗り始める感じか?」

「いや。大会のスケジュールによっては上級生と組む場合もあるけど,基本的には同学年同士で優先してペアを組むことになっている」

「……ちょい待て,人数合わないぞ。部内選考に参加したペアは3組で全員2年生以上なんだろ? 今の言い方だと1年の男子部員が2人以上いないとおかしくないか?」

「いや人数は合ってるよ。1年の男子部員は2人だ。部内選考にはその内の1人が俺と組んで出たんだよ。ヨット経験はないけどセンスあるから基礎練と並行して大会への参加も伺う方針で進めているんだ」

「あーもう分かりづらい。学年の内訳も話せ。それとヨットのペアってのは固定して組まないのが普通なのか?」


 要領を得ない陽翔の説明に苛立ちを覚える。仮に僕がこの件に何らかの関わりを持つことになったとしても,他の部員から改めて概要を聞く必要がありそうだ。


「女子は各学年に1人ずつ,男子は2年だけ3人で他は2人ずつ。基本ペアは同学年同士で固定だけど,マイナー競技で例年入部希望者は多くないから,大会スケジュールと併せてその辺は流動的に対応する感じかな」


 陽翔の言葉に鼻を鳴らす。中学時代この悪友はハンドボール部に所属していたが,入部した理由は「名前は知っているけど実際に自分でやったことがないから」というものだった。そんな珍しい物好きが高校入学後,県内唯一と聞いて即座にヨット部の門を叩いたのも宜なるかなといったところだろう。


 同様に「変わった性格だと思ったから」とインドア派にも拘わらず,初対面でずけずけ話しかけられてきた理由を知っている身としては面白くない話ではあるが。


「で,他の部員はどう思っているわけ? 事故や事件の可能性があると訴えているのか?」

「んーと,転覆して左腕を骨折した透真が救急車で運ばれた後舟艇が調べられたんだよ。そしたら船体の左舷側,サイドタンクって呼ばれる箇所に穴が開いて海水や砂が入り込んでいることが分かったんだ。このことから転覆の直接的な原因は舟艇に穴が開いたことによる浸水だと結論付けられた。ただ高校の部活レベルでヨットに穴が開くことは滅多にないんだよ。元々初心者向けにヨット自体がかなり耐久性・安全性を重視して作られているし,顧問の監視の下危険性の少ない湾内での練習が主だから,破損に繋がる座礁や他艇との衝突自体がほとんどない。あり得るとすればヨットの運搬や上げ下ろし作業中に穴が開いた可能性だし今回もそう判断されたけれど,だとするとスタート直後から徐々に浸水は徐々に始まっていたはず。その場合時間経過に比例してバランスが偏っていくはずなんだけど,大海はスタート時点から異様なほどバランスが取りにくかったと主張して別の原因を疑っている。部長ペアと,俺と組んだ1年の鈴木って子は普段の大海達の実力と当日の海況を知っているだけに,浸水が転覆の直接原因だと納得できる反面もう少し早い段階で異常に気付けたんじゃないかって疑っている感じ。他の部員は破損による浸水は全くあり得ないわけじゃないという考えが大半かな」


 つまり,明白に破損による浸水以外の可能性を疑っているのは陽翔を含めても2人しかいないということか。


 正直ヨット競技に明るくない部外者の立場からすると,部員達が納得できるだけの原因が推定できているなら,それ以外の可能性を論うのは徒労にしかならないように思える。一方話半分に留めるべきではあるものの,陽翔から聞く限り別の可能性を疑う思考過程は理路整然としている。典型的な考えるより先に体が動くタイプであるが,それだけに彼の野性的な勘が侮れないことはこれまでの付き合いで良く分かっている。何より海上の衆人環視における密室トリックの可能性は,推理小説オタクとして非常に好奇心を掻き立てられた。


 ……しかし陽翔は気付いているのだろうか。もし彼の疑うようにこの転覆が人為的に仕掛けられていた場合,それが何を意味しているのか。

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