Episode 16
「それじゃあ全員揃ったし,ミーティングを始める。議題は大海・陽翔がペアの部内選考への参加を認めるかどうかだ」
柳井さんが部室奥の窓の前に立ち部員達を見回す。部長の左手のベンチに座るのは橋本君,陽翔,安田君の3人,その後ろに鈴木君と菅沼君の2人が立っている。右手のベンチには佐々木先輩,仲里さん,長野さんの女子部員3人が座る。副部長の徳丸さんは柳井さんの右手に控え,吉田先生に立ち合いを許された僕は出入り口右手で全員の様子を観察していた。
「と言っても,結局ペア相手が変わる透真と宙次第なんだけどな。2人共大海と陽翔がペアを組むこと自体に問題はないか?」
柳井さん促され,ギプスで固めた左腕を三角巾で吊るす安田君が困惑した表情で応える。
「問題も何も……僕は骨折で出られませんし,陽翔と組んで上手くいくならそうした方が良いでしょう」
「宙は? 陽翔と一旦ペア解消することになるわけだけど」
「僕も別に構いません。陽翔先輩があぶれていたからたまたまペア組めただけで,1年生が選考に出ること自体例外だってことは分かっていましたし」
ペア再編で選考から外れる2人は特に異論無いようだ。さりげなく表情を盗み見ていたけれど顔つきからだけではそれが本心かどうかは伺えない。2人の意向を確認した柳井さんは持っていたメモ帳に目を落とす。
「じゃあ残る問題はタイム計測をどうするかだけだな。前測定した時にはあまりにも凪いでいたし,条件を揃えるため選考では全ペア測り直し――」
「ちょっと待って,力君達はそれで良いわけ?」
そのまま進行しようとする柳井さんに佐々木先輩が待ったをかける。僕も内心あまりにも淡泊な柳井さんの態度に却って他に狙いがあるのではと疑っただけに,怪訝そうな表情の佐々木先輩の制止は頷けた。一方制された方の柳井さんはまるでその理由が分かっていないらしくきょとんとしている。
「何のこと?」
「大海と陽翔がペアを組んで部内選考に参加することに決まってるじゃない。透真とのペアほどでないにしろ,選考で不利になることくらい分かってるでしょ」
大っぴらに指摘し辛い背景事情を佐々木先輩は全てぶっちゃける。聞き取りの段階で何となく感じていたが,佐々木先輩は竹を割ったような性格らしい。対照的に柳井さんはのほほんともとれる態度で答える。
「そりゃそうだけど,部に一番良い結果をもたらすペアが優先的に出るべきだろ」
「わたし達3年だよ,分かってる? 今年が国体行く最後のチャンスでしょ」
「別に大会に出ることだけがヨットやっているモチベーションじゃないしなぁ。出たければ公平な選考で良いタイム出せば良いだけだし,大海が抜きん出ているからってそのままレースの負けに直結するわけでもないんだから」
「それでも1度タイム自体は測定しているわけじゃない。さっき全ペア測り直しって言いかけたけど,せめて自分達は測り直した上で良い方のタイムを採用するとか条件つけても文句は出ないんじゃない?」
「測定済みのタイムはかなり凪いだ状況だから,それより悪いタイムを出す方が難しい。それにさっきも言ったけれどそれはフェアじゃない。海況によっては大海・透真ペアよりも良いタイムを出せていたわけだから,むしろ条件を揃えない方が不誠実でしょ」
「英明君も同じ意見なわけ?」
呆れた表情で佐々木先輩に問われ,徳丸さんは言葉を発することなく頷く。「このお人好しコンビめ」と佐々木先輩は小さく悪態を吐く。
「あーもうっ,分かったよ。どうせ女子は関係ないしね。でも少しくらいは部長が戦意を見せてくれないと求心力に影響するってことだけは覚えといてよ」
このやり取りで何となく,ヨット部3年生の関係性が分かる気がした。
公平性を重視する点で部長というポジションに最も適性が高いのは柳井さんなのだろうけれど,客観的に見ても自分達が有利な条件を突き付けても問題なさそうな状況でもなお公平性を貫こうとする態度は競争心がないと捉えられても仕方がない。サバサバとした性格の佐々木先輩には寡黙な徳丸さんも含め,2人の煮え切らない態度に不満を抱えているのだろう。
一方刺々しい忠告などどこ吹く風といった調子で柳井さんは話の筋を戻す。
「大海と陽翔の選考参加は問題ないとして,改めてタイム計測だけど,さっき言った通り男子は全ペア測り直すのが公平だと思う。それで良いか?」
「っす」
「どうせなら1年ペアもタイム計ってみても良いんじゃないっすかねー。ペア再編のゴタゴタに巻き込まれたお詫びみたいな感じで」
陽翔と橋本君に当然ながら異論はないらしく,柳井さんの提案に頷く。陽翔の意見に「その辺は先生次第だな」と柳井さんは苦笑する。
「それじゃあ,今日のミーティングの結論をまとめると大きく2点だ。大海と陽翔の選考参加に反対意見はなし,タイム再計測は男子全ペアを対象とする。以上で異論はないな? 良し,じゃあこれでミーティングは終了だ。今日は1年は基礎練で上級生は自由日だからこれで解散。あっ,どうせ大海自主練するつもりだろ。悪いがミーティング内容先生に報告している間1年の面倒見といてくれ」




