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ゆうれいの片袖  作者: 阿久井浮衛


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Episode 15

 翌日4月27日の昼休み。授業が終わった直後の喧騒の中,いつものように鞄から弁当を取り出していると同じく弁当を持参した陽翔が隣の席にやって来て座った。


「事故の件だけど,あれから何か進展あった?」


 その言葉に,昨日の先生とのやり取りが思い起こされる。


 一応重心の偏りと転覆した方向の不一致を今の時点で指摘できるが,それが何を意味しているのかまだ分かっていない。それに先生が言ったもう1つの違和感についてもまだ心当たりがない。先生との会話で進展らしきヒントはもらえているが,舘賀セティラの市内への滞在は当然他言無用だ。


 苦々しい思いで弁当を広げる。


「んー,まだ考え中」

「そっかー。あ,それなら今日の放課後部室に来ない?」

「何で? 部員への聞き取りは済んでいるだろ」


 海上練習の様子を観察していれば新たな着想が得られるかもしれないが,態々普段の基礎練の様子を眺めに行ったところでアイディアが降って来るとは到底思えない。それとも何か思い出した部員でもいるのだろうか。


「透真が退院して今日来ているんだよ。ほら,大海のペアで転覆した時に骨折したクルー。透真からはまだ話聞いてないじゃん」


 骨折し手術していたという例の安田君か。確かに新規の証言が得られるかもしれないが,最初に部長や橋本君に聞いた時以上の情報は他の部員への聞き込みでは得られなかった。これ以上部員の証言から情報が得られるとは思えない。


 正直全く気乗りしないが,それでは他に打てる手があるのかと問われると返答に詰まるのもまた事実。それに実際にヨットに乗っていた被害者当人の話なら,他の部員と違った視点からの意見も得られるかもしれない。


 少なくとも手段を選り好みできる立場にないのだ。ここは藁にも縋っておくべきか。


「あれ,でも骨折しているのなら練習できないだろ。部室に来ないんじゃないの?」

「いや,部室に来るよう連絡が行っている。緊急で部内ミーティングを開くことになったから」

「へー。これまた何で急にミーティングすることになったんだ?」

「俺と大海がペア組んで選考に参加することになりそうだから」

「はぁ? どういうことだよ?」


 てっきり自分とは関係のないヨット部の議題かと思ったが,部内選考に関するものらしい。どうやらこっちはこっちで週末事態が動いていたようだ。


 陽翔は部内選考に関する事情が事件に与える影響の大きさを理解できていないみたいで,僕の反応に戸惑った様子で説明を始める。


「この間の土曜日に俺と大海が暫定でペア組んで練習していただろう? あの時思っていたよりも相性が悪くなさそうだったから,吉田先生に俺達でペアを組んで選考に参加できないか打診していたんだよ。そしたら先生自体は反対しないけど,他の部員からも賛成を得ることを条件に選考に参加することになったんだ。事故が起きた時のレースで俺は1年と組んでたろ。そっちにペアを変えても構わないか許可取るのはもちろん,海況が違うのに別日でタイムを測ったら不公平だし,再度全ペアでタイムを測り直すのなら当然部長ペアにも参加してもらう必要がある」

「なるほどね」


 頷きつつ状況が変わった意味を素早く考える。要するにミーティングは公平性を期すため,陽翔達が再度タイムを計測する際のルール決めの場も兼ねているのだ。


 仮に転覆事故に事件性があった場合,その犯人の目的は橋本君・安田君ペアの落選だったと思われる。となるとその片割れである橋本君がペアを再編しタイムを測り直そうとしている今の状況は想定外のはずだ。安田君とのペアでの落選は確定しているのだから,橋本君がペアを組みなおして選考に参加すること自体は構わないのだろうか? それとも両名共の落選が目的の場合,今日のミーティングでは再計測に反対するのではないだろうか。


 いや待て,単独犯だと仮定した場合,犯人以外の部員に反対する理由があるだろうか。最も分かりやすい反対の理由を持っているのは部長ペアか。大会出場への優先順位が下がる危険性があるし,転覆の度にタイムを測り直されていれば不満も積もるだろう。しかしその部長ペアが再計測を承諾した場合,他の部員は表立って反対することは難しくなるのではないだろうか。


 いずれにせよ部長ペアの言動次第だ。実際各部員がどのように振舞うのかは自分の目で観察しておきたい。


「……そのミーティングに参加することってできないか?」

「麗紋がってこと? どうかなー,分からん。事前に吉田先生に許可してもらえばワンチャンあるかも」

「じゃあ昼休み中に聞きに行こう。一応陽翔も付き合ってくれ」

「オッケー。じゃ,早めに飯済ますか」


 弁当を掻き込みながらも僕は思考を更に前へ進める。


 動機の点で橋本君の再挑戦は各人にどういう影響を及ぼす? ペアの相手に選ばれた陽翔にとってはより規模の大きな大会に参加できる確率が上がるわけだから願ってもない展開だろう。だからこそ安田君を蹴落とすため事故を誘発した最有力の容疑者となるわけだけれど,そう上手く狙って怪我させることができるのかは疑問が残る。


 部長ペアが反対するのは納得できるだけの理由があるが,陽翔と組んでいた1年生も大会に出場できない可能性が高まるわけだから内心不服ではないだろうか。女子部員には一見して選考に影響しないから,特に関係はなさそうに思える。殊部内選考に限って動機を整理するなら,最も恩恵を受けるのは陽翔な訳だ。


 ただ更にその先。誰も表立って反対せず陽翔と橋本君の選考への参加が認められた場合,密かに不満を抱く犯人がどう行動するか。その結論に僕の思考は既に辿り着いていた。


 選考レース中に()()()()()()()()()()()()()()()()のではないか。


 あからさまに反対して注目を浴びるよりそちらの方がよっぽど安全だ。同じ手がそう何度も使えるとは思えないが,逆に言えば普段の練習でも起きるような自然な形でのタイムロスが陽翔達のペアに発生すれば,犯人が何かを仕掛けたと見てほぼ間違いない。


 一方で順当にレースが進んだ場合,陽翔が最有力容疑者に浮上する。その場合何故部外者である僕を連れてきて事故を掘り返しているのか疑問が残るが,一応第3者による保証を得るためと考えれば辻褄が合う。


 ヨットに詳しくない素人になら,事故を誘発するトリックを見破れないと公算を立ててもおかしくない。ただ部内でも一度事故として処理されていたのだ,再び事故原因に注目を集めるのはリスクにしか成り得ないはずだから不自然ではある。


 いずれにせよ今日のミーティングへの参加が叶わなくとも,最低限陽翔達のタイム計測には立ち会う必要がある。


 考えを整理し終えた僕は,止めていた箸を再び弁当箱へ向けた。

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