第三十八話 帰国。
成田空港の到着ロビーを抜け、僕は数年ぶりに日本の土を踏みしめた。
肺を満たすのは、湿り気を含んだ懐かしい空気だ。僕は大きく息を吸い込み、固まった身体をほぐすように背伸びをした。まるで、数年もの間、深い眠りについていたかのような奇妙な感覚だった。
「……あーあ、せっかくパリとドバイまで行ったのに! 観光もせず、泊まりもせずに即帰国だなんて、本当にどうかしてるわよ、つかさっち!」
隣で、呆れ返った妖精が大あくびする。僕は苦笑しながら、歩調を速めた。
「どうもね。人の多い場所はどうにも落ち着かないんだ。……早く、阿倍さんの事務所へ帰ろう。ここも、なんだか人が多すぎて息が詰まる」
自動ドアを抜け、僕はそのまま事務所へと繋がる道へ駆け出した。
背後から、妖精が何やら不満げにリュックの中を漁る音がする。
「ドバイでもらった最高級のデーツがあるけど、食べる?」
「いやあ……遠慮しておくよ。なんだか見た目が『戒めの実』に似ていて、どうしても食べる気になれなないんだ」
走りながらそう答えつつ、僕の意識はすでに別の場所へ飛んでいた。
耳元では、イヤホンから阿倍さんのもとに届いた最新の依頼内容が、淡々とした自動音声で流れ続けている。
片手ではタブレットを操作し、頭に浮かんだ新しい最適化コードを刻み込む。もう片方の手は、仮想現実と同期した特殊な眼鏡を通じ、目の前の空間を流れるデータ層を器用に弄っていた。
物理的な移動と、デジタル世界の構築。僕にとっては、これがいつもの「散歩」だった。




