表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうしようない毎日だけど、転生しないで生きてみます。  作者: 山河國破


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/36

第三十二話 新世界の深呼吸。


「……う、ん……っ」


僕は凝り固まった身体を大きく伸ばし、肺の奥まで異国の乾いた空気を吸い込んだ。

阿倍さんの事務所から成田空港までの数十キロを文字通り「疾走」し、疲れ果てた状態で機内へ。そこでも休息は許されなかった。狭いエコノミーの座席に巨体をうずめ、バンシーからは脳をフル回転させるような課題が、阿倍さんからはWi-Fi経由で容赦のないタスクが次々と飛んでくる。


さらに、隣に座っていた恰幅のいい外国人が、機内食の間中、僕に熱烈に話しかけてきた。

どうやら誰かと勘違いしているらしく、「君の最新の動画、最高だったよ!」「応援してる、これからの君の『変貌』が楽しみだ!」とまくしたててくる。

僕は意味も分からず、タスクの合間に適当な相槌あいづちを打ってやり過ごしたが、ボストン・ローガン空港のゲートをくぐる頃には、心身ともにガチガチに固まっていた。


「……でも、英語なんて一言も話せないのに。阿倍さんは、これからどうしろって言うんだろう」


独り言のように漏らした不安に、聞き慣れた声が応える。

いつの間にか、星条旗をモチーフにしたような派手なドレスに着飾ったバンシーが現れ、僕の肩先でくすくすと笑った。


「大丈夫よ、つかさっち。困ったらボデーランゲージよ、ボデー! アメリカなんて半分以上が外から来た人間なんだから、そんなこと気にしたらダメダメ」


「……全く、他人事だと思って」


僕はあきれ果ててため息をついた。けれど、この広大な空の下では、それくらいの図太さが必要なのかもしれない。


「やあ、司。待っていたよ」


どこかで聞いたような、柔らかな言葉の響き。

顔を上げると、そこには見覚えのある端正な初老の男が立っていた。


「……あ、ウィリアム? どうしてここに?」


ウィリアム。彼は、阿倍さんの膨大なタスクの中に紛れ込んでいた人物だ。オンラインビデオツールを通じて、僕の稚拙な数式証明や、拙い言葉で語る哲学論を根掘り葉掘り聞いては、熱心にメモを取っていた男。

その時は、教育雑誌の記者か何かが、日本の学生にアンケートでも取っているのだと思っていた。


「どうしてって、君を迎えに来たのさ。……さあ、寮まで案内しよう。車には本学のプレジデント(学長)も乗っている。どうしても君と直接話がしたいと言ってね。あまり公にするとメディアが騒がしいから、今回は極秘のコンタクトだよ」


「プレジデント……?」


プレジデントって、何だろう。大統領のことか?

いや、大学の偉い人……校長先生のようなものだろうか。

そんな雲の上の存在が、なぜ僕のような「退学者」と話をしたがるのか。


もしかすると、阿倍さんの紹介で、大学の清掃員か事務の雑用として雇ってもらえるのかもしれない。そこで、僕の適性を測るための最終面接があるのだろうか。


僕は、日本という国から追い出された身だ。家も、学籍も、平穏な日常も、すべてをあの日失った。

今さら、プライドなんて何の役にも立たない。すがれるものには、何にでもすがるしかない。恥も外聞も、あの燃え盛るアパートの炎の中に捨ててきたのだ。


「……分かりました。よろしくお願いします」


僕は意を決して、空港の一般車レーンではあまりにも異彩を放つ、漆黒の長いリムジンへと乗り込んだ。

重厚なドアが閉まり、外の喧騒が遮断される。


革張りのシートの奥、暗がりに座る威厳に満ちた人物が、僕を見て優しく微笑んだ。

僕の知らないところで、僕という存在が世界を揺るがし始めていることなど、この時の僕は露ほども知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ