第二十八話 消失する居場所。
過酷極まりない日々は、僕から「余計なことを考える時間」を奪い去っていった。
睡眠時間を削り、膨大なタスクの海に溺れる。その異常なまでの多忙さが、逆説的に僕を救っていたのかもしれない。
いじめの辛さを、脳の疲労が塗り替えていく。もはや、彼らの嫌がらせを気にしている暇すらなかった。
だが、現実は冷酷に、そして静かに僕の逃げ道を塞いでいた。
先日、焼失したアパートの件で不動産屋に確認した際、担当者は事務的な口調でこう告げた。
「原因は『漏電』による失火、ということで」
……漏電。
二階堂君の笑み、あの光景が脳裏をよぎる。
あの時聞いた、消防隊員による「放火疑い」はなかったことになっている。
文字通り、放火の事実は権力によって「揉み消された」のだ。
底知れぬ彼らの悪意は、僕の理解を遥かに超えていた。そこまでして、僕を完膚なきまでに叩き潰したいのか。僕の何が、彼らをそこまで駆り立てるのか。
そんなある日。
朝から既にヘロヘロになりながら校門をくぐると、昇降口にある掲示板に異様な人だかりができていた。
「……なんだ?」
一瞬そうよぎったが、体力的な余裕もなく素通りしようとしたその時、背後から悲鳴のような声が響いた。
「千葉くん! 大変なことになってるよ!」
振り向くと、そこには顔を真っ青にさせた詩さんが立っていた。
「……中村さん、どうしたの? また交換日記の内容が分からなかった?」
僕がぼんやりとした頭で冗談を言ったが、彼女は震える手で僕の腕を引き、掲示板の前まで連れて行った。
ざわつく生徒たちの視線が、針のように僕を刺す。
人だかりの中心に、一枚の貼り紙があった。
僕は、そこに書かれた無機質な文字を、ゆっくりと口に出して読んだ。
「……二年生、B組。千葉司――『退学処分』」
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
理由の欄には、『素行不良、および重大な学則違反』とだけ記されている。
「うそ……、そんなの、おかしいよ! 千葉くんは何もしてないのに!」
近くでそう叫ぶ詩さんの声が、とても遠くに聞こえる。
不意に、背後からクスクスという笑い声が聞こえた。
振り返ると、そこには花菱さんと二階堂君が、勝利を確信したような歪んだ笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「あら、千葉司。まだここに居座るつもり?……もうあなたの席なんて、この国のどこにもないのよ」
花菱さんの冷徹な声が、僕の思考を完全に停止させる。
家を焼かれ、今度は学籍までもが奪うつもりなのか。
僕を繋ぎとめていた「日常」という鎖が、音を立てて千切れた瞬間だった。




