第二十五話 事務所。
「阿倍法律事務所」の住所を頼りに辿り着いたのは、見上げるような超高層ビルが立ち並ぶ大都会の一角だった。
けれど、目指す場所はその煌びやかなガラス張りの巨塔……の真裏。まるで見捨てられたかのように佇む、築七十年は経っていそうな激ボロビルの三階だった。
階段は歩くたびに不吉な音を立て、踊り場の電球は切れかけのまま放置されている。
指示通り、部屋の前に置かれた枯れ果てた植木鉢の下を探ると、錆びついた鍵が見つかった。
「……お邪魔します」
鍵を開けて中に入った瞬間、鼻を突いたのはカビと古い紙の匂いだった。
そこは、もう何年も掃除などしていないのだろう。あちこちに指が埋まるほどの深い埃が積もり、脱ぎ散らかされたシャツや片方だけの靴下、そして難解な法律用語が躍る資料が、足の踏み場もないほどカオスに散乱していた。
弁護士事務所というよりは、行き場を失った情報の墓場だ。
「……お風呂、は流石にないか」
溜息をつきながら、僕はトイレの脇にある小さな洗面台を見つけた。蛇口を捻ると、しばらく茶色い水が出た後に、ようやく冷たい水が流れ出す。煤で汚れた顔をごしごしと洗い、鏡も見ずに、僕は部屋の隅にある合皮の硬いソファーに体を投げ出した。
スプリングが軋む音が、静まり返った部屋に響く。
火の粉が舞う夜空、二階堂君の歪んだ笑い、そしてバンシーが救ってくれた母さんの指輪。
(……酷く、疲れた一日だった)
考えるべきことは山ほどあるはずなのに、脳が情報の処理を拒否していた。
僕は、埃っぽい匂いに包まれながら、吸い込まれるように深い闇――眠りへと落ちていった。




